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『空から女の子』

 その日の夕方、葉月は路地裏を歩いていた。

 学校帰りだ。

 道は狭く、両側に塀や壁が迫っていて、薄暗い通りだった。


 実のところ、普段はもっと広い表の通りを使っているのだ。

 ただ、そこには彼の大好きなアニメ系の店がある。もちろんいつもはそれを眺めて帰るののを日課にしていた。


 ところがしばらくは前を通れない理由があった。

 というのは最近大評判になった魔法少女もののアニメ『窓からマジか』のフィギュアが一気に入荷したのだ。

 もちろん買いたかったが、少し前に『騒音 SO-ON!』のフィギュアを買ったばかりで経済的に逼迫しており、今はとても手が出ない。


 三日前には無意識のうちにショーウィンドウに張り付いていた。気がついて周囲を見回すと、そこには気の毒そうなのやら気味悪そうなのやら、とにかく居心地の悪くなる視線が集まっていた。

 慌てて立ち去ったものの、痛い視線がいつまでも後を追ってくるようで、ひどくきまり悪い思いをした。


 とはいえ喉から手が出るほどに欲しい事に変わりはない。

 店の前を通ると、再び張り付いてしまう可能性は大いにある。さすがに同じことを何度も繰り返すわけにはいかない。

 それにいくら張り付いてみても、手に入りはしない。


 でも前を通れば見えてしまうし、目を逸らせるには魅惑的に過ぎるし。

 だから見ないですむように、帰り道を変えてみたのだ。通った事のない道だが方向は間違っていないはずだ。


 そう思って入り込んだ裏道だった。

 それはごく当たり前の裏路地だった。いやたった今までそうだったのだ。

 それが今、次第に想像を越えて異様な雰囲気になりつつあった。


「おかしいなあ。表通りと同じ向きのはずなんだけどなあ」

 そもそも薄暗すぎやしないか?

 今日はいい天気だし、五月の四時って、もっと明るくなかったか?

「何だか急に暗くなった気がするけど……」


 不安を感じてたちどまり、左右をきょろきょろ見回してみる。

 辺りはさらに暗くなり、周囲の景色が見て取りにくいほどになっていた。

「おかしいぞ。はっ、まさか、これは封絶か、いやそれとも魔女の結界に踏み込んで……?」


 そんな馬鹿なとは思いながらも、そんな言葉が口から出てくる。

 実際に周囲の様子はさっきまでと同じ道路なのに、ここだけが通常の空間でなくなった、そんな雰囲気に溢れていたのだ。


 その時だった。

 不意に目の前、少し斜め上、地上からの高さが二メートルほどの空間が光り始めたのだ。


 その光は最初は一点が丸く光るものだったのが、すぐに大きくなった。

 今では直径が五〇センチほどにもなったろうか、その周辺に小さな火花が飛び散り始めた。


「いや……これって、ター○ネーター?」

 ちょっと古いSF映画にこんなシーンがあったような。

 出てくるのは殺人ロボット。まさかそんな?


