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アリシア、暴走?する

「あの時、お前が何を見たのか、感じ取ったのか、説明出来るか?」


ドレスを直せるかどうか、JAPAN-2社の服飾部門の職人に相談することを約束した千堂は次に、アリシアが言っていたことを詳しく聞く為にそう問い掛けた。しかし、彼女は俯いて頭を振った。


「分かりません。うまく言葉では説明出来ません。私の語彙では表現出来ないものでした。ただ、ネットワーク上の言葉を借りるなら、『怪物』、もしくは『ゴースト』というものが当てはまる気はします。


ロボットである彼女の口から『怪物』や『ゴースト』という単語が出て来たことに、千堂も内心驚いていた。彼女は、正体不明であればあくまで『未確認の』とか『確認はとれませんが』といった表現を用いて説明するようにアルゴリズムが組まれている筈なのである。もしこれがフィクションの話をしているだけであれば、そこに出てくる怪物やゴーストをそう言うことはあっても、それはあくまでそういうキャラクターであると定義付けられているからそう称することが出来るのだ。しかし、本当に正体が分からないものを『怪物』や『ゴースト』などと称することは、本来なら有り得ないことだった。


だが彼女は、心を持ったロボットである。その彼女の心が、それをそう捉えたということであれば、納得のいく話とも言えた。


ロボットであるアリシアは、人間のように震えたりはしない。そういうことをする必要がないから、そんな機能もない。ただその時の彼女は、本当に人間の少女のように怯えた表情をしていた。得体の知れない怪物に怯える少女の顔だった。


「心配ない。私がついている。大丈夫だ」


千堂はいつも通りの、いつもと変わらない穏やかな声でそう言いながら、アリシアをそっと抱き締めた。守るように、包み込むように。それを感じながら、彼女は彼の胸に顔をうずめた。すると、あれほど自分のメインフレームに負荷を与えていた得体の知れない何かが、溶けるように消え失せていくのを感じたのだった。


アリシアは思った。この人は、本当にすごい人だ。人間なのに、ロボットよりももっとずっと強くて大きい人だと思った。いや、それは本来、当然のことなのか。ロボットにとって人間は、まさに造物主なのだ。人間の存在があってこそのロボットなのだ。ロボットが人間に勝てないのは、当然のことの筈なのだ。


確かに力でも早さでも、自分は千堂を遥かに上回っている。だが、そういうことではない。その存在そのものが、次元が違うと言うべきかも知れない。もっとも、相手が造物主ということなら、当たり前のことなのかもしれないが。


アリシアも、千堂の体に腕を回した。自分はロボットだけど、でもそうすることを彼は許してくれているということが彼女の誇りだった。人間と同じように彼を抱き締めることが許されているということが、自分が特別であるということの証明だと感じていた。


普通のロボットは、人間に抱き締められても抱き締め返したりはしない。そこには明確な壁があるからだ。人間とロボットの間にひかれた、一本の見えない線が。抱き締めろと命令されればそうすることは出来る。しかし逆を言えば、命令されなければ抱き締めることは出来ないのだ。だけど、それを超えることを、自分は許されている。千堂アリシアだけは、それを許されているのである。


「千堂様…」


出来ればこのまま、永遠に彼の腕の中に抱かれていたいとアリシアは思った。それが叶わない願いだと分かっていても、彼女は願わずにはいられなかった。


『千堂様…、千堂様…、愛しています…』


言葉にはしなかったが、彼女は心の中で何度も何度もそう言った。心を持つ彼女だからこそそれが出来た。きっと、自分が人間だったなら、このまま彼のものに、心も体も彼のものになりたいと願っただろう。愛錬あいれんのようなラブドールだったら、自分が彼を押し倒してでもすべてを受け止めようとしただろう。だけど彼女にはそういう機能はない。そういう機能がないのだから、自分はただこうして抱き合っていられれば十分だった。十分だと自分に言い聞かせた。


