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アリシア、おしゃべりを楽しむ

空の旅は、非常に快適だった。千堂は他の社員と打ち合わせなどに結構忙しかったが、アリシアは特にすることもなく、キャビンアテンダントとおしゃべりなどをしていた。


「あなた、すごく表情豊かなロボットね。って言うか、本当にロボットなの?」


タラントゥリバヤ=マナロフと名乗ったそのキャビンアテンダントは、すごく人懐っこく愛嬌のある女性だった。出身はロシア系の都市、ボリショイ・ゴーロトだという。と言っても彼女自身はスペイン系のラテンの血を濃く受け継いだ陽気な気性の持ち主だったが。


「はい、私は商品開発用の試験機も兼ねてますが、ちゃんとしたロボットですよ」


アリシア自身がそう言ったように、彼女は対外的には<商品開発用の試験機>という扱いになっていた。そう言っておけば普通と違っても当然とみられるから、話が早いのだ。


<心を持ったロボット>と紹介してもいいのだが、基本的には誰も信じないしジョークとしか受け取ってはもらえないのである。何しろまだ、他に心を持ったロボットは確認されていないのだから。


ロボットのユーザーの中には自分のロボットには心があると信じている者もいるものの、きちんとテストを受ければそれは身贔屓の思い込みでしかないことが証明されてしまうのだった。しかし敢えてそれを証明するような野暮なことを普通はしないが。


アリシア自身、自分が心を持ち人間と同じ扱いを受けることを望んでいる訳ではなかった。人間と同じ権利を欲しいとも思っていない。現在、ロボットには権利は確かに無いが、だからと言って一般的にはそんなに虐げられている訳でもないのだ。無論、全ての人間がそうだとは言わないし過酷な扱いを受けていることがあるのも事実だが、その数が人間に比べれば少なく、かつ高価で、使い捨てにするよりは普通に丁寧に使った方がよほどコストパフォーマンスが高い為に、概ね大事にされているのだった。


むしろ、生身の人間の方が虐げられている現実もあったりするのだ。家にロボットがいる家庭は基本的に裕福であり、子供の扱いなども下手な人間よりはよほど長けていて、子供に関わる時間の比率が、ロボット六割、両親四割くらいのケースが最も犯罪率も低くかつ社会的成功を収めているという統計上のデータもあるくらいなのだ。


経済的な理由からロボットを買えない世帯では、児童虐待の割合で三倍、犯罪率に至っては実に十倍という厳しい数値が出てしまっている程だった。だから都市としてのJAPAN-2(ジャパンセカンド)では、各世帯に一体、格安で貸与するという条例さえ検討されていたりもする。とは言え、ロボットを毛嫌いする人間もいまだいる為に、実現には至っていないが。


なお、北欧系の国々が開発した都市では、既に一世帯一体の無償貸与が実現したところもある。ただしそういう都市でも、それはそれでロボットに頼り切って怠惰な生活をしてしまう人間の割合が、そうでない都市に比べて明らかに高いという問題を抱えていたりもするが。


以上は、アリシアが心を持ったロボットであるという部分を除けば、彼女がタラントゥリバヤと交わした会話の内容を要約したものでもある。タラントゥリバヤの友人の女性が男性型のメイトギアに恋をしてしまい、『彼には心がある』と公言して結婚までしてしまったという話から、その友人がロボットにも社会的権利を認めるように活動しているとかいう話になり、そこから展開してしまったのだった。タラントゥリバヤは、陽気なだけでなくそういった社会的な問題にも造詣が深い女性だった。その広範な知識には、アリシアも感心させられた。


