【第三話】アリアケ海峡・恋景色
呼子港での珍道中から数日後。俺達は王都へ帰るための情報収集を名目に、リコの通う高校に交換留学生として潜入していた。
エルフの耳は髪で隠し、諸々の手続きはスイの幻術で都合よく解決した。あとは目論見通り、生の女子高生にモテるのみ!
「ねぇねぇ、今日来た留学生の子!ヤバくない?超タイプ!」
「マジマジ!綺麗な金髪に宝石みたいな瞳、憧れちゃう!」
そうだろう、そうだろう。いやいやしかし、思惑通りに事が運んだ。ワイドショーで言っていた通り、流行に敏感な女子高生は、ハーフや外国人が大好きだったようだ。颯爽と教室に入り自己紹介をするや否や、俺はもうモテモテの入れ食いだった。
そう、嘘だ。ご明察である。同じ金髪なのに、同じエルフなのに。ちやほやと持てはやされているのは、スイの方だ。あの無愛想な仏頂面の、どこが良いというのか。
キャイキャイとはしゃいでいるのは、クラスの女子よりもむしろ男衆だ。軟弱な恋愛脳共め、ああいう奴らが戦場では真っ先に死ぬんだ。ざまあみろ。
ちなみに、俺への評価といえば。
「ヨカト君ってさー、なくはないよね?」
「うんうん!全然イケるくないっぽい感じ?」
「ほんとほんと!むしろアリよりのナシ!みたいな?」
ーー何なんだ!女子共よ!
アリ寄りのナシって何なんだ!アリじゃないのか。アリならば今すぐその短いスカートの中を拝ませてくれ、畜生め!!
なんだこの学舎は。勉学に励もうという殊勝な学生など、一握りにも満たないではないか。やれデートだの、カラオケだの、クソ羨ましい!もとい、忌々しい!
「……あの。ヨカトくん。」
ああそれにしても、米が美味い。俺は世の不条理と弁当のおにぎりを、一緒くたに噛みしめた。婆ちゃんが握ってくれるおにぎりは、いつだって最高だ。つやつやと大粒でもちもちとした佐賀県産の米を、アリアケ海の海苔で包む、至高の贅沢。具は勿論、畑で取れた高菜の油炒めだ。
「ヨカトくーん、聞いてるかい。」
婆ちゃん、ありがとう。俺はモブに成り下がっても、強く生きていけそうだ。そう、モブ。ちょうどそこにいる男のような。
「おーい!!ヨカトくん!!」
「わっ、なんだ!急に話しかけるな!」
さっきから呼んでいたよ、と肩をすくめる平均顔の男子生徒。こいつは確か……誰だったか。
「ひどいなぁ、忘れちゃったの?放課後、僕らの部を見に来てくれるって言ってただろ。」
そうだった。こいつは、リコの所属する部の構成員の一人だ。地域研究部なるその機関では、佐賀にまつわる歴史や生態系を調査しているらしい。いかにも帰る手ががりがありそうじゃないか。いや、まあ。本当はリコに会いたいだけなんだけど。
そんなわけで。俺は特別歓迎されるでも悪目立ちするでもなく、平凡な学校生活を終えた。教室の掃除を済ませた俺は、足取り軽くリコの元へ向かう。
「ちょっと、ヨカト様ぁ。聞いてました?」
聞いてなかった。俺の頭はもうリコの事で一杯だ。教室に置いてきたはずのスイが、いつもの如く監視に着いて来ようがどうでもいい。はやくリコに会いたい。その一心で部室の扉に手をかけた俺は、硬直した。
「あんっ……ダメです部長、こんな所で。」
おや、何故だろう。神聖な学校で、あられもない女の声が。
「いいじゃないか、リコくん。僕はもう待てない!」
「ああっ……イヤっ!そこは大事なところなんです、優しくしてくださいっ。」
な、な、なんだってー!今リコくんって言ったか。誰だその男は、何をしているんだ!
