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ファーストコンタクト・ダブル

 葉月はシィに支えられるようにしてお化け屋敷を出てきた。


「大丈夫ですか?」

「そう言うシィた……シィカさんはどうして大丈夫なの?」

「だって、突然出てくるのは驚きますけど、出てきたのが何だか分からなくて……」


 つまり、脅かされるともちろんびっくりする。

 だが、たとえば幽霊の白装束やゾンビの青黒い顔を見ても、その背後にあるストーリーを知らないわけで、見た目の奇妙さはわかるが、それ以上の恐怖は感じないのだ。

 対する葉月は元々意気地がない。それでも女の子連れということで気合いを入れてはみたが、最初に脅かされてそれも吹っ飛び、あとは悲鳴をあげっぱなしだった。


「例えば身体中に布を巻いた人がいましたよね? あれはどうして怖いのでしょうか?」

 葉月は息を整えながら、幽霊やゾンビ、ミイラ男等について解説する羽目になった。


 その時、二人の前に一人の男が現れた。

 グレーのスーツ、中肉中背、褐色の短髪、だがその顔立ちは明らかに白人系だ。

 その男は何かを探すように辺りをうろうろ見回し、そしてふと気が付いたように葉月達に目を留めた。


 彼はやや早足にやってきた。

 葉月が戸惑っていると、彼は親しみを感じさせる様子で片手をあげた。

 葉月は嫌な予感に眉を寄せる。この男はどう見ても日本人じゃない。だが、自分に話しかけようとしているようだ。


 理由はいくつも考えられる。一番ありがちなのは道案内。でも、外国人だろ?

 葉月はもちろん英語の成績がよくなく、英会話は自信も経験もない。シィカの前で無様な姿をさらすのは、やっぱり嫌だ。


 だが男は人の良さそうな笑みを浮かべ、話しかけてきた。

「ああ、そーりぃ」

 葉月は慌てて用意していた文言を口にする。

「あいきゃんのっと、すぴーくいんぐりっしゅ!」

 しかし男はそれを聞いても顔色も変えず、すぐに言い直す。

「はい、すみませんです。案内所はどっちにあるですか?」


 一部は片言ながら、聞き取りやすい日本語だった。一気に気が抜けた葉月は、むしろおたおたしながら返事を捻り出す。

「案内所……だったら、えっと、その、あっちの方だと……」

 葉月は戸惑いながらもそれと思われる方向を指さした。男はその指の方向を見て、それから首を振った。


「申し訳ないのますが、それが見えるところまで、私を誘導して欲しいのです」

「あっと、うん」

 葉月はシィカの顔を見て、それから頷いた。彼女を連れている以上、あまり人と話をするのはまずいが、それくらいなら問題ないだろう。


「こっちだよ」

「ありがとうですます。私、ジョー・マクミランといいますです。あなたは?」

「ああ、えっと、湯野浜葉月だけど」

「オオ、難しい名前ね。それで、そちらのレディは?」

「えっと、シィカさん」

「オオ、それで、お二人はどんな関係ですますか?」

「いや、別に……」


 葉月はにわかに不安を覚えた。

 この外国人、何者かは分からないが、シィカのことを調べようとしているのか?