 葉月は突っ立ったまま、ただその光を見ていた。

 本当は怖かったし、逃げた方がいいとの判断もありはした。

 でもとにかく足がすくんで動けなかったのだ。


 光の玉は更に大きく膨らみ、一メートルほどにもなったところで火花の散るのが止まった。

 すると光は急に暗くなり、するとそこに彼女がいたのだ。


 彼女は体を丸めるような格好で、ほんの一瞬だけ宙に浮かんでいるように見えたが、すぐさま落下を始めた。

「親方、空から女の子……」

 思わず口に出しそうになったのは彼がもっとも崇拝する某アニメの名シーンでの一言。少々古くさいが、それだけに少年の冒険心をくすぐるあらゆる要素に満ちている名作だ。


 ただし台詞を全部言い切る前に彼女が落ちてきた。

 現実世界では、大抵はキャラが喋っている時間だけ事態が待ってくれたりはしない。


 彼は慌てて両手を前に出しながら足を進める。

 彼女の体が腕にかかり、その重みにグッと両足に力を入れて……そのまま潰れた。


 当然だろう。

 あのアニメの少年は工場で肉体労働をして鍛えられた体で、さらにそこにミヤ○キ補正がかかっている。


 それに比べて、こちらはテレビのリモコンより重いものは持ったことがない、現代日本のオタク少年だ。

 女の子一人の体重を、それも落下で勢いが付いているのを支えられるはずがない。


「うげ、く、苦しい!」

 押しつぶされて葉月は情けない悲鳴をあげていた。

 それでも彼の体がクッションになって、彼女の体が地面に叩きつけられる事態は回避できたようだ。


 彼女はぴくりとも動かなかった。

 それでも生きてはいるらしく、その体は温かかった。それだけでなく、柔らかくていい匂いがした。


 思わず深呼吸しそうになり、慌てて止めた。

 生身の女性はあまりに魅惑的すぎて危険だ。第一、こんな所を誰かに見られでもしたら。


 彼女はいまだに意識がないようだったので、葉月は体を捩るようにしてその身体の下から這い出した。

 彼はそのまま荒い息をつきながら、彼女のそばにしゃがみ込んだ。


 彼はそんな姿勢のまま、彼女の様子を眺めていた。気が付くと辺りは普通の夕方の明るさに戻っていた。


 彼女の顔には生気がなかった。

 しかし、掛け値なしの美少女だった。

 金色の髪が、地面にふわりと広がってその上に青系のセーラー服っぽい襟が引っかかっているのが、何とも綺麗なコントラストを作っている。


「ええと、そのもの青き衣を纏いて、金色の……じゃないよな。それより、どうしたらいいんだっけ?」

 何をすればいいのか、それが思いつかない。

 あれこれ悩んで、救急救命の手順を思い出した。去年の夏休み前に学校で習ったのだ。


 あれは、最初どうするんだったっけ?

 確か、まず意識があるかどうかを確かめる。具体的には肩を叩いて声をかける。


 でも、この子の体に触るの?

 何しろ葉月は彼女いない歴=年齢で、それどころかここ何年かはクラスの女の子とだってまともに会話した記憶がない。

 見知らぬ女の子の肩に手を伸ばすのは、相手に意識がなくてもあまりにハードルが高かった。


 しかし、その前に少女に動きがあった。

 目元がひくひくと動き、それから、ふんわりと目を開いたのだ。


 葉月は彼女がしっかりと眼を開ける前に、その瞳が空色なのを知った。

 彼女はしばらくぼんやりと上を見上げたままで、それからそっと上体を起こした。


 意識がはっきりしない様子で辺りを見回し、それからようやく葉月の存在に気がついたようだ。

 さらに辺りを見回したのは、他に誰もいない事を確かめたらしい。


それから何かを怖がるように、声をひそめて話し始めた。

「あの、そちらの方、もしかすると、さっきからここに?」


 それはよく通る綺麗なソプラノだった。

 葉月はその声と美しい顔だちに気後れを感じ、声が出せなくなっていた。

 もちろんさっきからの事態の進行について行けなかったためでもあるが、とにかく声が出ない。


 やむを得ず、ただただ馬鹿みたいにかくかくと頷いていた。

 彼女は言葉を続けた。

「では、私が、その……現れたところも?」


 葉月は相変わらず頷くだけ。

 彼女はそれを見て、しばらく彼の顔をじっと見つめた。

 それから何かを決めたように、一つ頷いた。

「でしたら、お願いがあるのです。協力していただけませんか?」


 彼は今度は頷かなかった。

 何しろさっき見たものから判断すると、これが当たり前の事態ではないのは間違いない。

 うかつに頷くと何を頼まれるかわからない。アニメでだって、だいたいはそこで頷いて主人公がひどい目に遭うに決まっているのだ。


 ただし首を左右に振るのもまた憚られた。

 理由の一つは、怖かったから。

 兎に角も正体不明だが、少なくとも超常の存在であることは間違いないのだから。

 それに目の前にいるのは掛け値なしの美少女だ。彼女の希望を無下にするのも、また別の意味で気が進まない。


 その様子を見て、彼女もそれなりに状況を理解したようだ。

「ではまず、話をさせてください。説明を聞いて頂いて、それから判断下されば。もちろん、後から断って下さってもいいのです」


 それを聞いて、彼はようやく頷いた。

 どうやら頭ごなしに事態が展開するわけではないと分かったからだ。拒否してもいいなら、話を聞くくらいは何でもない。


 それを見た彼女も、ほっとしたような笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。ではまず、お名前をお聞かせ下さい」

「はずき。湯野浜……葉月」

 ようやく言葉が出せた彼を見て、彼女ははっきりと笑顔を見せてくれた。

「ハズキさんですね。私はシィカと言います」

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