千堂は、いつだって自分を包み込んでくれる。自分を受け止めてくれる。けれどそれは、どこか父親として娘を受け止めているのと同じようなものだということを、アリシアは感じていた。自分が人間の女性として彼を受け止めることが出来ない以上、それは仕方のないことだ。分かってはいるけれど、でもどこか寂しいような、満たされないような部分をどうしても感じてしまうのも事実だった。


でも、でも、それでも自分はこの人を愛したい。自分に出来ることの全てで、この人を愛し続けたい。だから私はこの人を守る。守ってみせる。命令なんかいらない。私自身が、この人を守りたいと思っているのだから。


そう思った時、アリシアの中から、どこかよく分からないけれど深いどこかから、大きな、そして強い、うまく説明出来ない塊のようなものが湧き上がってるのを感じたのだった。それが、あの『怪物』というか『ゴースト』というかから感じた得体の知れないものを押しのけていくのが分かった。千堂を守る為なら、相手が怪物だろうがゴーストだろうが関係ない。彼を傷付けようとするものに自分は決して負けない。そう強く、強く、思えたのであった。


そして思わず顔を上げ、彼の承諾を求めることもないままに、彼の唇に自分の唇を重ねていた。いや、彼女自身が、自分が何をやっているのか分かっていなかったのかも知れない。本当に思わず、無意識のままに、自分の心が求めるままに、そうしてしまっていたのだ。


千堂は拒まなかった。拒みはしなかったが、しかし千堂から口づけを返すことはなかった。ただ彼女のそれを受け止めるだけだった。


ハッと我に返ったアリシアが体を離して深く深く頭を下げた。


「申し訳ございません!、私…、私…!」


主人の承諾も得ずその唇を奪うなど、ロボットとしては有り得ない行為だった。許されない行為だった。ここにもしアリシア2305-HHSがいたら、また暴走していると叱責されたかもしれない暴挙であった。


だが、千堂は言った。やはりいつもと変わらない穏やかな彼の言葉だった。


「今のは、私の方に隙があった所為だ。お前は悪くない。お前に心がある以上、こういうことも有り得ると私も分かっていた筈なんだが、つい油断してしまったよ」


その言葉に、またしても彼女のメインフレームは大きく揺さぶられた。なのにそれは決して不快なものではなかった。


「千堂様ぁ…」


そう言った彼女の顔は、父親に甘える幼い娘のそれだった。それを見た千堂はやはり目を細めていた。千堂は思う。


『まだまだ、レディには程遠いかな』


確かに淑女レディと言うには今のアリシアは幼過ぎる。しかしそれは仕方のないことだ。彼女はまだ、心を持って、生まれて一年も経っていない、あどけない子供なのだから。


それに、もし、千堂が女性として彼女を愛そうとすれば、彼女はきっと、自分が人間ではないことをより強く思い知らされることになるだろう。人間の女性のように千堂に愛してもらえないことを、思い知らされることになるだろう。どんなに望んでも叶えられることのない、超えることの出来ない壁を改めて感じることになるだろう。彼女は機械であり、ロボットなのだから。


千堂自身の気持ちとしては、そういうものが常に頭の隅にあった。だからこそ、父と娘のような距離感こそが、関係性こそが、彼女にとっても最も心地良いものであるかもしれないと、考えていたのだった。


千堂にとっても彼女はもう、かけがえのない存在だ。決して喪いたくない大切な家族だ。彼の両親は、彼が大学の時に、宇宙船の事故に巻き込まれ消息不明となった。遺体は見付かっていない。百名を超える行方不明者の中に、千堂の両親もいた。だからもう、彼にとってもアリシアは唯一の家族なのだ。


この世でたった一人、他に仲間と呼べるものがいないロボット、千堂アリシアと、天涯孤独となった千堂京一は、こうして再び、お互いの存在を確かめ合うことが出来たのであった。


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