読書部の謎解きディスカッション 5 〜読書部への挑戦状〜
【読書部への挑戦状】
黒文字で、そう書かれた白い封筒を開けてみると、中からカードが現れる。
『タイムリミットの午後六時までに、次の文章の謎を解け。
月の光に照らされる、その鋭い眼光の裏に隠された、真実を見つけ出せ・・・・・・。
P,S ヒントは、最初から知っている。
読書部顧問 本田ミヨ 』
カードに書かれた文章と、そこに書かれた名前を見て、読書部の西山東輝と北野南は、同時に溜息をついた。
「うへぇ〜、またですねぇ〜」
「あぁ、まただ。くそっ、今日は読みたい本があったのに・・・・・・」
「う〜ん。私は昨日、読み終わったので暇なんですけどねぇ〜 うっふふふ」
「うっふふふ————じゃない。だったら感想文を書け。それか新しい本を読め」
椅子の背もたれに体を預け、東輝が机の上にカードを放り投げて腕を組むと、向かいの席にちょこんと座っていた南が、そのカードを手に取りヒラヒラと揺らしている。
「欲しい本があったんですけどぉ、今月は可愛い洋服を買っちゃって、お金がピンチなんですよぉ〜 ・・・・・・ねぇ、せんぱ〜い?」
「買わない。自分で買うか、図書館にでも行け」
「まだ何も言ってないですよぉ!」
ある日の放課後、いつものように部活動をするために、薬品臭い化学準備室に二人がやってくると、部屋の中央に設置してある机の上に、一通の白い封筒が置いてあった。
「————ったく、来たなら来たで顔くらい見せればいいのに、一応顧問なんだから」
「ミヨ先生って、本当にうちの顧問なんですか?」
「・・・・・・まぁ、一応な」
本田ミヨ先生は、れっきとした我が読書部の顧問である。
切れ長の目にショートカットの髪型、白いブラウスに黒のジャケット、そしてタイトスカートのその容姿は、男子生徒のみならず教職員からもアプローチをされるほどの美人教師だ。
だが中身が、口を開けばマシンガンのようによく喋るわ。「三秒ルール! 適用!」と叫びながら。落ちた物を拾って食うわで、本当に残念な人なのだ————あれ、俺の周りって、こんな女ばっかじゃ・・・・・・。
そんな事を考え、眉間に皺を寄せる東輝とは反対に、南は嬉しそうに机の下で足をぶらつかせている。
「先輩と二人っきりになれるので、私的にはいなくていいんですけど」
「おい」
「たま〜に、こうゆうイタズラをしますよねぇ〜 なぜですかぁ?」
「・・・・・・知らない」
机に頬杖をつき、東輝は溜息をついた。
「それで〜、どうします? このカード————」
南は、謎の文章が書かれたカードをヒラヒラと振っていた。
「はぁ・・・・・・面倒だが、付き合うしかねぇな」
見た目に反して中身は子供なので、自分のお遊びに付き合ってもらえないと、本気で暴れ出すのだ。今回も無視をすれば、後でどうなるか分かったもんじゃない————。
「わ〜い、久しぶりの推理ゲームですねぇ〜」
「喜ぶな」
暇だと言っていた、南は嬉しそうにピョンピョンと跳ねていた。
————とにかく、早く終わらせて読書だ。
気持ちを切り替えた東輝は、腕時計で時間を確認する。
「タイムリミットまであと四十分だ・・・・・・じゃあ始めるぞ」
「はい、先輩!」
「月の光に照らされる、その鋭い眼光の裏に隠された、真実を見つけ出せ・・・・・・。んん〜?」
「〝隠された、真実を見つけ出せ〟っていう部分があるから、何かを探し出す事なのは分かるけどな」
「問題は〜、どこに隠しているかっていう事ですよね?」
「あぁ」
————本田先生にしては随分、詩的な表現をしているなぁ。 国語の教師でもないのに。
まぁ、これは個人的感想なので、あまり気にしても仕方はないだろう。と、机の上のカードを指で弾いた。
「月の光に照らされるっていう事は、夜になれば分かるんですかねぇ?」
「いや、そうじゃないな」
「えっ、どうしてですかぁ?」
東輝が首を横に振ると、南は食い気味に質問を飛ばして来た。
「メッセージの最初に〝タイムリミットの午後六時まで〟って書いてあるだろ?」
「ん? ・・・・・・あぁ、なるほどぉ〜」
真冬なら今の考えは当たっているかもしれないが、今は五月の前半だ。
六時では、日はまだ落ち切らない。つまり月の光が出ない以上、夜は関係ないはずだ・・・・・・という事で、この案は却下になる。
「じゃあ、あとは・・・・・・鋭い眼光の裏・・・・・・目つきの悪い人の、裏を探せって事ですかね?」
「目つきの悪い人って?」
「・・・・・・」
「おい、何で俺の背後をさりげなく覗いているんだ?」
「へっ? い、いやぁ〜 覗いてないですよ! いつも通り背中も格好良いなぁ〜 と見蕩れていたんですぅ」
————この野郎。
自分の目つきの悪さを嘆きつつ、東輝は改めて机の上に置かれたカードの文章を見直す。
「・・・・・・」
「んんー。んんー。難しいですねぇ————」
時間もどんどん減っていくせいで焦りも強くなってくる中、一つの文章が目に止まった。
【P,S ヒントは、最初から知っている。】
本田先生の僅かながらの優しさなのかもしれないが、これでは、ヒントが余計な謎を増やしている。
————どう言う事だよ。最初から・・・・・・知っている?