だが、それまで陽気で明るい表情をしていた彼女がふと、厳しい表情を見せることがあった。それは、ロボットを危険な存在とみなし、それを排斥することを強硬に主張する集団がいることについて触れた時だった。その集団の主張としては、かいつまんで言えば、ロボットがいずれ自我を持ち人間を敵とみなして攻撃してくるようになるから、そうなる前にすべて廃棄すべきだという、ありがちな空想にも等しい与太話ではあったのだが、その集団の支持者達はその話を盲目的に信じ、ロボットの排斥を訴えて実際に活動しているのである。しかも、その一部はさらに先鋭化し、テロ行為まで行っているという。そういう集団から見ればロボットと結婚するような人間はロボットの手先と見られ、彼女の友人も脅迫めいた警告を受けたりしていということだった。


その話を聞き、アリシアは悲しくなった。そういう集団がいることはニュースなどを通じて知っていたが、こうして知り合ったタラントゥリバヤのような素晴らしい女性の友人になれるような人が脅迫を受けていると聞いて、すごく身近に感じられてしまったからだった。


タラントゥリバヤは言った。


「あなたは、心を持ってるとしか思えないくらい素敵なロボットだけど、連中はあなたみたいなロボットこそ危険だとみなすかも知れないから、気を付けてね」


彼女の言葉に、アリシアは身が引き締まる思いだった。そして同時に、自分達ロボットはいつだって人間の幸せを願っているのに、その人間の中には自分達を敵とみなす者がいるという事実が悲しくもあり、そして憐れだとも思った。その人達の周りには、素晴らしいロボットがいなかったのかと思った。


ふと、アリシアのメモリーに茅島秀青かやしましゅうせいの姿がよぎった。そう言えば彼も、ロボットを嫌い、憎んでまでいた。しかしそれは些細な行き違いから生まれた誤解でしかなかった。それが解消された今は、彼と彼のロボットとの関係は修復されたのだ。その、ロボットを敵とみなしてるという者達も、もしかしたらそういうことかも知れないと思った。その誤解が解けて、再びロボットと仲良くなれることを彼女は願ったのだった。


そうして充実した時間が過ぎ、千堂とアリシアを乗せた社用ジェットは、ニューヨハネスブルグの空港へと到着した。手続きを済ませ、千堂ら一行は現地のスタッフが現れるのを待った。この辺りの段取りの悪さはいつものことで慣れているが、都市としてのJAPAN-2の生真面目さ勤勉さに慣れた人間には、やはりあまりいい気がするものではなかった。


「遅いですね」


アリシアが思わずそう口にすると、千堂も苦笑いを浮かべた。


「まあ、こういうものだよ」


千堂にしてみれば本当にいつものことなので苛立つことさえない。ただ、今回同行したJAPAN-2社の四人のうちの若い社員は不安そうな表情になっていた。


「僕、ちょっと見てきます」


いかにも真面目そうなその若い社員は今回が初めての長期出張ということもあり、いささか緊張していたようだった。その為、


「気にしなくていい。先方が現れるのを待つのが基本だ」


と言う千堂の言葉も聞かず、空港の外へと様子を見に行ってしまったのだった。


だがその時、アリシアは、荷物を持ったまま空港の出入り口に向かって歩き出したその若い社員に合わせるように動き出した人間の姿を捉えていた。アロハシャツを着た軽薄な観光客風のいでたちには似つかわしくない鋭い視線を、若い社員に向けているのに気付いたのである。


「千堂様」


そう言って彼を見たアリシアの目に、全てを察したように頷く千堂の姿があった。それを確認したアリシアがスッと歩き出し、若い社員と彼の後ろを歩く観光客風の男に近付いた。すると、若い社員が空港出口から外を見渡し、完全に自分の荷物への注意を無くした瞬間、男が走り出しその荷物を奪って逃げだしたのだった。


「え?、え…?」と自分に何が起こったかも理解出来ない若い社員の横を奔り抜け、アリシアは荷物を奪った男を追った。男の前にはドアを開いて待機する自動車があった。逃走の為に待機していた仲間だろう。男がその自動車に乗り込んだのを確認し、彼女は自動車の前に立ちはだかった。


両手を広げ大の字になり、停止をアピールした。だが、自動車はそのまま動き出したのであった。


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