 その時ちょうど案内所の屋根がちらりと見えた。葉月は急いでそれを指さした。

「あそこ、あそこが案内所です」


 それでも男が何か言ってくるかと心配した葉月だったが、彼はそれ以上の追求をしようとはしなかった。ごくあっさりと笑顔で頷いた。

「ああ、あれです。ゆのはままはづきさん、感謝しますです」


 彼はそう言って右手を差し出してきた。握手をしようというようだ。

 葉月はおそるおそる手を伸ばした。男はその手を素早く取り、軽く握ってすぐに離した。


 そして彼は、シィカに向けても手を伸ばした。

「シィカさんも、ありがとうですます」

 彼女も葉月に習って手を伸ばし、男と握手した。

 その瞬間、男のポケットでアラームのような音が鳴り始めた。シィカが慌てて手を引っ込めると。男は両手を小さく広げた。


「オー、ソーリィ!」

 彼は芝居がかった様子でポケットから携帯らしいものをとりだし、ボタンを押した。途端にアラームが止まる。呼び出し音だったらしい。

「ソーリィ、ゆのはまはづきさん、シィカさん、ありがとうですます!」

 彼はそう言って手を振り、携帯を耳に当てて案内所に向かって立ち去った。


「何だったのかな?」

「さあ?」

 彼女も不思議そうな顔だ。

「シィカさんは、あんな人に思い当たることはある?」


 葉月の言葉に、彼女は首をかしげ、考え考え言った。

「もちろん、あの人は知らないです。ただ、ここはまだ正式に関係を持っていない世界です。そんな世界では、来訪者に警戒して、捕まえて取り調べようとする例はよくあるらしいんです。それだけは十分注意するように言われてきました」


「そうなんだ。じゃあ、いよいよ気を付けないとね」

「お願いします」

 そう言いながら二人はさっきの場所に戻ることにした。次に質問された時はどう答えるかなど相談した。もちろん、それを物陰からあの男が見ているのには気付いていない。


 マクミランは手の中の機器を見直した。

 今までとは遙かにレベルの異なる数値。明らかに、あの少女が異界人だ。初めて発見した問題物件。


 だがことは慎重を要する。

 何しろここは国外。無理は利かない。この国の人間を相手に問題を起こすのはまずい。

 それにさっきの女、彼女もシィカに目をつけていた。

 多分日本の政府筋、多分こちらと同様な組織の人間だ。とすれば、彼女に目の前で攫われる恐れがある。その前にこちらが動かねばならない。


 彼女の側の少年は、彼女を守ろうとしていた。

 まずは彼を排除する必要がある。そのためには彼の情報が必要だ。

 彼は今度こそ携帯で連絡を付けた。相手は日本における情報局の出先だ。


『協力要請だ、班長権限で、人員派遣を、そう、五人ばかり回してくれ。急いでるから、今日中だ。なに、何班だって? それは、その、特殊捜査課第四存在情報班だ。――何がおかしい? なに、忙しい? だから班長権限で、何人でもいいから――待てよ、じゃあ、せめて情報だけでも、そう、それくらいはいいだろうが!』


