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次はプレゼント・そして

 昼食を挟んでアニメ鑑賞会は続いた。

 シィカはさほどの感動は示さなかったが、それでも興味深そうに見続けて、時折りは質問を出した。


 ただ、やはりテレビ版を連続で見ると気力を消費する。

 昼前にはシィカは何度もため息をつくようになった。

 葉月はそれを見て考えた。

 自分なら問題ない。大好きなアニメのこと、何時間でも見ていられる。だが、自分の趣味でないものを見続けるのは……。


 そこで思いついた。

 手持ちのアニメはこれだけじゃない。少しずつ色々なのを見て貰えば、目先が変わって面白いんじゃないか?

 それに、アニメそのものを説明する、ということにもなるだろう。


「じゃあ、今度は映画で有名になったのを見せるよ」

 それから、子供の時見たディズ○ーのものやらミヤ○キアニメやらを少しずつ見せることにした。

 これはいい考えだったようで、シィカはそのたびに目を輝かせ、感心したように何度か声を上げた。昼には瑞希にパンを焼いて貰って三人で食べた。


 しかし午後の部開始から二時間ばかり、またも妹がやってきた。

「お兄ちゃん、お客さんよ」

「誰だよ」

「知らないけど、今度はアメリカ人だって」

 葉月は一瞬で頭の中が真っ白になった。恐怖が全身を駆け抜ける。


 でも側でシィカが不安げに身体を震わせた時、彼は意識を取り戻した。

「そ、それで、怖そうじゃなかったか?」

「んー、別に?」

 睦月は普段通りの顔で、むしろ兄が顔色を変えたのが不思議なようだ。


 つまり、彼等に対して恐怖を感じていないらしい。ならば、腕づくで来たわけではなさそうだ。

「一人?」

「ううん。なんか変なあんちゃんみたいなのがもう一人。そっちは日本人みたいよ」


 妹はそこにも不安を抱いていないらしい。どっちにしても、暴力的な話ではないのだろう。それに彼は心を落ち着けた。

 それに礼宮も知っていたのだから、居留守を使う意味はなさそうだ。


 玄関には確かにあのマクミランというアメリカ人がいた。最初に会った時と同じ、気安そうな笑顔だった。

 その後ろにはちんぴらっぽい男が立っていた。さっき二人を追ってきた中にいたようだ。だが、今はにこにこと気の良さそうな笑顔を顔に貼り付けている。その男はなにやら包みを抱えている。


「やあ、ユノハマハズキくんですね。先ほどは失礼なことをしたですね。許して下さいです」

 葉月は黙って彼を見つめた。とにかく、まずは出方を窺いたい。


 彼はフレンドリーな印象のまま、話し続けた。

「すみませんです。もうあんなことはしないのます。私はただ、あの女性を手元に引き取りたいだけなのです。本当にそれだけで、あなたに危害を与えるつもりはありませんでしたのます」

 葉月はその言葉にそっと息をついた。少なくとも、家に籠もっている限りは安心だと思えたからだ。


 だが、彼はさらに話しかけてくる。

「ですから、彼女を引き渡して貰いたいのます。もちろん、無理は言いませんますし、相応のお礼はさせて貰うつもりがありますです」

 彼は振り向いて若い男を呼んだ。男はすぐにやってきて、愛想笑いしながらその包み紙を葉月の前に置いた。


「これは?」

「これは、すばらしいお宝ですます。ユノハマハヅキ君には、大変に喜んで貰えるものと思うます」

 そう言って、中を確かめろと言うような手つきをした。


 彼はおそるおそる包みに触れた。

 本当は、さっきから気になっていたのだ。なぜならば、その包み紙は、いつも通うアニメショップのものだったからだ。


 そっと包みを開け、そして彼は――困惑した。

 それは、ロボットの模型だった。

 それもひどく古い。格好も無骨、目立った傷こそ無いものの、彩色もすすけている。しかも、この素材は……ブリキか?


