九十七話
参加者は控えの間で待機をしているように告げられる。
『食材戦闘部門』と『お料理王部門』はそれぞれ別の部屋となる。
この先、ウィオレケは一人で待機をしなければならない。弟の心配をしたリンゼイはある品を道具箱から出した。
「ウィオレケ、これを――」
「ん?」
「何かあった時に、使って」
リンゼイは手のひらほどの大きさの魔石を差し出す。
「何、これ?」
「私が学生時代に卒業研究で作った魔石――」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
クレメンテはリンゼイの手首を掴んで魔石の譲渡を阻止した。
耳元で周囲に聞こえないように、話に聞いていた大陸一個を吹き飛ばす魔石なのかと訊ねてみる。
「そんな危ない物をあの子に渡す訳ないでしょう!?」
「で、では、この魔石は別物で?」
「加護とか、そういう効果があるだけのものだから」
「だ、だったら良かったです」
護身用にリンゼイがとんでもない魔石を渡そうとしていたのではと、クレメンテは慌ててしまった。さすがのリンゼイも、危険な魔石は持ち歩いていないと言う。一度、ウィオレケに危険意識が薄いと言われてからは、強力な魔道具や魔石は箱の中に入れて封印の術を施した状態で保管をしていると話す。
今度はリンゼイがぐっとクレメンテに接近して腕を掴んで姿勢を低くさせてから、周囲に聞こえないような低い声で囁く。
「魔石のこと、誰にも言わないで」
「あ、はい。分かっています」
「ウィオレケは知らないことだから」
「はい」
ひそひそ話が終わったので掴んでいた腕を離そうとすれば、クレメンテがカタカタと微かに震えているのに気付く。
「ねえ、どうしたの?」
「え!?」
「震えているから」
リンゼイが握っている腕を中心に、ぶるぶると小刻みに身震いをしていたのだ。
大丈夫かと聞けば、コクコクと何度も頷く。
『リンゼイ、クレメンテの挙動不審は今に始まった話じゃないでしょう?』
「言われてみれば、そうかも」
リンゼイは手を離して、ウィオレケにいろいろと周囲には注意をするようにと、言い含めておいた。
「リリット、ウィオレケのことをお願い」
『了解でっす!』
背後には屈強な体を持つ筋肉妖精達が居る。心配はいらないかと、後姿を見送った。
扉が閉まった後で、リンゼイは気が付く。
「あ!」
「どうかしました?」
「怪植物って大丈夫なのかなと」
「あ……」
今回の大会は使い魔も一人として数える。
ウィオレケにリリット、筋肉妖精が二人。これで四名となり、怪植物は連れて行けないことになる。
ウィオレケの後を追おうとしたが、参加資格のない者は立ち入り禁止だと言われてしまった。
「道具箱の通信機能は?」
「あの子、道具箱を持ち歩いていないの」
なるべく魔術文明品に頼らない暮らしをしているウィオレケは、遠出の際には大きな鞄を持ち歩く。
「だから、着替えとかも持っていなかったのですね」
「困った子……」
昨晩、ウィオレケは夜に着る寝間着がないと言ってクレメンテから借りていた。
貸していた服は朝から洗って乾かし、綺麗に皺を伸ばした状態で返却される。
几帳面で抜かりない性格のウィオレケであるが、流石に迷宮内で一泊するような事態になることは想定していなかったのだろう。
話題は怪植物についてに戻った。
「申し訳ないことに、すっかり忘れていました」
「なんとか上手くリリットが誤魔化してくれることを祈るしかないかもね」
「ええ……」
この場に居ても何も解決しないので、クレメンテとリンゼイは自分達の控室へ向かうことにした。
◇◇◇
ウィオレケと愉快な仲間たちは、控室までの細長い廊下を歩いて行く。
ここの廊下も、窓にガラスなどははめ込まれておらず、冷え冷えとした風と雪が舞い込んでいた。
しばらく歩けば、『料理王部門参加者控室』と書かれた看板に行き当たった。
受付のような物も用意されている。
控室前でも参加賞の提示があり、部屋に入る前に人員の確認があった。
ガタイのいい男が二名並んで鋭い眼差しを向けている。
「え~、代表、ウィオレケ・アイスコレッタは?」
「私だ」
