深山緑と黄才学者 ついでに幼馴染み
西暦2135年 9月10日
駅前道場
「気をつけ!礼!」
『ありがとうございました!』
「はい。じゃあ各自、自主練怠らないように…といつもなら言うけど…」
緑は門下生を見渡し…
「明日は折角の日曜だ。みんなでゆっくりしてなさい。たまには休養も、ね?」
『はい!』
崩破の道場は今月から午後の部も取り入れたのだが…
(流石にキツいな…)
体力的に…ではなく、長時間指導を行う事が『精神的に』キツかったのだ。延々と同じ事を繰り返す辛さを知り、教師という職がどれ程の辛さなのか体験できた気でいた緑だった。
その後、いつも通り昼食を作り、弟の蒼也と共に食事をする…
つもりだったのだが…
「たのもォォオオ!!!!!!!!」
緑、そして蒼也の二人はむせて咳き込む。
「びっくりさせんじゃねぇよ!」
勢いよく、(母屋の)扉を開けて叫ぶのは二人の幼馴染みの朱麗だった。
「何しに来たんだよ…」
「でも兄貴…大体検討はつくだろ?」
「流石弟君!そうだ!私はまた懲りずに貴方に挑戦しに来たのだ!深山 緑!」
「緑『さん』だろうが!俺はお前の先輩で!ここの師範だ!例え門下生じゃなくても幼馴染みでもそこは譲れねぇ!」
「うん…兄貴、論点がまず違うし心底どうでもいい。で、朱麗ねぇ…勝算はあるんだよね?」
「ああ!」
これまでも(勝った試しは無いが)幾度となく緑に挑んでいる朱麗だが、その戦闘スタイルは日によってバラバラである。
ある日は空手で、またある日はキックボクシングで…カポエラや、ロシアの軍隊格闘術で挑むこともあった。
ただ、どれもこれも本当にかじった程度という言葉が似合うほどに『練られ』ていない。そのため、崩破という格闘術をマスターしている緑に勝つことは出来ない。
そんな彼女が今回選んだのは…
「象形拳だ!」
「「はぁ?」」
象形拳…言わずと知れた他の動物の動きを真似て戦う拳法の事。
形意拳とも呼ばれ、その歴史は清朝末期からと、古来からあるものである。
元々は五行説にそって~とか十二形の~…と話す事はあるのだが、ここでは割愛させてもらう。
興味があったら自力で調べるべし。
「ま、まぁ本人が良いってんならいいんじゃないかな?」
「そうだな…これで中国にケンカ売る様なことにならんといいが…」
「何をぶつぶつと言っている?早くやろうか!」
「あいよー」
***
両者準備を終え構える。
「んじゃ、ルールはレスリング風で背中が床についた方の負け。他にも急所を外すとか、朱麗ねぇが女性っつー事で兄貴の胸部への接触はやむを得ない場合以外は失格、と色々あるけど…まあ常識の範囲内でやってね。アウトと思ったら俺が止めにはいるから。んじゃあ…始めッ!」
開始の合図と共に朱麗は緑へ飛びかかる。勇猛果敢に攻める、虎形だ。
(虎って言うか…)
猪突猛進。
(猪だろ。コレ)
もちろんそんな一直線な攻撃に当たるような慈悲を持つ男ではない緑は半身でかわして朱麗の襟に指を引っ掛ける。
「ぐえ」
その反動で朱麗の身体は後ろへ倒れ…
「ぐはー!」
背中が地面につき、呆気なく負けたのだった。
「またっ…負けた…!」
「だろうな。そらあんな一直線で飛びかかってくりゃ、いくらでも対処できるっつーの」
「と、言うわけで兄貴の勝ち!」
「おめでとー」
勝負が終わり各々がコメントする中、蒼也がそれに気づく。
「あれ?何か一人多くない?」
「何を言う弟君。ここには3人しかいないだろう?」
「そうだぜ?俺と蒼也と朱麗だけだ」
「二人ともそう言ってるんだし何ら変なことは無いだろう?」
「「「ねー?」」」
うーんそうだろうか?そう思い数えてみる。
胴着を着た兄、緑。
同じく胴着を着た幼馴染みの朱麗。
部屋着の蒼也。
そして白衣で高身長な━━