 どうしたものかと目を上げると、そこには期待をいっぱいに貯め込んだアメリカ人の顔があった。

 しかしその顔は葉月の表情を見て、そして困惑が伝染するように曇り始めた。

「これは、すばらしいお宝なのです……ますが、違うですますか?」

「いやその、僕、こんなのは知らないし」


 実のところ、これは本当に大したお宝なのだ。

 何しろ日本アニメ最初期のヒット作であり、巨大ロボットアニメの魁ととも言われる古典的名作、そこに登場するロボットのブリキ模型だった。

 しかもおもちゃ屋の誤解から設定の間違いがあるという特殊な商品でもあった。


 とにかく時代が古く、その完動無傷品となれば希少価値も異様に高い。マニア垂涎、高額紙幣を一束積む必要があった代物だ。

 ただし、これを喜ぶ人間は数が限られている。


 これは、葉月がアニメオタクだとの情報を得た彼が、葉月行きつけのアニメショップに出かけ、『店で一番の高額商品』を買ってきた結果だった。

 彼には人員はないが、そこそこ以上の金だけはあった。


 それが失敗であることは彼にもすぐに分かった。

 理由は分からないが、葉月の心を動かすことは出来なかったのだ。

「そうですか、残念です。出直してくるます」

 アメリカ人はそれだけ言うと、素早く玄関を出て行った。

 その後にちんぴら男が素早くブリキ模型を取り上げ、彼とは別の方向に駈け出した。贈り物が無用になったので、猫ばばしたのだ。


「何だったのかなあ?」

 彼は再び二階に戻った。

 部屋ではシィカが緊張感を漂わせて待っていた。

「どうでしたか?」

「いや……なんて言うか……」


 彼から様子を聞かされた彼女も、やはりきょとんとした顔だった。

「まあ、とにかく暴力的に出てこないようだから、それだけ安心していいんじゃないかな」

 気休め半分な葉月の言葉に、シィカは曖昧に頷くだけだった。葉月は一時停止していたアニメを再開させた。


 そして次のアニメはどれにしようかと考え始めた頃、またも妹が声をかけてきた。

「今度は誰だよ?」

「さっきの政府の女の人」

 葉月はまた階段を下りる。今回は恐怖は少ない。だが、警戒だけはしておかないと。


 玄関には確かに礼宮がいた。

 ただし今度は彼女ももう一人、サラリーマン風の中年男を連れてきていた。

 その男も包み紙を持っていた。ただし、一抱えもある大きなものだ。


「葉月君、また来たわよ。今度はプレゼントがあるの」

 若い男が玄関に包み紙を置いた。その輪郭と大きさに、葉月は見覚えがあった。

 まさか、まさか……


 中年男が礼宮に指示されて、その荷物を玄関に下ろした。

 葉月の目は、それに釘づけだ。

 彼は知らぬ間に言葉を零していた。

「開けていいですか?」

 礼宮は婉然とした笑みを浮かべた。

「もちろんよ」


 彼は震える手で包みを剥がし始めた。

 包み紙を取り去るに連れ、予想は確信に、そしてとんでもない期待にと膨らんでいった。

 そして、それがついに全身を現した時、彼は放心状態で玄関に座り込んでいた。


 信じられない。夢のようだった。

 それは例の魔法少女の三分の一モデル、絶対に手にはいるはずのない、神の手になる夢のフィギュアだったのだ。


 葉月は感動のあまり、息をするのも忘れていた。

 すばらしいものだった。生きているかのような躍動感、魔法少女の命がけの決意がそのまま伝わってくるような緊張感。


 店の陳列棚にあって光り輝いていた魅力は、自宅の玄関にあっても寸分も失われない。

 それどころか、いよいよ身近にあって、もはや魔力と言っていいものを放っている。普段見慣れた玄関が、特別な展示室に見えるほど。


 そんな風にフィギュアに目を吸い寄せられ、もう辺りのことに目を向けられなくなっている葉月を、礼宮は冷ややかに見下ろしていた。

 この結果の差、アメリカ情報局との違いは、情報の量と密度、それにオタクへの理解度の違いだった。

 礼宮は葉月がアニメオタクであることだけでなく、行きつけのショップで特定のフィギュアに執着していたこと、あの日の前日も別のアニメショップでさらに高級品を前に立ち往生していたことまで知ることが出来た。


