月城香澄、クグリと対峙する
ロケットランチャーを放り出し客室へと飛び込んだクグリが立ち上がろうとしたその時、何かが部屋に飛び込んできた。それが自分の首を捉えようとしたのを払いのけ、跳ね起きる。
「へえ、やるじゃねえか」
そう呟いたクグリの前に立ちはだかっていたのは、#月城香澄__つきしろかすみ__#二等陸曹だった。その後ろには、フローリアM9の姿もあった。しかもフローリアM9が何かを踏み付けていた。非常停止信号を発するリモコンだった。ロケットの爆発でクグリが落としたものを踏み付けて破壊したのだ。これでもう停止させられることはない。
「…」
月城は一言も発することなく間合いを詰めた。拳を繰り出し、クグリがこれを受ける。月城も女性としてはかなり大柄な方だが、それより一回り大きなクグリに対しても決して打ち負けていなかった。
ヒュウッと、クグリが感心したように唇を鳴らす。
「てめぇ、本当に女かよ」
そう思うのも無理はない。月城は、女性でありながら戦術自衛軍主催の武術大会で、性別体重一切不問の無差別級で準優勝の経験も持つ格闘のエキスパートだったのだ。肥土の部隊でも、徒手空拳では誰も彼女には勝てない程であった。武術大会で準優勝に終わったのも、その前の試合で相手の頭が目に当たるという事故があり、一時的に視力が低下していたことで距離感がつかめなかったことが原因の一つだったくらいである。もっとも彼女自身は、相手の頭が当たってしまったこと自体が自らの未熟さだと考え、準優勝で終わったことは順当だと思っていたのだが。
そんな彼女の格闘術は、女性であることの不利を、体の使い方、関節の使い方、骨格の使い方によって徹底的に補うというものだった。その為、自分の倍近い体重の相手とでも打ち負けない威力を発揮出来るのだ。しかしそれは、彼女の類稀なる格闘センスがあってこそのものという一面もあり、教わって身に付くレベルのものではなかった。だからこれまでにも格闘に自信のある者と散々命のやり取りをしてきたクグリですら初めて当たるタイプの人間だった。
だが、クグリはそれでも楽しそうだった。久々に自分の肉体だけでここまでやり合える相手に出会えて楽しくてたまらないという顔をしていた。
「ははは! すげぇな!!」
そう言って笑う余裕すらあった。月城は自らの全力を一切手加減なしで叩き込んでいるというのに。打ち合った時の手応えは間違いなく生身の人間なのに、何故通じないのか? こいつは本当に人間なのか? という怖れが月城の頭をよぎった。その瞬間、クグリの体が凄まじい速さで半回転し、その勢いの全てが乗った掌打が、月城の脇腹を捉えた。それはまるで、体の中で爆弾でも爆発したのかと思うような衝撃だった。月城の体が爆風で飛ばされるかのように宙を舞い、客室の壁に叩き付けられた。肋骨が数本、間違いなく粉砕骨折した。床に落ちた月城が、呼吸もままならない状態で喘ぐ。
とどめを刺そうとするクグリの前に、フローリアM9が立ちはだかった。
部屋が狭すぎて加勢出来なかったが、今度は自分の番だとばかりにクグリに襲い掛かる。とは言え、クグリにとってはロボットなど物の数ではなかった。確かに力は強いし当たればその威力は人間の比ではない。しかし、ロボットは所詮ロボット。効率を最優先に決まった動きしか出来ない。そのパターンさえ分かっていれば、どうとでもなるのだ。だから、軍用の格闘術をベースにしたフローリアM9の攻撃では全く歯が立たなかった。ただし、それはあくまでクグリほどの身体能力がある人間での話だが。
だが、この時、クグリの前にいたフローリアM9はただのフローリアM9ではなかった。千堂アリシアと模擬戦闘を行い、千堂アリシアの技能をコピーしたフローリアM9であった。軍用の格闘術では通用しないと判断した彼女は、右半身を後ろに引いて両手を軽く握って胸の高さに挙げる構えから、左半身を後ろに引き、右手は開いて前に、左手は同じく開いて腰の高さに置く、千堂アリシアが見せた構えを取って立った。
