歌を覚えたのはどこだ?
彼が最初に聞いた歌は、母の歌う子守唄だった。今日食べるパンにも困るような、屈辱の涙を呑み込みながら麦粥や重湯を貰いに家々を回るような、そんな母がそれでもか細い声であやしてくれた歌だった。
彼女は彼が七つの時に死んだ。
そのとき彼女は相も変わらぬ幽かな声で童歌を歌っていた。空の鉄機からばらばらと何かが落ちてきて、彼らの家の台所に落ちた。母親は夕食を作っていた。息子は別の部屋で遊んでいた。
それでも学校には通わなければいけなくて。
校歌を口ずさみながら彼は行進する。こどもだからと言って、戦からは逃れられない。皆揃いの服を着て、粛々と進むのだ。それが何の役に立つとも思えなかったけれど。
十五になれば身寄りのない子は働かねばならない。
軍歌は、どことなく校歌に似ていた。母親譲りの細い声を精一杯に張り上げて彼は歌う。見たこともない父とおそらくは同じくらいの年の軍曹の怒声を聞きながら、そんなそものでは汚されまいと耳に歌を呼び覚ます。
平凡な訓練兵は三月もすれば二等兵になる。
戦争は煩いものだった。訓練教官の声が柔らかな歌声にしか聞こえないような爆音のなかで彼は彼らは生きていった。死んでいった。怒号と銃声と伝達用の太鼓と電信。歌声はここには響かない。あんなに練習させられた軍歌すらも。
そら、迫撃砲の悲鳴がする。
そして分隊長の指令がきこえた。敵味方の機関銃の轟音に掻き消されなかったのは果たして幸運か不幸だったのか。二等兵は立ち上がった。蹲っていた塹壕から、突撃銃を手に飛び出した。
母のうたを、歌いながら。