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あなたの家に連れてって

 彼は彼女を連れて近くの公園に入った。

 ちょうど彼の帰り道に面していて、規模が小さいためか子供が遊んでいる事も少ない。

 秘密の話をするには都合がいい。


 葉月は先に立ってベンチに向かった。

 彼がそれを指し示すと、彼女は腰を下ろした。

 葉月はそれを見て、彼女の隣、と言うにはやや遠く、ほとんどベンチの端に腰を下ろした。


 彼女はそんな葉月を不思議そうに見て、それから話を始めた。

 それはやはりとんでもない話だった。


 まず彼女は、自分の事を異世界人だと言ったのだ。

 それはつまり、宇宙人ではなく、別の空間というか平行世界というか、そんな感じらしい。


 彼女の世界は他の世界に移動する方法を開発し、それを利用して幾つかの世界と密かに交易などもしているのだそうだ。

 この世界とはまだ関係を持っておらず、彼女が来たのは調査のためだというのだ。


 調査と言っても特定の問題について研究するようなものではなく、何人かの調査員が出かけていって、そこでの体験を総合する事で判断をする、というものだそうだ。


 もちろん文化や技術について調査する必要はあるが、交流を維持するためには、それ以上にその世界の人間社界の雰囲気や態度・姿勢といったものが大事なのだそうだ。


 中にはたちの悪い世界や、荒んだ世界もあって、トラブルになった事もあったのだとか。

 それで協力というのは、要するにそのための案内役をしてほしいと言うのだ。


 彼女に与えられたミッションは、『五日間を転送された地域で過ごし、そこで町のあちこちを見て回る』というだけの事だった。


 ただし、現地の案内人を選ぶ事が条件。

 様子を見て誰を選んでもいいが、出現を見つかった場合には、まずその人間に当たる事が決まっていたのだそうだ。

 それは奇妙な条件にも思えたが、秘密を守るという点では意味があるのかも知れない。


 なるほど、話の内容はわかった。

 とんでもない事ではあるが、求められた仕事の内容そのものはややこしい事ではないようだ。

 葉月はそのことに安心を感じた。


 同時に隣に腰掛けているシィの美しさに目がくらむようだった。

 彼女は背が高く、プロポーションも抜群だ。

 しかも話を聞いていれば、言葉遣いも丁寧で、まじめそうな、しかし素直な暖かさも感じられる。


 そもそも彼は同世代の女性に免疫がない。

 何しろ今話しただけで、この二年間に同年代の女子と会話した総時間数を軽く超えていると思われるくらいだ。

 実際には、彼の方は相づちを打つ程度で、ほとんど彼女から一方的に説明を受けるという体ではあったが。


「それで、お手伝いお願いできませんか?」

 そんな風に彼女に改めて問われた時、葉月はあっさり頷いていた。


 聞いた内容を理解して納得した、と言うよりは、おおよそ怖い話ではない事を理解して安心した状態から、この質問をする彼女の懇願するような目を見ると、首が勝手に動いていた、と言う方が正しい。

 そして、それを聞いた彼女の表情がそれは嬉しそうに輝いたのを見ると、それだけで幸せな気分になれたのだ。


 しかし次の彼女の言葉に、彼の体は凍り付いた。

「それでは、ハヅキさんのお家に案内して下さい」

「お、お家? どうして?」


 彼女の方は多少申し訳なさそうではあるが、あっさりとしたものだった。

「それは、私の行き先が他にはないからです」

「えー~~?」

 彼の情けない悲鳴が公園に響く事になった。


「それは、その、やっぱり、その」

 慌てふためく葉月の様子に、シィが涙目になる。

「お願いします。他に行くところはないのです。協力して下さると言ったじゃないですか!」


 そう言われると、それに彼女の悲しげな表情を見ると、すでに彼には拒否をする気力は残っていなかった。

「あの、その、家族にも事情を説明しても……いいかな?」

「それは、出来れば秘密にしていただきたいと……」

「ああ、そう、そうだよね、アハハ……」


 彼はちょっと考えて、言ってみた。

「その、もしかして、何かの能力で姿を消すとか、家族が気にしないような暗示をかけるとか、そう言うのは?」

「はあ、それは基本的にはしてはいけない条件なんです」

 申し訳なさそうな彼女の声に、諦めざるを得ない。


 彼は改めて頭の中で色々と考えを巡らした。とにかく見つからないように部屋に入って貰って、それから押入の中をああしてこうして……うん、何とかなるだろう。

 そうだよ、アニメにだってどこかからやって来たものが部屋に住み込む話はいろいろある。怒羅衣紋だって初鳥君だって……ばれずにやってはいないなあ。どうしたらいいんだろう。


