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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

野獣

作者: ずーも

原案<真夏の夜の淫夢 第四章「昏睡レイプ!野獣と化した先輩」>


 山が肥えれば、海も肥える。

浜の漁師たちはそのことをよく知っていたから、海と同じくらいに山を畏怖し、拝んだ。

その年の大漁を祈願するために、村の者どもは毎年夏が来ると山の神に人間の捧げものをする。

去年は子供を生贄にしたにも関わらずえらく不漁で、また流行り病も災いして、大人も子らも多くが苦しみ亡くなった。


 遠乃とおのには親がいなかったが、大変美しい娘だったので、村の者たちから可愛がられ、思いやりのある少女に育った。

だからだろうか、心優しい遠乃は、皆を救うために自らすすんで生贄になった。

麗しい彼女の願いを聞いて、村の男どもはたいそう悲しんだ。だけれども、遠乃の代わりに山に行ってやろうとする者は一人としていなかった。

皆、死ぬのが怖かったのだ。



 山の神の生贄になることがどういうことなのか、遠乃はよく分からない。もしかしたら、気さくな神で、話せば仲良くなれるかもしれない。

ぼんやりそんなことを考えながら、心細くなって道なき道を歩いていると、イワナ取りも近づかぬような谷深い山奥に辿り着いた。

そこには、この世のものとは思えないほど静かなふちが、黒々と水をたたえて広がっていた。

――ぽちゃん、と淵で音がした。

おっかなびっくりそちらを振り向いた遠乃は、一人の少年と目が合って、思わず「あ」と声を漏らした。

「ここ、ここ」

少年はそう言って、短くされど分厚い体躯を揺らしながらせかせかと近付いて来る。その様はどこか滑稽であり、遠乃は自分の口元が思わず緩むのが分かった。

「先輩」

こんな山奥で人と出会ったことに臆することもなく、親しげに遠乃は声を掛けた。「何してるんですか、こんなところで。不味いですよ」

先輩と呼んだ少年・浩二こうじのことを、遠乃はよく知っていた。

二人は同じ村の子で、小さい頃からよく海で遊んだものだった。しかし去年、浩二は生贄として山に捧げられたのだ。

もう会えぬと思っていた人に会えたので、彼女はたいそう喜んだ。だが、再会の喜びが孤独の不安を和ませていくにつれ、だんだんと薄気味悪くなってきた。

「でも」遠乃は恐る恐る口にした。「こんなところで、先輩は何をやっているんです。どうやって一人で生き延びて来られたのですか」

浩二は不審がる遠乃が拍子抜けするほどの軽い口調で言った。「何って、ただ生きているに決まってるじゃん当たり前じゃん」

「ここの淵はよくイワナが釣れるからさ。ずっと人間が近づいてないもんで、警戒するということを知らないんだろうな」

聞くと、最初は山の神とやらに怯えていたが、何も起こらなかったしそのような姿も見ることはなかったという。

「山の神がもしいないとするならば、これまで生贄に捧げられてきた人たちはどうなったんでしょう」

「さあ、知らないな。遠乃がここに来て初めて会った人間だもの」

相変わらず浩二はのんきに答えた。



 それから二人は、イワナを食べ、淵で泳ぎ、遊び疲れて岸辺で眠るという生活を送った。幼い二人は、浜で暮らす人々のことなどとうに忘れてしまっていた。

毎晩一時いっときだけ浩二がいなくなる時間があったが、それ以外はいつも一緒だったので、遠乃はそれについて深く考えることはしなかった。

 ある朝、目を覚ますと浩二が昨晩いなくなってからまだ戻っていないことに遠乃は気付いた。いくら探しても見つからず、不安にかられたその時、

ふと村のことを思い出した彼女は、急に浜の人々が恋しくなった。

村の人たちはきちんと食事にありつけているだろうか、病に苦しんではいないだろうかと、一人で考えているうちにいてもたってもいられなくなった遠乃は、

村に帰ろうと思い淵を後にした。

 朝方に発ち、目印をつけながら進んでいた遠乃は、それでいて不思議と迷う気がしなかった。無心になって突き進んでいくと、日が昇りきる前にはもう村が見えた。

驚くほどすんなりうまくいったので、遠乃は呆然と村を見つめながら立ちすくんだ。

放心して立ち尽くす遠乃を発見した村の木こりが、大慌てで他の者に知らせに行ったとき、彼女ははっと我に返った。

「私はもともと生贄の身、また戻って来たとして歓迎されるだろうか」にわかに暗い気持ちになった遠乃はおろおろし始め、その場を離れようとした。

だが時すでに遅く、強面の男たちが逃がすまいと取り囲んでいるところであった。「のこのこと戻ってきおって」「そのためだったか、今年も増して大禍たいかに見舞われているのは」