「ほう…?」
それを見たクグリが感心したように声を上げた。初めて見る構えだったからだ。しかも、そこからどのような攻撃を繰り出してくるかが予測できなかったのだ。
「なら、お手並み拝見と行くか」
クグリの体が人間とは思えない速さで間合いを詰めた。そしてフローリアM9の体に触れそうになった瞬間、その勢いをそのまま活かし、クグリの体を部屋の外へと放り出していた。廊下に着地したクグリに対し、集結していた他の隊員達が一斉に射撃を開始した。
が、その瞬間、クグリが最初に出て来た部屋が爆発した。爆風と衝撃が廊下全体に奔り抜け、外側の壁まで破壊した。床も天井も抜け、第五デッキの天井さえ抜けて、展望デッキに避難していた乗客数人を吹き飛ばした。
それは、廣芝達だった。千堂の指示を受けて乗客達を落ち着かせる為、食事や飲料水を配るのを手伝っていた廣芝達が僅かに休憩を取る為に寛いでいたところだったのだ。
三人は、衝撃で倒れただけでそれほどの怪我ではなかった。だが、廣芝は倒れたまま動かなかった。
「廣芝! おい廣芝!!」
声を掛けるが、反応がない。そこへ、アリシア2234-MMNが駆け付けた。救急救命モードを起動し、すぐさま状態の確認を行う。
「廣芝さん! 廣芝さん!!」
アリシア2234-MMNの口を借りてはいるが、それは千堂アリシアの言葉だった。声を掛けながらバイタルサインを収集する。肉体的な破損はそれほどでもなかった。裂傷や打ち身はあるが、命にかかわる程のものではない。なのに、脈が取れなかった。心室細動だ。爆発の衝撃で、心臓の筋肉が痙攣を起こしてしまったのだ。
「心室細動検知! 除細動器を使用します!」
脇腹の専用ポケットから、除細動器の端子を取り出し、素早く準備をする。
「廣芝さん! こんなところで死んじゃダメです! 彼女にプレゼントをちゃんと手渡してください!!」
そう声を掛けながら電気ショック用のチャージを行う。
「電気ショックを行います、皆さん、離れてください!!」
周囲の人間が一歩下がるのを確認し、スイッチ。バンッと廣芝の体が跳ねる。だが脈が戻らない。
「再チャージ! 再度除細動を試みます! 廣芝さん!!」
再度の電気ショックで再び廣芝の体が跳ね、心臓が正常な鼓動を取り戻すのが確認出来た。
「除細動成功! 脈が戻りました! 念の為、事態が収束後、緊急入院を強く推奨します」
周囲の人間達が、「おーっ!」と声を上げる。アリシア2234-MMNの見事な救急対応に誰もが感嘆した。アリシア2234-MMNの主人は、テロリストへの対応に協力はしてくれなかった。けれど、たとえ協力してくれていたとしてもクグリが相手では無駄に破壊されていただけの可能性が高い。こうして敢えて残っていてくれたおかげで廣芝の命が救われたというのも事実だった。
しかし、廣芝が九死に一生を拾っているその一方では、肥土の部隊の隊員達が爆風や衝撃波の直撃を受け、多くが戦闘を続けられない状態に陥っていた。だが普通なら、こんなことをすればクグリ自身がただでは済まない。まともな神経をしていれば、自爆テロ犯でもない限りこんなことはしない。そしてクグリは自爆テロ犯ではないのだ。
なのに、こんなことをしながらも、クグリは平然としていた。床に倒れて呻いている隊員に対し自動小銃の銃口を向ける。その前に二機のメイトギアが飛び出し、銃弾を受け止めた。標準仕様だった為に見る間に蜂の巣になっていくが、その隙に別のメイトギアが隊員を抱きかかえその場から撤退した。他の隊員達も同様にメイトギアに支えられて撤退していく。その中には月城の姿もあった。
そこへ再び、CSK-305が銃撃を行う。にも拘らずクグリはまたもそれを躱し、別の客室へと逃れた。CSK-305が自分を狙っていることなど見えている筈がないのに、恐ろしいほどの危機察知能力であった。
それをメイトギア達のカメラで見た千堂アリシアが言った。
「私が、相手をします」




