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千堂京一、アリシアに支えられる

「いや、まったく、君のアリシアには本当に驚かされる」


テストルームに併設された、メイトギア、レイバーギア用の洗浄機でペイントを洗い落とし、千堂から貰ったピアスを改めて付けて戻ってきたアリシアに向かってアレキサンドロが感嘆の声を上げた。その隣には、同じように洗浄を終えたフローリアM9が控えていた。ロボットだから模擬戦闘で負けたことについて悔しがったりは本来しないが、やや強い視線でアリシアを見詰めるその姿が悔しくて睨んでいるように見えるのは、人間がそう解釈してしまうからだろう。だからアレキサンドロも、


「君のアリシアの戦闘が見事過ぎて、私のフローリアM9もすごく悔しそうだ。いったい、どういうカスタマイズを行ったのかね?」


などと言ってしまうのだ。それに対して千堂はあくまで冷静に応えた。


「意図的に何かカスタマイズをした訳ではないよ。彼女の学習機能の賜物だろう。これまでにも何度か厳しい戦闘を経験したことで得られたものなのだと思う」


そんな千堂に対し、アレキサンドロは遠慮がなかった。


「そうか、では、そのデータを私のフローリアM9にコピーさせてはもらえないだろうか?。以前のマッサージのテクニックのように」


さすがに不躾なお願いではあったが、それでも千堂は快く応じた。アリシアに視線を送った時に、彼女が頷いたからだ。人間を守る為に自分が役に立つのなら、自分が持っているものが役に立つのなら、彼女はそれを出し惜しみするつもりはなかったのである。


ただし、彼女のデータをコピーしたフローリアM9がアリシアと全く同じことが出来るかと言えば、それは甚だ疑問だった。戦闘モードの時は彼女の<心>も大きく抑制されているが、しかし完全に影響が無くなっている訳ではない。戦闘中の微妙な判断に彼女の心が影響を与えている可能性は十分にあった。さっきの模擬戦闘の結果は、千堂アリシアだからこそのものと言えた。だからフローリアM9が同じことをするかどうかは、全く分からないのである。それでも一応は、格闘戦の際の動きを再現することは可能だろうが。


機体各部の最終チェックを行いながらデータのコピーも行い、この日のオフは終了した。到底オフとは言えない半日だったが、千堂にとってはいつものことだった。


その後はまた政界、財界のお歴々との会合が目白押しである。特に今日から数日間は、ネオアフリカ経済圏「GLAN-AFRICA」の統治機構の有力者との会談が控えている。その為これからニューカイロの方へ移動となる。移動時間はほんの数時間だが、いろいろ手間も増える。今回の出張も残り一週間、いよいよ山場ということだ。今回の千堂らによる下準備が、JAPAN-2社の今後にも影響する。ますます気を抜けなくなるのだった。


アレキサンドロのリムジンに乗り、千堂一行は空港へと向かった。その道中、千堂はちょっとした変化に気が付いた。町中に時折立っている警備用のロボットに変化が見られたのだ。するとアリシアも彼に話しかけた。


「千堂様。警備のロボットが増えていますね。機種も変わってます」


彼女の言う通りだった。千堂もそれに気が付いた。数だけではなく、レイバーギアの機種も変わっていた。それまでは比較的安価で普及しているA&Tカイゼル社のレイバーギア<ガルーダK7>だったものが、その上位互換機の<バハムートT5>へと切り替わっていたのである。ロボットに詳しくない者だとその違いにも気付かないかも知れないが、ガルーダK7とバハムートT5とでは全くカテゴリーが違うと言ってもいいほどに性能差がある機体だった。ガルーダK7を民間の警備員のようなものとするなら、バハムートT5は選りすぐりの軍人のようなものと言えた。


