中編。白虎娘の大暴走。
「えーっとなになに?」
開いた手紙に目を通して、
「なるほど、中身の想像がつくってこういうことね」
とりくは苦笑した。
「読むわよ。
『場面が思いついてるんなら、さっさと書いてくんないか?
ずっと蛇の腹ん中にいるの、きついんだけど。ーー山本竜馬』
だって。これ、2D6のリョウマからね」
「だから言ったろ、想像つくって……ちくしょうこいつら、
バレンタインにかこつけやがって」
頭を抱えて悪態をついて、続けて「はぁ」とプライマルは
天井を見上げて溜息をつく。
「自業自得、とはいえ。こんな内容のメッセージカードが
どれにもついて来るのはやだなぁ」
そんなことを言いつつ、りくは次のチョコの袋を開封、
メッセージカードの中身をざっと見る。
「袋に作品名書いてある。そっか、
作品毎に一枚かと思ったらそうじゃないんだ」
メッセージカードを見終えると、自然な動作で袋に入っているチョコも取り出し、
りくは、その小さな口へと放り込む。
「これ、主要人物の数だけあるのかなぁ?
ちょっとリカネさん、流石にこれは恨みがすぎるんじゃない?」
この場にいない女神に、りくは困り顔でコメントした。
「で、今のメッセージカード。なにが書いてあったんだ?」
「ん、えっとね。レイナからで
『状況は教えていただきました。節操がない、と言うことは
それだけ人を、世界を引き付ける力があると言うこと。
わたくしたちだけにかまうのも、難しいのでしょう。どうぞ、筆の赴くままで』
だって」
「つらい。逆につらい」
「だよねー。Pならそう言うと思った」
また苦い顔をするプライマルを見て、「知ってた」とばかりに
含み笑いするりく。
「こりゃ、飴と鞭のはずのウィップアンドウィップの
雪崩が起こってるわねぇ、きっと」
含み笑いから出た言葉に、「地獄かよ……」とまたプライマルは頭を抱える。
「黄龍さま、大丈夫ですか?」
頭を抱えるプライマルを見て、すずめが心配そうな顔で、
自分がそうされておちつくからと、プライマルの頭に小さな手を置く。
「ん、ああ。自業自得だしな」
見た目大丈夫には見えないため、すずめはなおも心配顔で
プライマルを見つめる。
「りくちゃん。あんまりからかいすぎると、しっぺ返しが来るわよ」
なだめるように言うあお巳には、しかし
「大丈夫大丈夫。こいつはなにもできやしないって」
と余裕のりく。
「はたして、そのしっぺ返しはぷらいまる殿からだけかのう?」
「どういう意味よ、それ?」
不穏な含みを持たせた玄武の言葉を訝るりくだが、
「ワシとてわからん。転ばぬ先の杖と言う奴じゃ。忠告忠告」
と軽い返し。
「なによ、気味が悪いわねぇ。続けるわよ、P」
「あーいよ」
まだまだチョコレートは大量に残っている。
たったの二つ目で、既にプライマルはゲッソリしていた。
***
「ふぃー。ちょっと、水飲もうっと。苦しくなって来たわ」
世界二つ分、数にして十枚のチョコレートを食べ終えたところで、
りくは席を立った。
ちなみに「苦しくなって来たわ」の「わ」は音程が
「き」にアクセントがついている。
「さっきの『食べなさいよ』はどうしたんだよ」
一路居間を出て部屋からいなくなったりくに対して、
プライマルは悪態めいた突っ込みを呟く。
「流れるように食べてるわよね、りくちゃん」
「どのチョコもおいしいですし、しょうがないですよ」
「そうじゃな。食べられとらんのは、ぷらいまる殿だけじゃし」
「お前ら……食ってたのか。なんか味へのコメントしてると思ったら」
三人の少女たちが、知らない間に自分に送られていたはずの物を
食べていることを知り、プライマルは思わず
