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アリシア、テストを受ける

千堂アリシアは、ロボットである。ただし、<心のようなもの>を持ったロボットだった。人工知能が非常に進歩した社会においても、人工知能に心があるという事例はいまだ公式には確認されていない。その為、アリシアを製造したJAPAN-2(ジャパンセカンド)のロボティクス部門役員、千堂京一せんどうけいいちは、自身を被験者としてこの特異な状態にある自社製品のデータを集めるべく、メイドとして自宅で運用することにしたのであった。


かくして、規格品としては明らかな不良品であるロボットメイド・アリシアと、千堂京一の奇妙な日常が始まったのである。


そして二人の生活が一ヶ月を過ぎたある日、千堂はアリシアを前にして言った。


「いよいよ明日から私は長期休暇に入る。よって、かねてより予定していたテストを行う。これは、お前が他のロボットとも調和して、この社会の中で行動範囲を広げていけるのか否かが懸かった重要なテストである。心して臨むように。いいね」


まるで生徒を前にした教師のように改まってそう言う彼の言葉に、アリシアも生真面目な生徒のように姿勢を正して「はい!」と応えた。


だが、千堂は<テスト>だと言ったものの、具体的に何をどうすればいいのかという指示は何一つなかった。合格基準は分かっている。アリシアと共にこの屋敷でメイドとして配置されているアリシア2305-HHSが彼女に対して保安条件を適用したとしてもトラブルを起こさずいられればそれで合格となる。しかし、どうすればトラブルにならずにいられるかという明確な指針がないのだ。


当然だ。ロボットが心を持つなどということは現在の社会においては想定すらされておらず、心を持ったロボットにどう対応すればいいのかという指標自体が存在しないのだから、誰にもそれを示すことが出来ないのである。もちろん、千堂にすらそれは不可能なことだった。アリシアは、ロボットの歴史上で恐らく初めての<心を持ったロボット>として、自らそれを作っていくしかないのだった。


それがどれほど困難なことかさえ、誰にも分からない。もしかするとあっけなく達成できてしまう可能性もある一方で、結局は達成できずに終わる可能性も十分に考えられた。とにかく、やってみるしかないというのが現実なのだ。


それは、アリシア自身も理解していた。自分がどれほど困難なことに挑もうとしているのかは、彼女なりに分かっていた。分かっているつもりだった。つもりというのは、具体的なことが何一つ分からない今の状態では、何をどう理解すれば完全に分かったことになるのかすら誰にも分からないからである。


そういう、何もかもが手探りの状態で彼女は初めてのテストに臨むのだった。


千堂も、そういう彼女の境遇を想うと不憫に感じることもある。だがそこで躊躇っていては彼女はずっとこのままこの屋敷で自分が帰って来るのをただ待つしか出来ない、籠の鳥として生きることになるだろう。ただのロボットならそんなことを苦痛に感じることもない。主人が事故や病で命を落とし、帰ってこなくなったとしてもこんなことで悲しんだりはしない。遺品の一つとして処理されて、リサイクルショップに売り飛ばされても、自らの境遇を嘆いたりもしない。心を持たぬロボットは、ただの道具なのだから。


けれど、千堂アリシアは違う。公式にはまだ心を持っていると認められていなくても、<心のようなバグ>としか思われていなくても、彼女は人間と同じく傷付き、悲しみ、苦しむことが出来るのだ。そもそも人間が<心>と呼んでるものでさえ、突き詰めれば化学反応と電気信号の組み合わせでしかない。非常に高度で複雑ではあっても、原理としては人工知能の思考と大差はないのだ。極めて高度に発達した人工知能であれば、心と呼べるものがいつか発生しても、理論上はおかしくないのである。そしてそれが今まさに起こっているのだ。


彼女は、ただ千堂の帰りを待ち続けるだけの機械であることを良しとはしない。彼女が望むのは、千堂と共に生きることなのだから。必要とあれば共にどこへでも出掛けて、彼の力になりたいのである。その為には、このテストは彼女にとって超えなければならない壁だった。


翌日の朝、千堂は、アリシアとアリシア2305-HHSを並べて語り掛けた。


「それではこれより、アリシア2234-LMN-UNIQUE000とアリシア2305-HHSの高度同時運用試験を開始する」


そして改めてアリシア2305-HHSを見て、命令を発した。


「特殊コード、JAPAN-2-GE-KP-629912756826LISP792GI。例外項目再設定、高負荷試験運用中の当該アリシア2234-LMNに対する保安条件の適用の除外を解除し、全て標準状態とする」


それに対し、千堂を見つめ返すアリシア2305-HHSが復唱した。


「特殊コード、JAPAN-2-GE-KP-629912756826LISP792GI。受諾しました。例外項目再設定、高負荷試験運用中の当該アリシア2234-LMNに対する保安条件の適用の除外を解除し、全て標準状態としました」


瞬間、千堂の体に緊張が走る。どのような事態が生じてもすぐさま対処出来るようにする為だ。だが、千堂の緊張とは裏腹に、特に何も起こらず非常に静かな試験開始となったのだった。


それは、この時のアリシア2234-LMN-UNIQUE000がとても落ち着いていたからかも知れない。無駄な挙動を示す信号が発信されず、極めて平常な待機状態を保っていたことで、具体的な問題が生じていなかったからだと思われた。


基本的には、アリシア2234-LMN-UNIQUE000の、本来なら有り得ない異常な挙動が他のロボットにとっては危険な暴走状態として認識されることが原因だと推測はされている。だから彼女が落ち着いていれば恐らく大丈夫なのだが、しかし彼女は他のロボットにはない<心>がある為、それ故の思考の揺らぎがどうしても生じてしまうのだった。他のロボットから見てどの程度までが許容範囲と判断されるのか、それを見極めるのが容易ではなかった。


以前にも触れたが、人間が相手ならロボットは一切逆らうことはない。敢えて危険なことをしようとしてるならその危険性を説明はするものの力尽くでやめさせようともしない。例えば、人間が固い壁を思い切り拳で殴ろうとして怪我をしそうになっているなら、それを止めさせるのではなく拳と壁の間に自らの手を差し入れて衝撃を受け止めようとするのだ。例えそれで自分が壊れようとも。


これに対し、ロボットが何か危険なことをしてそれが人間に被害が及ぶ危険性があるとなれば、そのロボットを力尽くで止めようとすることは起こり得るのである。これもまた、たとえそれで自分が破壊されようとも人間を守る為ならロボットは躊躇しない。ただ、その辺りの判断基準は、実は明文化されているものではなく、その場の状況を総合的に勘案して判断が下されるものなので、<心を持ったロボット>のすることを他のロボットがどう判断するのかは、元より想定されていない事態だけに誰にも予測がつかないのだった。


最も確実なのは、アリシア2234-LMN-UNIQUE000こと千堂アリシアが、元のロボットとしての行動を忠実に行っていれば事故は起こらない筈だと言える。だがもう彼女にはそれは出来ないのだ。もし千堂が固い壁を拳で殴ろうとすれば、彼女は飛び付いてでも千堂を止めようとするだろう。しかし他のロボットから見ればその行為は、千堂に対する攻撃だと解釈されかねない。人間ならば許されるその行為も、彼女がロボットであるが故に許されない場合が有り得るということなのである。


誰しもが正解だと分かる明確な解答のない困難なテストが、今まさに始まったという訳だった。


『私、頑張ります。千堂様』


静かに待機しながらも、彼女は強い決意をその体の中に秘めていたのだった。



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