もしかしたら以前に本田先生と会話をした中に、重要な話題があったのかもと、その時の事を必死に思い出そうと、唇に人差し指を当て俯いた東輝の前で、南が「あっ」と小さく声を上げた。
「東輝先輩、封筒の中に『ヒント』って書いてある小さいカードがありましたよ〜」
————ガクッ! ドンッ!
驚きのあまり、机におもいきり頭をぶつけた東輝は、何だか本田ミヨの手のひらで弄ばれている気分になりながら、頭をさする。
————まさかヒントが二つもあるとは・・・・・・でも、何か・・・・・・。
胸の奥に出来た、小さな靄が少し気になるが————。
「わぁああ、先輩大丈夫ですか! 痛くないですか? チューしてあげましょうか?」
そう言って飛びかかって来る南を、サッと避けながら小さなヒントカードを手に取るとそこには————。
【十四番目と言えば?】
「————何て書いてあるんですかぁ? ・・・・・・んん? どういう意味ですか?」
壁に激突していた南が額を撫りながら、ヒントカードを覗き込んできた。
その隣で東輝は、この〝十四番目〟という言葉に、何か引っかかりを覚える。
「・・・・・・」
「ほえ? どうしました、東輝先輩?」
「・・・・・・」
椅子から立ち上がった東輝は、メガネを外し眉間を指で抑えながら、化学準備室内を歩き回る。
「・・・・・・月の光、鋭い眼光・・・・・・十四番目・・・・・・以前、何かで見たような・・・・・・まさか・・・・・・」
しばらくの間ブツブツと独り言を呟いていた東輝が、メガネを付け直し南に顔を向ける。
「————南、分かったぞ」
「はぁぁあ・・・・・・やっぱりメガネを外した時の、その目つきの悪さもたまらなぁい・・・・・・」
「おい、南」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
「ていっ!」
軽くチョップを入れてやると南は正気に戻った・・・・・・古いテレビか。
そんな彼女を見て頭を掻きながら、東輝は顎で、この部屋の出入り口を指し示して言った。
「・・・・・・結論が出たぞ」
窓から入る夕焼けで、校舎内の廊下はオレンジ色に染まり、幻想的な雰囲気に包まれていた。
もう間も無く完全下校時刻になるので、多くの生徒達は、足早に昇降口に向かっている。
そんな中、西山東輝と北野南の二人は、帰る生徒の波に逆らうように廊下を突き進んでいた。何度か隣を歩く南が東輝の腕に抱きつこうとするのをかわしつつ、二人は目的地に到着する。
「へっ、ここですか?」
【音楽室】と書かれたプレートを眺めながら南は首を傾げていた。その様子を横目で見つつ東輝は、ガラガラッと扉を開ける。
「・・・・・・やっぱり、正解みたいだな」
「どうしてですかぁ?」
「この時間なら、もう特別教室の扉には鍵を掛けているはずなのに、こうして開いている————たぶん答えが分かった俺達が中に入れるように、本田先生が開けておいてくれたんだろ・・・・・・」
そう言って室内に足を踏み入れた東輝は、真っ直ぐ右前方に向かって歩き出した。
音楽室内は防音というだけあって、シーンと静まり返っている。普通の教室の約1.5倍ほどの大きさを持つ室内には、生徒達が使用する長テーブルが綺麗に並べられており、壁際にはギターやバイオリンなど多彩な楽器がスチール製のラックに納められている。
そして東輝が立ち止まった目の前の壁には、有名な音楽家の肖像画がいくつも額縁に入って壁に掛けられていた。
「ん〜? このおじさんたちの絵がどうしたんですかぁ?」
「おじさんって」
南の発言に呆れつつも、東輝は『ベートーベン』と書かれた額縁に手を伸ばす。
「・・・・・・見つけた」
「うえっ! 何でぇ?」
取り外した肖像画の裏から、A4サイズの白い封筒が出てきて、ビックリしている南は、目玉が零れ落ちそうなほど目を見開いていた。
「マジですかー。東輝先輩、何で、何で分かったんですか?」
「ん? それはな————」
封筒の表に書かれた【読書部よ、正解だ】という文字を見ながら、東輝は南に説明をする事にした。
「【月の光に照らされる、その鋭い眼光の裏に隠された、真実を見つけ出せ・・・・・・。】正直、これだけで謎を解けって言われたら俺も無理だったけど、最後に出てきたヒントカードがあれば、少しでも音楽の知識がある奴なら、誰でも分かると思うぞ」