男どもは口々に叫んで、遠乃をひっ捕らえた。哀れな娘は、最早この村に自分の居場所がないことを知った。



 牢の中で、遠乃は淵で過ごしたその時よりもずっと昔のことについて思いふけっていた。

海が怖くてなかなか皆の遊びに交じれなかったとき、先輩ただ一人だけが私を待ってくれたっけ。

「いいよ、来いよ!」その時の妙に甲高い浩二の声を思い出して、遠乃はおかしくなった。

「こら、何笑っている」看守をしている長の目が一層鋭くなってねめつける。

それでも笑いながら下を向き、そしてあることに気が付いた。そうか、私は――

私は、本当に村の人々を救いたくて生贄を願い出たのだろうか。先輩と同じように生贄として山に入れば、また彼に会えるかもしれないと思ったからではないのか。

それに気が付いた時、遠乃はあの淵での始まりを思い出した。

――ぽちゃん

私の居場所は、あの人がいるところだったのだ。


 その日の夜、村が騒がしいことに気が付いて遠乃は目を覚ました。牢の外を見ると看守もいない。

遠乃の元に近づいて来ているのか、騒ぎ声は大きくなっているようだ。「山の神がお怒りじゃあ」「神なものか、こんな化け物が」これは長の声だ。

「射よ、射殺いころしてしまえ」長の怒号と同時に、遠乃が囚われている小屋の壁が轟音を立てて裂けていった。

塵が舞い、もうもうと立ち上る煙の中、それは現れた。

四肢を覆う黒々とした毛は針のごとく尖っていて、毛のない首、腹、腕は重厚な筋肉をまとい、暗い鱗がひしめき合っているのが見えた。

眼は飛び出さんばかりに見開かれ、しゃくれた顎を押しのけるように太い牙が生えている。

あまりの恐ろしさに遠乃は身動き一つとれず、ぽかんと口を開けたまま、目前の化け物を見つめていた。

化け物は易々と牢の檻をへし折り、遠乃の両腕を片手で掴み持ち上げた。「痛い!痛い!」

その時、それは驚くべき行動をとった。

まるで遠乃の訴えを理解したかのように、化け物はもう片方の手で彼女の腰を支えて掌に包み込んだのだ。

遠乃ははっとして首を振った。まさか――

そしてまた、彼女の心の中で、ぽちゃん、と音がした。

遠乃は、その感触を、彼女の手を海まで優しく引いてくれたあの人のものへと重ねていた。

「まさか」彼女は見上げて、化け物の顎に向かって口走った。「先輩!先輩なんですか?」

化け物は答えず、遠乃を胸に抱えたまま、巨体に似つかわしくないせかせかとした不格好さで走り出した。

「放て!」長がよく通る低い声を張り上げると、化け物の背に矢の雨が降り注いだ。その背に幾本もの矢が突き立つのを遠乃は顔を歪めて見守るほかなかった。

「やめて、先輩を傷つけないでください! 私はまた山に戻って生贄になりますから!」必死に振り絞った声は届かず、矢の雨が止むことはなかった。



 山中を駆ける化け物の息は荒く、口から唾液と血糊が混じったどす黒い塊が糸を引いてこぼれ、遠乃の衣服を汚した。

そして引きずっていた足を止め、遠乃を地面に優しく緩慢に下ろしてやった。

――彼女とそれはあの淵にいた。先刻までの喧騒が耳鳴りで残るほどの静けさの中に。


 最初あれだけ黒々としていた淵は今、それが嘘であったかのように透き通って見え、遠乃はその深みに目を凝らして思わず息をのんだ。

腐りとろけた黒の化け物が、水底の方で幾重にも幾重にも折り重なっているではないか。

息を止めて淵をのぞき込む遠乃の顔に、血まみれの化け物はゆっくりと顔を寄せた。遠乃もまた、静かに顔を上げた。

 化け物は何も言わず、ただ深く緩やかな呼吸をしながら、彼女を見つめるばかりであった。

呼気とともに赤黒い飛沫と糸とが舞い散っている。そのあまりの痛ましさに彼女は胸が苦しくなり、耐えられずに目を閉じた。

挿絵(By みてみん)

 その時、微かに声が聞こえたような気がした。遠乃はそのきめ細かい肌が血と唾液で穢されることを全く意に介さないで、化け物の顎に手をやり頬を寄せた。

「お前のことが、好きだったんだよ」弱弱しく、けれどはっきりと浩二は囁いた。

遠乃は声を出さずにそれに答えた。



 その年、村はこれまでにないほどの大漁に酔いしれた。山の神に大いに感謝し、翌年もまた生贄を山に捧げたが、何故だか幾たびやっても生贄の人々が帰ってくるので、人間ではなく海の幸の干物を捧げものとすることになった。


丁度その頃からであろうか――真夏の夜、荒々しい獅子と美しい龍が、寄り添いあって浜の空を()けるようになったのは。

昏睡要素はありませんでしたね。

いずれ紙芝居みたいにしてニコ動にアップしようかと考えてます。

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[良い点] タグにGLと入っている+1145141919810点 [気になる点] 村の人達が淫夢ファミリージャない-364364点 [一言] セミくん入れて♡
[良い点] 語録が自然と使われている。+1145141919810点
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