もし、これより高い戦闘力を求めるなら、それこそ本当に、軍専用の人型戦車とも称されるランドギアさえ選択肢に入れることになる。それだけにコストも跳ね上がった筈だが、ニューヨハネスブルグの治安当局の危機感がそこから垣間見えるとも言えるだろう。


軍用レイバーギアとしても主力級のバハムートT5を街中の警備に用いるとは、戦術自衛軍の肥土達がニューヨハネスブルグに来ていたこととも関係あるのかもしれない。


千堂はそれを見て、正直あまり芳しい状況とは言えない気がした。彼がアリシアと共に命の危険に晒されたあの時のことを連想してしまったからだ。さすがにこの市街地で三十ミリを無差別に撃つような事態になるとまでは思えないが、決して小さくない戦闘が起こる可能性が十分にあると思わされてしまうのだった。


そして空港に着くと、そこはさらに警備が厳重だった。警備用のバハムートT5だけでなく、銃を構えた人間の軍人が警備をしていた。見れば案内用のメイトギアまで変わっている。一見すると標準仕様にも見えるが、以前置かれていたのは、<バネッサNN>という中華経済圏で製造されている要人警護仕様が無い廉価版のメイトギアだった。それが、要人警護仕様もあるフローリアM9にわざわざ変更されているのは、恐らくそういうことに違いない。戒厳令が出されていないのが不思議なほどの物々しさだった。


それほどまでの警備のおかげか、特に問題もなく飛び立てた千堂達だったが、ジェットの中にさえ、アレキサンドロのそれとは別のフローリアM9が二機、配備されていた。


廣芝達がさすがにその雰囲気に呑まれている様子を見て、アレキサンドロが口を開いた。


「我々は三度の大戦で非常に大きな教訓を得たのだ。備えるべき時は徹底して備える。でなければ大切なものを守ることすら適わない。私達は、私達を脅かそうとするものとは徹底的に戦う。君達もそうだろう?」


アレキサンドロの言葉に、千堂も頷くしかなかった。第三次火星戦争があった頃にはまだ生まれていなかったし、そもそも地球生まれの千堂は、紛争はともかく大規模な戦争というものは経験がない。しかし、三度の大戦で都市<JAPAN-2>が擁する戦術自衛軍がその中でどれほど大きな役割を果たし、火星はおろか地球にまでその優秀さ、勇猛さがどう伝わってきたかということは知っている。当時の戦術自衛軍の兵士は、ミラクルファイターとまで称されたそうだ。


とは言え、地球生まれの千堂としては、それはあまり誇らしい気分にはなれない事実でもあった。火星の戦争は、地球のそれぞれの国家の利権争いの代理戦争という側面もあったからだ。その一方で地球では、もう数百年にわたって紛争すら起こっていない。地球での揉め事を火星での戦争によって解決しようとしたのだ。『地球の汚物を火星に捨てた』とさえ揶揄されるそのやり方を、千堂は決して快く思っていなかった。


しかし、そもそも交渉する気もない、それどころか武力を使うことそのものを目的にしている連中相手に話し合いが通用しないことも分かっている。だからこそ、そういう連中を生み出さないようにすることが千堂の目的の一つではあるが、現実はまだそこまでは至っていない。その事実を思い知らされる気分だった。


廣芝らから見れば超人のごとき千堂も、やはり一人の生身の人間だ。そういう現実を突きつけられれば気持ちも沈む。だがそんな時、彼を真っ直ぐに見詰め、彼を信頼しきっているアリシアを見ると、自分を奮い立たせることが出来るのだった。この、世界に唯一の存在であり、他には本当の仲間と呼べる者がいない彼女が受け入れられる世界を作ってやりたい。その為に自分は落ち込んでなどいられないのだ。


アリシアは、自分が千堂に守られてばかりだと気にしているが、実際には千堂とて、今ではアリシアの存在が心の支えになっているのである。アリシアと千堂は、既に互いに支え合う存在になっているのである。だからこそ二人は、こうして一緒にいられるのであった。


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