道化師の衣装
「あはは、やっぱり振られちゃったか」
もし、これが何かの舞台であったとして。
今、僕の心の中を描写するなら、どう演じるのがベストなのだろうか。何分ただの高校生な僕には、あいにくと表現の持ち合わせがなかったようだ。
言葉にもならない感情が、心の中で生まれては消え、渦巻いて、必死に外に出ようともがいてる。でも、僕がその感情を外に出すことは、多分許されない。
もし僕が演者なら、その感情をうまく表現できるだろうに、僕はベランダの手すりによりかかって、遠くの月を眺めるなんてことしか出来ない。
相も変わらず電話先で泣きじゃくる声に、僕の心は今だって締め付けられる。心が冷えついて、足先から融解してしまいそうだった荒ぶる熱は、いつの間にか消えていた。
何で君が泣いているんだろう。泣きたいのは、泣いていいのはこっちのはずだ。
「泣かないで。君の泣き声なんて聞きたくないよ」
それでも、僕の口は心を無視して動いていた。それはまるで道化師がつくような、優しく残酷な嘘だった。
舞台から降りた男は、どうすればいいのだろう。
アンコールで舞い戻るために、その衣装を着続けていればいいのだろうか。
それとも、次の舞台のために役作りをしだすべきなのだろうか。
僕が彼女に見せていた僕は、確かに僕だった。でも同時に、君に見せたい僕だった。
いつも大人びているように見えるのに、性格は子供じみていて、人をからかうのが大好きな男。
まるでピエロのような衣装に身を包み、本気で君を口説き落とそうとしたさえない男。
なるほど、これは三角関係の負け役だ。
ああ、ならこれは衣装のせいだったのかもしれない。
舞台に上がらない、役者たちの衣替えの時間稼ぎにしかなれない道化師は、物語には関われない。
予め決まっていた直線に、勝手に線を引いていびつな三角を作ろうとしたのだ。
劇の神様がいるなら、しかるべき処罰を与えるのだろう。
「例えば、振られた側が振った側を慰めるシチュエーションを体験させる、とかね」
スマホを放して呟いた言葉は、夜の闇に滲んで消えていった。
下手な少女漫画でも見ないくだらない展開を体験することが、劇の神様に喧嘩を売った妥当な罰なのだろう。
一つため息を吐いて、再度スマホに耳を当て、君の声に耳を傾ける。
さあ、なんて嘯こう。なんて騙そう。どうやってこの心をひた隠しにして、道化師として振舞おう。
僕はもう、舞台には上がれない。なら、せいぜいヒロインが泣き顔を隠して、メイクアップして王子様の所まで行く時間は稼いであげなくては。
「だからさ、泣くなって」
この劇に、名前なんてない。観客だっていない。でも、それでも、道化師は転ぶのだ。
他の誰でもない、彼が愛したヒロインの為に──