「とっといてくれよ、俺の分」と頼んでしまった。
「当然、わたしそんなに食べられないもの」
「あんなに食べられるの、りくちゃんだけです」
「まだ食べられるみたいじゃからな」
「そりゃよかった。なるほど、しっぺ返し、か」
さきほどのあお巳と玄武の言葉を思い返して、プライマルは
「こりゃ大変だぞ、りくの奴」と小さく含み笑った。
「なーにが大変なのかしらー?」
タイミングを計ったように、りくが戻って来た。
「っと」っと言いながらさきほど座っていた丸テーブルの、
プライマルから見て左側に腰を下ろすと、
「さ、続き続き」
と意気揚々開封作業を再開し出した。そんなりくを見て、他四人がクスクスと噛み殺し笑いをし始める。
「ん? どしたのよ、みんなして?」
きょとんと尋ねる白虎娘に、全員同時に「なんでもない」と笑いを残して答える。
「へんなの」
首を傾げたりくだが、それ以上追及はせずに
次のメッセージを読み上げにかかった。
*****
「おおおわっったあああああ!!」
青く澄んでいた空は、今や茜色となっている。
もうメッセージカードが見当たらなくなったため、
思わず出たりくの、さまざまな意味を込めた奇声である。
この声と同時に素早く鋭い右のストレートパンチが、
「ごふぁっ!」
完全無防備のプライマルの左頬に直撃。
丸テーブルをひっくり返しながら、扉神は居間の壁まで吹っ飛ばされ、
しばし壁にひっついてからずり落ちると言う、
ギャグ漫画のワンシーンのようなことになってしまった。
「黄龍さまーっ!」
泣き出しそうな声と共に、すずめがプライマルのところに小走る。
「こらりくちゃんっ!」
これまで穏やかだったあお巳が、初めて鋭い声を出す。
「これ、どうするの。あなたが片付けてくれるのよね?」
袋が散乱している床を指差して、あお巳は庇のようになっている前髪の下から、
白虎娘の翠色の瞳を、紫の瞳で睨み据えた。
「え、あ……」
自分が起こしてしまった惨劇を見て、りくは表情が固まる。
一秒ほどの硬直の後、ゆーっくりと玄武に視線を動かした。
「ワシはなーんもかかわっとらんからしらんでのー」
ほいっと、と言うのと同時 一人で、まるでおもちゃでも扱うように
丸テーブルをひっくり返し、元の状態に戻す。
チョコの袋にはノータッチで。
「こんの薄情ロリババー!」
「なんじゃと!」
机を両手で叩くのと同時に叫び、
「考えなしの、猫のくせに猪突猛進娘が!」
と続けて罵倒する。
「うまいこと言ったつもりか!」
りくも負けじと両手を机に叩きつけて吼える。
「くろたけちゃん、今のテーブルひっくり返しで袋が飛び散りました。
二人で片付けなさい」
有無を言わせぬ迫力でどっしりと告げられ、歯軋り一つして後で、
「しかたない、あいわかった」
そう玄武は了承。やれやれ、とりくと同時に溜息をついた。
「黄龍さま、大丈夫ですか?」
「いてて。すずめちゃん、激しくゆするなっ。
背中が壁にガンガン当たっていてえ」
「え? あっ、ごめんなさいっ」
またやっちゃった、としょんぼりするのと同時に恥ずかしさで熱くなる。
「ぬあっっち!」
急激なすずめの体温上昇で、思わず跳ねるプライマル。
その結果背中をそらしてしまい、自ら壁に激突。
「いっでええっ!」
再び生傷を背中につける羽目になってしまった。
「あぁもぉ、なんでこうみんななにがしかやらかすのっ」
あお巳は慌ててすずめのところに向かうとひょいとプライマルから引き離す。
「うう。それじゃあ……」
あお巳に怒られたと思って少しへこむが、気を取り直してくるっと反転。
「お手伝いしますー」
テーブルの二人のところにすずめは向かった。