「駄目ですよ部長、乱暴にしちゃ。ほら、先輩?俺に任せて。」
「きゃっ!やだ、二人でなんてひどいです。やめてください!」
複数、だとっ!?この扉の先で、どんないかがわしいことが……それより、リコの貞操が危ない!!スイを振り返ると、真っ赤になって金魚のように口をぱくぱくとさせている。駄目だ、使い物にならない。ええい、ままよ!!
「た、たのもーー!!」
道場破りよろしく、雄叫びを上げながら突入する。
「ヨカトくんっ!」
部屋の中央では涙を浮かべたリコが、二人の男に揉みくちゃにされた……土器の破片を、固唾を飲んで見つめていた。
なに、これ。
いや、わかっていたさ。いつ人が来るとも知れない教室で、エロ同人誌みたいな事が起きているはずもないという事は。でも、何だろう。何その、土器。
「おおっ、来たね留学生!」
見るからに学者然とした、眼鏡の上級生が目を光らせる。さっき聞いた声からするに、こいつが部長のようだ。神経質そうな顔立ちに、虚弱な体……じゃない。なんだこのマッチョは!顔と体が全然合っていないぞ。
「僕の体が気になるかい?ふふ……より良い研究のために鍛えた体さ。フィールドワークは体が資本!」
「「フィールドワークは体が資本!!」」
部長のボディビル感あふれるポージングに合わせて、下級生達が標語を復唱する。なにこれ、宗教か何か?
「さしずめ、コレが目当てと言ったところですか?……全く、欲しがりさんですねぇ。ヨカト先輩?」
シュッ、パチン!シュッ、パチン!
先ほどリコにいやらしい声を上げさせていた下級生が、ルービックキューブのプロよろしき鮮やかな手さばきで土器を組み立てていく。何それ、すごい。でも、土器は目当てじゃない。
「ああっ、私の大事な土器がぁ!」
お前は何を言っているんだ。イヤイヤと頭を振り乱すリコを尻目に、未だポージング中の部長に探りを入れる。エルフ王国、ガバイ国王、災厄の土石竜。スイと一緒に手当たり次第に単語をあげていくと、ある単語に部員の一人が反応する。
「ワラスボ?それなら、ここにありますよ!」
「何っ!?」
部員の手に握られていた、細長い墨のような何か。それは、紛うことなき災厄の化身、ワラ=スーボ……の、干物だった。
「な、なによ……これ。」
「あっはは、見た目はグロテスクですよねぇ。でも、炙ると美味しいんですよ?」
顔面蒼白のスイに、佐賀のお土産こと化け物のミイラが握らされる。泣き出しそうなスイに代わってお礼を述べ、ミイラは俺の通学鞄に丁重に封印した。
「そういえば先輩……似てませんか、アレに。」
部員が俺を指差すと、他の部員達は口々に議論を始めた。
「む、アレか。アレには学術的根拠が微塵も見受けられないと言ったろう。」
「どうせゲームのノベルティか何かだろ、アレは。下らない玩具さ。」
「いや、可能性を否定するのは研究者にあるまじき愚行。出してこよう、アレを。」
いや、アレって何だよ。ツッコミを入れる間もなく、教室の棚に無造作に置かれていた汚ならしい金属がお目見えする。おや、それは。
「やっぱり似てますよ。ほら、ここ。柄に刻まれた絵にそっくりです、この人。」
ピラミッドの壁画のようなタッチで、俺そっくりなエルフが刻まれた剣。土埃にまみれたそれは、紛れもなく俺の聖剣エルフカリバーだった。
「うおおぉお!!それは、俺のエルフカリバー!!」
「なんだ、君のだったのかい?」
「やっぱり玩具じゃないか。馬鹿馬鹿しい。」
【武器】エルフカリバーを手に入れた。
「ありがとう!ありがとう!!」
エルフカリバーを手に咽び泣く俺は、ジャパニーズカルチャー好きの外国人に見えているらしい。携帯ゲーム機で通信対戦に興じていた部員達から、まばらな拍手が送られた。
「それ、どこで拾ったのかしら?」
スイが尋ねると、巨石パークに落ちていたとの返答があった。肥前大和巨石パーク……なにそれ。聞くところによると、10メートル級の巨石がごろごろと落ちている山なのだという。いずれ訪れねばなるまい。