 ようやく情報提供を取り付け、彼はため息をついた。

 人員の配置は班の名を聞いて断られた。

 分かってはいた。何しろ班長とは名ばかり、位だけはあるが他に班員はいないし、業務内容もあれだし。公然とからかわれたり罵られたりしたことすら、数え切れない。


 だからこそ、今度の少女は見逃せない。

 今まで馬鹿にしてきた奴らに目にもの見せてやる。そうすれば、帰りの飛行機はビジネスクラスにはなるだろう。いや、本物ならチャーター機を用意してくれるかも知れない。

 彼は密かに二人を尾行し始めた。


 礼宮はそんなやり取りを、これも密かに見守っていた。

 あの男に面識はないが、明らかにアメリカの諜報機関だ。

 自分と同じような調査班が存在することだけは聞き知っている。そのメンバーと見て、まずは間違いない。


「まずいわね。アメリカに攫われたんじゃ、こっちの立つ瀬もない。でも、どうやらあの子、本物みたいね」

 アメリカと日本は同盟国だが、この問題で協調路線をとっているわけではない。いや、そんな問題が国際間で論じられるはずはないのだが。

 だが少なくとも向こうの政府が口を出して来るようなことはないはずだ。


 とにかく彼女としては自分の手であの少女を確保したい。

 幸いに向こうは外国、政府に繋がっている分、アドバンテージを持っているのはこちらだ。

 しかし日本は法治国家。

 側に国民が付いている限り、彼女を自由に出来ない。つまり、あの少年を懐柔する必要がある。


「とにかく挨拶はしておかないとね」

 彼女はゆっくりと二人を追った。


 時間はもう少しで夕方。

 家に帰る時間を考えれば、そろそろここを離れるべきだ。とはいえ最後はやはり観覧車だろう。


「じゃあ、あれを最後に」

 葉月がシィにそう言いかけていた時だった。

「こんにちは」

 目の前に、黒のスーツを身につけた、綺麗な女性が立っていた。


 きりりとした美形に、背中に流れる真っ黒な髪。いかにも和風の美人だった。

 ただし、その目つきが鋭くて、葉月にはそれが不安だ。


 それに何より、知らない女性が自分に話しかけてきたことが心配だ。

 さっきの白人のこともあるし、たった今シィカから不安なことを聞かされたばかりだから、なおさらだ。

 だから葉月はシィカを背中に隠すようにして、彼女の前に立っていた。

 だが、何を言えばいいか分からず、ただ黙っていた。


 するとそんな警戒が伝わったのか、彼女は柔らかな笑みを浮かべた。

「心配しなくていいわ。私は政府関係者。組織の名前は言えないけれど、日本政府のとある部署にいるの。私の名前は礼宮かがり。あなたは?」


 彼女の目は、はっきりと葉月に向かっている。元々女性に免疫のない葉月は、全身から汗が出てきた。

「え、えっと、湯野浜葉月、です」

「そう、湯野浜君ね、高校生?」

 彼はあっさりと高校名やら住所やらを口にしていた。礼宮はそれを当たり前のように聴き取り、それから彼の方を見たまま続けた。


「そう、ありがとう。それで、そちらの彼女は?」

「え、えっと、シィカさん。僕の遠い親戚なんだ」

 隣でシィカも頷く。それがさっき相談した結果だ。

 あまり上手い言い訳ではないが、すぐに思いつくのはそれくらいだった。


 だが礼宮という女は、それをあっさりと聞き流した。

「葉月君、その子、どこから来たの?」

「いや、それは、その……」

 そこまで打ち合わせてはおらず、すぐに思いつくほどの機転もない。ただおろおろするだけの彼に、目の前の女はますます意味ありげに微笑む。


「言ってくれない? その子、どこかとんでもないところから来たんじゃない?」

 葉月は全身の血が下がるのを覚えた。膝ががくがく震える。


「いいかしら? 私の家は古来から伝わる陰陽師の家系なの。昔からの不思議なお話がたくさん伝わってるわ。そこには異界からの来訪者の話もあるの。悪い奴らばかりじゃないけれど、大きな問題が起きた話もあるのよ。私はそれを防ぎたいの。だからまず、彼女を調べさせて。それだけなの」