 そうなれば、何を持って行けば効果があるかはすぐ分かる。そして、彼女も人員はないが金はあったのだ。

「気に入って貰えたようね」

 彼女はほくそ笑むようにしてそう言った。葉月は半ばそれを聞き流し、それでも頷いていた。


 それを見て、礼宮は笑みを深くする。

「じゃあ、教えてね。あの子、異界人なのよね?」

 彼は惚けたままで頷いた。

「そう、じゃあ、私にまかせてくれるわね?」

 彼はやはり頷いた。


 彼女は背後の男に向かって目で合図を送った。

「ありがとう。じゃあ、上がらせて貰うわね」

 礼宮と男は玄関に上がり込み、階段を二階に向かった。そしてすぐに降りてきた時には、二人は間にシィカを挟んでいたのだ。


「葉月君、ご協力ありがとう。せっかくのフィギュアだから、大事にしてね」

 礼宮は靴を履きながらそう言った。そこにはかすかに嘲笑の響きがあった。


 それでようやく葉月は気が付いた。

 自分は、たった今、いったい何をしていた?

 慌てて顔を上げると、そこにはシィカの顔があった。彼女は二人に挟まれたまま、首だけを回して葉月を見ていた。呆然としたまま顔を上げた葉月と、彼女の目が合った。


 彼女は笑っていた。

 それは自嘲ややけっぱちではなく、柔らかな笑み。まるで葉月に感謝し、労るようでさえあった。

 彼女はでもすぐに顔を前に戻し、それからは彼の方を振り返ることもなく、後ろから男に追われるように玄関を出て行った。


「あ……、え……」

 葉月は口から何か出そうで、でも何も出なくて、戸惑うしかなかった。

 ただ、自分の中で何か大きな間違いが起きた、それだけは分かった。


 玄関の外で車のドアの開閉音、それにエンジンの音が聞こえ、すぐに遠ざかっていった。


 その時だった。横から睦月が出てきたのだ。

「お兄ちゃん、今の人達、シィカさん連れて行っちゃったの?」

「あ……あ、うん」


 彼女は兄の姿とその目の前のフィギュアを見て全てを察したようだった。

「だってお兄ちゃん、今日はずっと断ってたんでしょ? どうして、まさか、そのお人形で?」

「いやその、それはね……」

 言いつくろおうとする葉月だが、やらかした、という思いはどんどん大きく膨らんでくる。前回のフィギュアの失敗より、もっと遙かに大きな失態だ。


 そして睦月は、もはや軽蔑を隠そうとしなくなった。

「嘘でしょ? 馬鹿じゃない? お兄ちゃん、シィカさん、好きだったんじゃないの? 守ろうとしてたんじゃないの? それをたかがお人形で見捨てたわけ? あっきれた! ちょっと格好いいとか言って、私馬鹿みたい! こんな兄、て言うか、兄メなんて、もう最低よ! クズでしょ? 根っから腐ってるの? どうにかならないの? 何とかしたいと思わないの?」


 ひどい罵声だった。

 だが、どうやらそれが、ようやく葉月の背中を押したようだ。彼は足に力が入ってくるのを覚え、そして立ち上がった。


「うん、そうだね。このままだと馬鹿でクズだ。これ、返してくる」

 彼はそう言うと、それでも大事そうに人形を抱え上げた。

 玄関で自転車の前籠にそれを入れ、はみ出しながらも何とか乗っかる形に落ち着かせると、自転車に跨った。


 向こうは自動車だ。普通なら追いつくわけはない。

 それでも町中なら何とかなる可能性はある。今はそれに賭けるしかないのだ。


 そんな葉月を玄関から首を出した睦月が見つめていた。

 彼女は兄の表情が変わったのを、確かに見た。それは午前中より、もう少し格好良かった。

 兄は自転車のペダルを必死で踏んでいる。自転車は最初はよたよたと、だがすぐに見たことのない速さで走り始めた。


「あの兄め、意外に凄いかも知れない……」

 遠ざかる自転車を見つめて、思わず彼女は呟いていた。

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