そろそろ日も暮れそうだ。俺達はエルフカリバーを拾ってくれた部員と握手を交わして、意気揚々と部室を後にした。俺の顔と聖剣を見比べて思案する部長の鋭い視線と、にっこりと弧を描くリコの口元に気付かずに。
「……はぁ、なんだか疲れちゃったわ。」
夕陽のオレンジに染まった髪をなびかせ、大きく伸びをしたスイが脱力と共に独り言ちる。
「お前なぁ。毎回毎回、律儀に着いて来なくたっていいんだぞ?」
今回の潜入だって、手続きに協力さえしてくれれば良かったのだ。同行までは求めていない。
「馬鹿。ヨカト様に何かあったら誰が守るのよ、ここには王国の兵士はいないのよ?」
「お前……浮気の監視じゃなかったのか?」
「あっ!!そうそう、監視!監視のついでに守ってあげるって言ってるの!」
両手をぶんぶんと振って、今のナシ!と訂正するスイ。
驚いた。こいつはこの異国の地で、俺を守るために同行していたのだ。か弱い女の身で、俺の……ために。
「なっ……なんだよ。自分の身くらい、自分で守れるわっ。」
「ふーん。剣もないのに?」
「ぐっ、今日戻って来ただろ!これで大丈夫だ!」
なんだ、なんなんだ。スイの顔が、まともに見れない。おかしい。こんなの、まるで。
「とにかくっ!もう、着いて来なくていいんだ。……お、お前だって、不本意だろ?親同士が勝手に決めた、こんな関係。」
「ヨカト様……。」
「いいんだよ、ここは異国だ。お前を縛るものは何もない、自由に……。」
自由に、生きろよ。その言葉は、スイの口付けによって遮られた。
柔らかくあたたかな唇が、俺の口に控えめに合わさる。数秒の後、それは名残惜しそうにゆっくりと離れた。さらりと風に揺れる髪から、スイのいい匂いがして心臓が跳ねる。
「なっ……!?ばっ、馬鹿かお前!?何して……!!」
「キス……したのよ。」
俯くスイの表情は見えない。
「自由に、してるの。ーー最初から。あなたに出会った、あの時から。」
「お前……。」
顔を上げたスイの瞳は、真っ直ぐに俺を射抜いた。濁りのない、晴れ渡る空のような青。そうだ。初めて出会った時も、こいつはこんな目をしていた。
「全部、私の意思なの。誰かが決めたからじゃない。」
スイは笑っていた。
「あなたを想うのも、あなたを守りたいのも……今のキスも。」
目を細めて微笑むと、スイはくるりと前を向き、さっさと先を歩いて行く。
俺は、動けなかった。
誰かを愛する人の心を、初めて目の当たりにした俺は、そのあまりの大きさに打ちのめされる心地がした。
「スイ……。」
俺が、やれ巨乳を揉みたいだとか、初体験を済ませたいだとか、そういったことばかり考えている間に。
あいつは、ただ真っ直ぐに、人を愛していた。命をかけて、守ろうとしていた。あの、泣き虫で意地っ張りなあいつが、一心に。
「俺は……。」
俺は、俺以外の何かにはなれない。下心だって、一つの切っ掛けだと思う。俺のいかがわしい妄想の数々を、俺は否定しない。だけど。
だけど、何かが変わらなくてはならない。このままでは、いけない。ーーそんな気がした。
~続く~
【おまけ】
イメージイラスト
【あとがき】
お久しぶりです!うさみみ軍曹です!
今回もロード・オブ・佐賀をお読みいただきありがとうございます٩( 'ω' )و
作中に出てくるワラ=スーボは、佐賀県の名産ワラスボがモデルです。
目のないハゼみたいな、エイリアンみたいな凄い見た目。活け作りを見た時はびっくりしました!この干物も、手に入れ次第写真撮って貼りたいと思います。
それでは!次回もまたよろしくお願いいたします!
今回もお読みいただきありがとうございましたー!!
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