 葉月はその言葉に頷きそうになった。

 何しろ相手は政府の人間だ。善良な市民としては協力すべきだろう。

 それに、調べるだけだと言っているのだし。


 その時、背後でシィカが息を飲むのが聞こえた。

 その途端、彼は何とかしなければ、そう思った。

 さっき彼女は『調べようとするものがいるかも知れない。それは避けたい』そう言ったではないか。

 ならば、葉月は彼女を守るべきだ。


 すると腹の中に小さな炎がともった気がした。

 それが、葉月が自分の中には全くないと思っていたもの、いわゆる勇気のような何かだった。


 彼は歯を食いしばった。

 まだ膝は笑っているが、口元にだけは力を入れた。

「シィカさんは、僕の親戚です」

 ようやく言葉になった、そんな声だったが、でもはっきり言えた。


 礼宮という女は、それでも何度か言葉を換えて聞いてきたが、葉月は説明を変えなかった。

 礼宮はため息をついた。

 葉月は、彼女が諦めたのかと密かに期待した。


 だがそうではなかった。彼女は更に宛然とした笑みを作ったのだ。

「それじゃ、いいことを教えてあげるわ」

 彼女は半歩前に出た。

 葉月は思わず後ずさりしたが、彼女はそれで足を止めた。互いの距離がほんの少しだけ縮まった。


「さっきあなた達に声をかけた白人がいたわよね? あれは多分、アメリカ政府の関係者ね。おそらく私と同じような狙いを持っているはずよ」

 葉月は後ろでシィカが息を飲むのを聞いた。彼自身も、心臓が大きく撥ねたのが分かる。その可能性を考えてはいたのだが、改めて聞かされると不安が募る。


「でもね、私の情報では、そんな機関は日本国内には入っていないの。だから、彼らはその子をアメリカ本土に連れて行こうと考えるはずよ」


「え」

 思わず声を漏らしたのは、葉月。

 彼の頭の中には、このことが国外と関係を持ってくることなど想像すらしていなかったのだ。だが、彼女の言うのを聞けばもっともにも聞こえる。


 そんな途方もない話に目を丸くする葉月を見て、礼宮という女は表情を改めた。その顔から笑みを消したのだ。

「君にはまだ分からないようだけど、はっきり言って君たち、とっても危険な立場にいるのよ」


 彼女は自分の言葉が葉月に浸透したかどうかを見極めるようにじっと見つめてくる。

 彼は息が止まりそうな緊張を覚えた。額から脂汗がだらだらと出始めている。


「いい? アメリカは必要とあれば荒事に出るわよ。過去にも外国政府の要人を暗殺するくらいは朝飯前でやって来ている国なの。それに日本とアメリカの力関係からすれば、あなたどころかあなたの家族ごと消し去っても、揉み消すくらいは簡単なことなの。それでもいいの?」

 葉月は悲鳴を上げそうになった。

 体中にふるえが来る。膝が笑い出す。


 礼宮は自分の言葉の効果を見届けた。

 だから、仕上げにかかる。

「大丈夫、日本政府だって無抵抗じゃないわ。あらかじめ分かっていれば対抗策も出来るし、政府間の交渉も可能よ。私にその子を預けてくれれば、あなた達には何の被害も及ばない上に、その子の安全も保証するわ。どう、その方がずっといいと思わない?」


 葉月は彼女の太鼓判に胸が熱くなった。

 そうだ、政府筋と言うことは、それだけ安心なのだ。彼女を守るためにもそうした方がいい。


 彼は迷いながら後ろを振り返った。

 そこにあったのは恐怖に引きつった顔で彼を見つめ返す綺麗な顔だった。

 それを見て、彼は胸の奥に小さな炎を見つけ直した。


 彼は正面に向き直り、何度か深呼吸をした。それでも震えは止まらなかったが、声だけは出せた。

「シィカさんは、ぼ、ぼぼ、僕の親戚、です……」

 さすがに最後の声は絞り出した息の中にかすれて消えた。


 それでも彼女には届いた。

 礼宮としては取って置きの脅しだったのだが、彼は耐えきったようだ。


 実際の所、礼宮もアメリカがそんな挙に出るとは思っていない。

 本当に必要と考えるならそれくらい実行する国ではある。だがこの件では、アメリカ政府自体が本気で信じてさえいない。

 とすれば、末端で出来ることは限られる。


 ならば、あまり脅しつけ、怯えさせても仕方がない。

 むしろ、今後に交渉を続けることを考えれば、安心させておいた方がいい。

「そう、残念ね。ま、そんなに心配しなくてもいいわ。この件はそこまで国益に直結してないから。もしそうなら今頃とっくに拉致されてるからね」


 それで葉月の顔色が多少回復したのを見て、彼女は笑みを浮かべた。

 安心させるのはここまでで十分だ。実際、そこまで安心できる状況でもない。


「でもね、湯野浜君。危険なのは本当よ。彼ら、今日あなた達を発見したみたいなの。つまり、危険が迫るとしたらこれからね。拉致を狙ってくる可能性は少なくないのよ。私に預けた方が、絶対に安全よ。もう一度考えては見ない?」


