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アリシア、活躍する

現在、火星の公道を走行することが許可されている自動車には全て、衝突回避機能の搭載が義務付けられている。目の前に障害物があれば動くことは無いのだ。衝突回避機能が故障した状態で走行させることも禁止されている。アリシアが立ちはだかったのに動き出したということは、整備不良の違法な車両ということだ。それが確認された瞬間、アリシアの自己防衛モードが起動した。


自己防衛モードは、戦闘モードと違って人間を傷付けることは出来ないが、自己防衛の為に必要な最低限の実力行使が可能になるモードである。と言っても、普段は掛けられている出力のリミッターが解除されるだけだが。


アリシアは自動車のボンネットに手を着き、それを押すような姿勢になった。もっとも、さすがに自動車相手に相撲を取れる訳ではない。彼女の履いているパンプスでは摩擦が足りず、その姿勢のまま数メートル路面を滑った。しかし彼女が素早くバンパーに手をかけ踏ん張ると、自動車の前輪が完全に浮き上がり、空回りを始めたのだった。こうなるともう、前輪だけに駆動力がかかる自動車は前にも後ろにもいけない。


この時、アリシアは空港の警備員や警備用のロボットがこちらに向かって走ってくるのを確認していた。出来ればもうこのまま待っていたかった。だが男たちは車を捨てて逃走を図った。荷物を奪った男も、ドライバーも、見張り役らしい助手席の男もだ。そこでアリシアは自動車を離し、ドライバーの男の前に立ちふさがった。男は急にアリシアが前に現れたことでそれを躱そうとしてバランスを崩し転倒した。


次に彼女は凄まじい速さで移動し、助手席に乗っていた男の前に同じように立ちふさがった。こちらの男は躱し切れずアリシアの胸に頭から突っ込んでやはり転倒した。その間にドライバーの男が立ち上がりまた逃げようとしたが再びその前に立ちはだかり、男はアリシアとぶつかった。そうこうしている間に警備員と警備用のロボットが駆け付け、男達は三人共拘束されたのだった。荷物を奪った男は焦るあまり警備員達の方に向かって逃げ出した為、アリシアは追わなかったのである。


その後、現地警察に事情を聴かれ説明が終わったちょうどその時、待ち合わせしていたニューヨハネスブルグ側のスタッフが現れたのだった。


「アリシア、よくやった」


千堂に褒められ、アリシアはくすぐったそうに微笑んだ。


実際、アリシアの対応は非常に合理的だった。彼女はあくまで逃走しようとする犯人達の前に立ちふさがり邪魔をしただけで、彼女からは一切手を出していないのだ。しかもそれを、空港の監視カメラ、人間の警備員、警備のロボット、および多数の目撃者が見ていたのだから、彼女に非がないことは明白だった。


もしこれが、彼女の方から攻撃していれば、その攻撃の正当性を立証する為にいろいろと面倒なことをしなければならずその為の足止めを食う可能性もあったのだが、アリシアはそういう手間もしっかりと省いてくれたのである。また、彼女が要人警護用のメイトギアであることが自動車を持ち上げられるほどの出力があることで知れてしまったが、それはこの都市に立ち入る際の申請書類にきちんと記載されているので、すぐに照会出来ることだった。


なお、この騒動の発端となった若い社員は、自分の浅はかな行動がトラブルを招いたとして落ち込んでいたが、千堂は、


「こういうことがあるから、軽挙妄動は慎むべきなんだ。以後、気を付けるように」


と諭しただけだった。それに彼はあくまで今回の事件では被害者である。被害者を貶めようとする発想は千堂にはない。ただもし、この失敗を活かさず次に同じようなことをすればその時は査定に響いたりもするが、今回は実質的な損害もなかった為にその程度で済まされたのだった。