その言葉に南は、顎に人差し指を当て、何かを思い出すように虚空を見つめていた。
「ヒントカード・・・・・・確か、【十四番目と言えば?】でしたよね?」
東輝は頷きつつ、手元のベートーベンの肖像画を指差した。
「月の光は〝月光〟とも言えるだろ? ベートーベンのピアノソナタ〝第十四番〟の通称は《月光》っていう曲だ」
「おぉ! なるほどぉ〜 しかも、そのおじさんの絵は目つきが鋭い!」
「おじさんは、やめろ」
それに、本田ミヨ先生は音楽教師だ。
南は学年が違うので知らなかっただろうが、東輝には、そのヒントもあったのだ。
詩的な文章にしていたのは、おそらく音楽とはまるで関係が無いように見せるためのカモフラージュだったのだろう・・・・・・いや、あの人がそこまで考えているとは思えないので、単なる偶然かも。
「いやぁ、流石は先輩! 博識ですねぇ」
「ん、いや。前に本で見た気がするんだが————何だったっけな・・・・・・」
喉元まで来ているのに、中々出て来てくれない。この感覚に東輝は一人、眉間に皺を寄せていた。
そんな気持ち悪さなど知らない南は、胸の前で両手を組んで目をキラキラさせている。
「先輩、先輩! その封筒開けてみてくださいよぉ〜 もしかしたら、私たちの婚姻届けが————」
「そんな訳あるか」
「うーん! 恥ずかしがり屋さん!」
「うるさい」
南にツッコミを入れつつ封筒を開くと中から、一枚の二つ折りの紙と千円分の図書カードが入っていた。
とりあえず、紙の方を開いてみると、本田ミヨ先生の直筆のメッセージが書かれていた。
『西山。この前、お前が提出してくれた読書感想文が市のコンクールで優秀賞に選ばれたぞ、おめでとう。というわけで、賞品の図書カードを渡しておくから、また読書に励んでくれ・・・・・・あと隣にいるであろう南、お前も頑張れ。 では、さらばだ。
本田ミヨ
P,S 賞状もあるんだが、封筒に入らないから今度取りに来い。』
女性とは思えない、荒々しい文字で書かれた文章を読み、東輝は肩を落とした。
「何か、私ついでっぽいぃ・・・・・・でも先輩! おめでとうございます!」
「・・・・・・これだけのために・・・・・・わざわざこんな事を・・・・・・」
「まぁまぁ、ミヨ先生らしいじゃないですか!」
ガックリしている東輝の背中を、南がポンポンと叩き励ましてくる。
「・・・・・・」
「んっ? どうしました? 突然私を見つめて—— はっ! まさか——」
「惚れてはいない」
「セリフ取られたぁ〜」
目の前で、頰を膨らませ悔しそうな表情を見せる南に、東輝は無言で図書カードを差し出す。
「へっ?」
「・・・・・・やるよ。なんか俺の事だったのに付き合わせた、詫びだ」
「えっ? えっ? いや! 私は東輝先輩といられれば————でも、いいんですかぁ?」
「金がピンチなんだろ? それで欲しい本を買え」
「わぁぁぁ! 先輩、ありがとうございます! んん〜、好き好き好き好きぃぃぃぃぃぃ!」
そう言うと南は、ピョンピョンと全身で喜びを表現して、何度も感謝の言葉を述べていた。
————こいつが読書してくれないと・・・・・・うるさいし。
本当の東輝の思惑など知る由もない南は、ベートーベンの肖像画を壁に戻しながら質問をしてきた。
「————そう言えば、その入賞した時に読んだ本って何だったんですか?」
「あぁ。それは・・・・・・って、本田先生。そう言う意味か・・・・・・」
「ん?」
今回の読書感想文は、結構前に書いた物だったので一体何の本を読んだか、今の今まで本当に忘れていたが、こうして思い出すと、問題用紙に書かれていた、最初のヒントの本当の意味が、ようやく理解できた。
【P,S ヒントは、最初から知っている。】
あの時は、胸の奥の靄をスルーしていたが・・・・・・もし、二枚目のカードがヒントで、その事を書いていたとしたなら〝知っている〟という言葉より〝持っている〟という方が適切なはずだ。
それでも、知っている。という言葉にしたのは、本当に最初から知っていたからだ————東輝が。
————キーンコーンカーンコーン。
「俺が今回、読書感想文のために読んだ本は————【ベートーヴェンが読んだ本】 藤田俊之・・・・・・っていう本だ・・・・・・」
「・・・・・・おーう」
校内に鳴り響くチャイムの音が、本日の読書部の活動終了を告げていた。