 それでも葉月は黙って首を振った。

 彼女もシィカを狙っているのだとすれば、彼女の言葉も信頼できない。

 何よりシィカ自身が調査の手を嫌っているのは間違いない。ここで一番大事なのは彼女の意志だ。一度最悪の恐怖を味合わされて、彼も少しだけ覚悟がついたのだ。


 礼宮はそれも予想の内だ。

 今は引くしかない。明日になれば新たな手段も執れる。

「そう。じゃ、仕方ないわね。また会いましょう」

 そして、彼女は振り返ることもなく立ち去った。


 礼宮は彼らから姿が見えない場所に移動すると、急いで携帯電話を取り出した。連絡先は、もちろん所属の事務局だ。

「緊急なの。情報をお願い」

 葉月の名と所属を聞いただけの範囲で伝える。


「重要な案件だから、大至急お願い。明日までに何とかして。それと、人員が欲しいの。明日、そうね、五人くらい廻して。何があったかって? 当然でしょ、異次元人が出現……冗談じゃないってば、今度こそ本当なの! 絶対よ、何しろアメリカの情報部も手を伸ばしてるんで……笑い事じゃないの! 本当なの! 忙しいって、そんなの分かってるわよ! でも、こっちだって大事件だから!」


 礼宮は一度受話器から顔を離し、大きく息をついた。

「お願い、どうしてもよ、ねえ、分かるでしょ、こっちは女一人なの、だから、お・ね・が・い。そう、そうよ。え? 一人ならって? もう、分かったわよ。それでもいいわ。その代わり、情報くらいはお願いよ。出来るだけ詳しく、ここ二-三日の動向くらいはすぐよね? ね? ね? そう、お願い、お願いだから!」


 礼宮を見送った葉月は後ろを向いた。そこには硬い表情のシィカがいた。

「大丈夫?」

 すると彼女はようやく肩から力が抜けた、という風にため息をついた。

「ハヅキさん、ありがとうございます。助けてくれたんですよね」

「いや、そんなのは……とにかく帰ろうよ」


 こうなったら観覧車などに関わっている余裕はない。

 二人は出来るだけ急いで、寄り道もせずに家に家に戻った。幸い、他に妨害はなかった。


 その夜も、就寝前に彼女は部屋に来た。

「今日はびっくりしたね」

「ええ、二組も私を調べに来るなんて、想像もしませんでした」


 彼女によると、このような可能性について知らされてはいたが、そうそうあることではないとも聞かされたそうだ。

 もしかすると、この世界は猜疑心が強い方なのかも知れない。葉月はふとそう思った。


「それで、明日なんですけど」

「ああ、ああそうだね」

 彼女はもちろん明日も見学がしたいだろう。元々それが目的だったのだ。

 だが、あんな連中に目を付けられたとなると、注意しなければならない。

 あの礼宮という女はアメリカの組織は誘拐するようなことを言っていた。それはもちろん注意しなければならないが、あの女だって怪しいものだ。


 幾言か相談して、遠出をするのは避けることにした。

 何かあった時に自由がきかないからだ。家の回りだって見て回ることは出来る。彼女には珍しいものも沢山あるだろう。


 そんなことが決まった時だった。

 シィカがふと、表情を改めた。

「今日はハヅキさん、助けて貰いました。ありがとうございます」

 それは多分、礼宮とのやり取りのこと。だが、彼としてはかなり情けないことだ。足は震えていたし、ただ同じ言葉を繰り返しただけだし。


「でも、僕、弱っちいし、情けなかったし」

 すると、彼女は真顔で首を振った。

「そんなことないです。だって、私を見捨ててもハヅキさんには何の損もないんですよ。むしろあんな人達につけねらわれないだけ得ですから」


 そう言う彼女の表情は真剣だ。

 その言葉に、葉月はまだ納得できない。そういう言い方もあるだろうが、やっぱりもっと前向きに彼女を守る方法があったのではないだろうか。それでこそ、勇敢と言えるのではないか。


 それに、もう一つ。

「第一、僕がもっとしっかり打ち消していたら、シィカさんのこともばれなかったんじゃないかな」

 礼宮がシィカのことを聞いた時、彼は思いきり動揺した。

 それを見れば彼女が訳ありであるのはすぐ分かったろう。言ってみれば、彼が教えたようなものだ。


 だが、シィカはやっぱり首を振った。

「それは、ハヅキさんが正直だ、ということだと思います」

 彼女はそう言って、真っ直ぐに彼を見つめた。

「だから私、ハヅキさんに会えてよかった。そう思います」

 その素直な言葉に、葉月は目を逸らすことしかできなかった。

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