「いや!誰だよ!何で紛れてんだよ!」
「なっ!?」
「お、黄土さんッ!?」
「おせぇよ。ツッコミが」
***
「この人は職場の先輩の山吹黄土さんだ」
「よっす。変な名前だろ?黄土って」
「え…と」
「ああ!凄く変だな!」
「朱麗ねぇ!?」
何の躊躇いもなく名前をバカにする朱麗。もちろん兄弟は怒るのだが…
「ああ、そんなに気にしてないよ?」
とのことだった。
本人曰く「自分でも変だと思う」らしい。
「で?黄土さんが何で家に?」
今まで来るようなことは無かったのに、と緑。
それもそのはず。
黄土は研究者体質で軽度の引きこもり。自ら進んで外へ遊びに出るような事は無いからだ。
出て来ても仕事か週一の夕飯の買い物位。
そんな彼が出て来ると言うことは何かしらあると緑は考え、身構えた。
「まあまあ。そんな身構えなくて良いさ。…悪いが彼らを外してくれないか」
黄土は蒼也、朱麗二人を指差し言う。
特に断る理由もないので二人を部屋の外へと促した。
朱麗はかなり抵抗していたが
「朱麗ねぇ!俺が手合わせするから!ね!?早く行こう!?」
蒼也の誘いにすんなり頷き部屋を後にした。
***
「良いニュースと悪いニュースがある。どっちが良い?」
突然の問いかけで動揺する緑。
普通はそんな質問する人間はいないだろう。…黄土は普通ではないが。(特に頭と感性が)
「じ…じゃあ悪いニュースで」
「良いニュースだな?」
「え?」
「良いニュースだな?」
「いや、わ…」
「良いニュースだが…」
強引に話を始めた。
「俺の知り合いが面白い事を始めてる。」
「は、はぁ…」
「お前にも一度言ったことがあるが…変な力を持った奴らの事。覚えてるか?」
そう言われ緑は考える。
(そんなの居たっけ…?)
「おい、忘れてんじゃねぇか。うちの会社が潰れた時に…」
「む…思い出した…確か特課ってのが対応してるんでしたっけ」
「ああ、そうだ。その特課が対応してる特殊能力…革命症って言うらしいんだが…それを悪用してる奴らをブッ飛ばせる………っていう組織を作ったみたいだ」
「ほう…!」
緑は食い付く。その強さ故に本気で拳を振るうことも、危うい状況に陥る事も無い緑にとってこれはオイシイ話であった。
「で…悪いニュースってのはだな…」
「はい」
「そいつらがかなり強くてヤバイって事だ」
「悪いニュースですか?それ」
「……」
普通に考えると悪いニュースなのだが…
緑にとってそれは吉報。
強ければ強いほど楽しめる、価値のある試合が出来ると考えるのがこの男である…
まあ、要するに戦闘狂だ。
「まぁ…そんなとこだ。と、もうひとつ」
「?」
「相手が悪とは限らない。さっきも言ったが能力は通称、革命症。その名の通り、病のようだ。ちと顔馴染みがかかっちまってね」
「なるほど。突発性なんですね。マ、そりゃあ突然特殊能力とか手に入れて混乱したり暴走するのも無理無いか…」
もっとも、そう言うのに慣れてる俺らみたいなのには関係ないけど
と付け加える。
「で?用件はそれだけですか?他には…」
「残念ながらコレだけさ。強いていうなら…」
と緑を指差す。
「お前。反旗団入るか?」
「ええ。勿論。そう、知り合いさんにも伝えておいてくださいな」
「へっへーん。あっしは、あんさんならそう言うと思ってましたよ」
「…ッハハハ!何ですかその口調」
「ウケて何より」
黄土は席を立ち、玄関に足を運ぶ。
「あ、そうそう。あの見るからにお前と同類の戦闘き…ごほん、マニアどもを巻き込むなよ」
「ええ。わかってますよ。これは流石に危ないんで」
「良かった…」
「それと、蒼也はともかく朱麗は邪魔にしかならんので」
「朱麗ちゃんかわいそう」
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