 だが、ちらりと横を見ると、彼女は相変わらず懇願するような目を彼に向けている。それを見ると、彼はもう何も言い出せない。

「わかった。とにかく案内するから」

「はい。お願いします」


 彼が立とうとすると、その前に彼女は立ち上がっていた。先に立って歩き出しそうな勢いだ。

 時間を確認するとまだ五時前。妹は部活があるから、今ならばまだ帰っていないかも知れない。母が帰るのはいつももっと後だ。

 うまくすれば彼女を誰にも見つからずに自分の部屋に誘導できるはずだ。


 要するに、手に入れたお宝を部屋に持ち込むのと同じだ。

 むしろ、自分で動いてくれるだけ簡単なくらいだ。そう考えると、何となく気が楽になった。彼がそんなお宝を持ち込んで家族にばれなかったことは、実のところは一度も無いのだが、今はそんなことを思い出す余裕もないのだった。


 彼は周囲に気を配りながら家に向かった。

 幸いに知人と出会う事もなく、家の前に来る事が出来た。二階建てのこじんまりした我が家は、父が存命中に買った中古住宅との事。

 そのお陰で家族の暮らしもどうにかなっている。


 さて、葉月の部屋は二階にある。そこまで彼女を誰にも見つけられることなく連れて行かなければならない。いよいよ作戦開始だ。玄関を目の前にして、シィにささやく。

「ちょっとここで待ってて。中の様子を見るから。呼んだら入ってきて」

「はい」


 彼女に静かにするようにと人差し指を口に当てて見せ、それから恐る恐る玄関を開けると……妹がいた。

「あ、お兄ちゃん、お帰り」

 どうやらついさっき帰って、部屋にカバンを置いて部屋着に着替え、台所におやつを探しに来たところ、そんな風に見えた。

「あ、たたただいま。はは早かったんだな」

「うん、今日は部活の先生が出張なんだって」

「そそそうか。そそれはよかったな」


 焦りのあらわな葉月の言葉に睦希が気づいたようだ。

「あれ? お兄ちゃん、何かあるの?」

「なな何かって、な何だよ? 気にしないで、台所へ行くんじゃないのか?」

「それはそうなんだけど、お兄ちゃん、何か隠してるでしょ?」

「ないよないよ、かか隠してなんて、何もないから!」


 もはや猜疑心の塊のような顔で迫る睦月をどう誤魔化せばいいか、彼はなけなしの知恵を絞ろうとした。

 だがその時、彼の背後、玄関の外から声が聞こえた。

「あら、どなた? うちに何かご用かしら?」

 母の声だった。慌てて振り返り、細めにドアを開ける。母が声をかけている相手は、やっぱりシィカだった。

 あまりにもあっけない作戦終了だった。


 もはや隠す事など不可能だ。

 むしろ、ちゃんと紹介しないといけない。

 でも、本当の事は秘密にしなければならない約束だ。つまり、合理的な理由をでっち上げなければならないのだが、何かアイデアはあるか?


 シィカは母に声をかけられて緊張していたらしい。

 ドアから葉月が顔を出すと、慌てたように彼のそばに身を寄せるようにした。母が、その動きを見て彼に視線を向ける。

 これでいよいよ彼が言い訳をしなければならない段階になったわけだ。


 母が口を開いた。シィカという他人の前だから愛想のいい笑顔だが、その目には疑問がありありだ。

「あら、葉月の知り合い? 葉月、あんたがこの子を連れてきたの? どういうご用なのかしら」

「そそそそその、あああの」

「何を言っているの? はっきり言いなさい」


 あからさまに挙動の怪しい葉月の様子に、母の目が吊り上がりかかっている。

 急いで説明しないと爆発が起きる。だが、その思いがなおさらに彼を焦らせる。

 彼は生唾を大きく飲み込んだ。思いついたアイデアはどう考えても名案とは言い難かったが、それしか考えつかなかった。


 だから言った。

「この子、帰り道で拾ったんだ。だから家に連れてきたんだけど、いいかな?」

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