以上、若干のごたごたはありつつも無事にニューヨハネスブルグ側のスタッフとも合流し、千堂ら一行は予定のスケジュールに大きな遅延もなく現地での最初の会合場所である、総合商社GJKトラスト本社へと到着した。ここは、ニューヨハネスブルグにおけるJAPAN-2(ジャパンセカンド)社の商品取り扱い規模一位の企業であり、GLAN-AFRICA(ネオアフリカ経済圏)でも一定の力を持ち、今回の会合の多くを取り仕切る重要な取引相手なのだった。


「やあ、千堂、相変わらずいい男だな」


そう声をあげつつ強く握手を交わしたのは、GJKトラストのゼネラルマネージャー、アレキサンドロ=マカトーニだった。身長百八十センチを超える千堂よりもさらに一回り大きい体躯を洒落たスーツで包んだ、いかにもエネルギッシュな企業人という男だった。年齢は四十八で千堂とさほど変わらない。その立場から見れば千堂と同じくかなりの若手と言えるが、手腕は確かだった。


現在、人間の健康寿命が百二十年に達し、一般的な定年が百十歳とされている為、四十代はまだまだ若輩者扱いされる傾向にある。だが、能力さえあれば年齢は問われない社会でもある為、若くして己の力でのし上がる人間も決して珍しくはない。千堂やアレキサンドロ=マカトーニもそういう人間の一人なのだ。


「君のところのアリシアシリーズはいつ見ても美しいね。実にエレガントだ」


アレキサンドロが千堂の後ろに立つアリシアを見てそう感嘆の声を漏らした。半分は社交辞令だが、半分は本気でそう思っていることを千堂は知っていた。アリシアを褒められたことは彼にとっても嬉しいことだった。そう言うアレキサンドロの背後には、ニューヨハネスブルグ一のロボットメーカー、A&Tカイゼル社のメイトギアであるフローリアM9が控えていた。


フローリアM9は、アリシアシリーズのコンポーネントをベースに製造されている、いわば姉妹機のようなものでもある。外見は現地の好みに合わせアフリカ系白人女性をモチーフにデザインされている。アリシアシリーズのいかにも日本人らしい柔和な微笑みよりは、やや意志の強さを感じさせる、目力を意識した作りという印象だった。


主人同士が挨拶を交わす後ろで、アリシアとフローリアM9もロボットとして挨拶を交わしていた。と言っても簡単な今後のスケジュールのすり合わせや情報共有ではあったが。アリシアもこういう時は余計なことはしないのが吉というのをこれまで学んできたので、無駄な動きはしなかった。あくまでロボットらしく無機質に。下手に愛想をふりまこうとすると異常行動とみなされて警戒される場合もあるのをよく理解していた。


ただ、それを物足りないと感じてしまうのも、今のアリシアだった。もっとこう、同じロボットとして仲良くなりたいとも思うのだ。とは言え、相手がそれを望んでいる訳ではないということも分かっている。こういう時、自分は非常に特殊な存在で、仲間と言える者がいないのだなと実感させられてしまうというのはあった。


しかしそんな感傷に浸っている暇はなかった。スケジュールは詰まっているのだ。が、そこは時間の正確無比さではもはや異常とさえ評される、都市としてのJAPAN-2と比べれば、空港での待ち合わせを見ても分かる通り、よく言えば大らか、悪く言えばルーズではあるのだが。それでも忙しいことに変わりはない。千堂達はさっそく、アレキサンドロと共に会談場所へと移動したのであった。


移動中のリムジンの中でも、千堂とアレキサンドロは意見を交わし、車内は緊迫した空気が漂っていた。二人は友人と言ってもいいくらいに親しいが、そこは互いに企業を背負う立場。決して慣れ合うことはない。特に数字に関する部分には妥協は見られなかった。同行したJAPAN-2社側の社員四人の顔面が蒼白になる場面もあったりした。


アリシアはそんな、千堂の厳しい一面を改めて見て、それでも人として芯の通った彼のことが好きだと改めて感じたのだった。


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