それからリリット、筋肉妖精達と一人一人参加者の確認をする。
問題なかったので控室に行くように言われたが、何故か途中で呼び止められた。
「おい、お前!」
「ん?」
突然肩を掴まれるウィオレケ。気安く触るなと、その手を叩いて落とす。
「何?」
「何じゃない! 背中のソレはなんだ!!」
指摘をされて、背中の重みを思い出す。
――あ。忘れていた。
ウィオレケは割と長い時間、背中に縛って持ち歩いていた怪植物の存在を失念していた。リリットも同様である。
怪植物はリンゼイの言いつけを守り、ずっと大人しくしていたのだ。お蔭で、背負っていたウィオレケですら、すっかり存在を忘れていたのである。
係りの者が背中に背負っている使い魔を置いて行けと言う。
密閉された控室と違って、廊下は冷たい風が吹き荒れていた。こんな所に放置すれば、怪植物は凍えてしまうだろうとウィオレケは考える。
背中に手が伸びてきたが、さっと避けた。
咄嗟に、大会のルールを思い出す。訝し気な表情を浮かべる係りに早口でまくし立てた。
「これは……、も、持ち込み食材だ」
「なんだと?」
『お料理王部門』では、食材の持ち込みを許可されている。
見せろというので、背中から下ろして机の上に置き、布を広げて見せた。
怪植物は空気を読んだからか、身じろぎしないでまな板の上の食材のように振る舞う。
「なんだ、これは?」
「私の国の秘境で採れる、珍しい野菜、です」
「野菜?」
係りの男は怪植物の葉の根を持って掲げた。ジロジロと、厳しい眼差しを向けている。
怪植物は焦りからか、うっすらと額に汗を浮かべていた。
「なるほど。朝露の付いた新鮮な野菜だ」
「……そうだろう?」
「だが、食材は事前申請をしなければならない決まりである」
「……」
生意気な態度でいたウィオレケであったが、素直に謝ることにした。
「……ごめんなさい」
「……」
「……」
一度、頭を下げて、素直に謝罪の言葉と食材の持ち込みを許してくれるように乞うた。初めての参加で、しかも、異国から来ているということも付け加える。
「ま、まあ、失敗は誰にでもある」
「こ、今回だけは許してやろう」
「ありがとうございます」
最後に、にっこりと子供らしく微笑むことを忘れない。
怪植物の為にらしくない子芝居を行うウィオレケの様子に、リリットは感動の涙を浮かべていた。あとでリンゼイに、『あなたの弟はとても心優しい美少年だ』と伝えようと心に決める。
「では、ここに食材名を書き込んでくれ」
参加証明書に食材を記入するように言われたのでペンを持つ。食材名は、少しだけ悩んで『根菜類』ということにしておいた。
こうして、やっとのことで控室に入ることが出来た。
室内は共有スペースとなっている。机と椅子がいくつか置かれ、中心には軽食や菓子、飲み物などの小腹を満たすものも用意されている。
部屋に入った瞬間におかしな一行であるウィオレケ達に注目が集まった。
見た目は厳ついおっさんである筋肉妖精が慈愛に満ちた微笑みを返せば、視線はさっと逸らされることに。
とりあえず、端っこの位置を陣取って、ホッと一息吐く。
背中に背負っていた怪植物は布に包んだ姿のまま椅子の背もたれに掛けられる。
「悪いけど、お前は今回食材扱いだから、大人しくしていろよ」
『ハアイ、分カッタ~~』
それにしてもと言いながら、周囲の様子を見渡す。
休憩所は思いの外広い空間であった。
そして、参加者達は様々な国から集まった猛者のように見える。
『なんて言うか、部屋を間違ったんじゃないかって思うよね?』
「確かに。皆、料理人には見えない」
集まった者達は筋肉妖精に負けず劣らずの屈強な肉体を持つ者ばかりであった。
それに、獣の耳が生えた獣人や、長い耳をもつ高山異人など、セレディンティア王国やウィオレケの故郷であるミラージュ公国ではお目に掛かれない種族の者達が大勢いた。
蜥蜴や狼などの使い魔もたくさん居る。
『なるほどねえ、妖精の申請があっさりと通った訳だ』
「それよりも、ここがどこの国か気になるけどね」
『確かに』
「あともう一つ、気になることがあるんだけど」
『何?』
迷宮に入ってから言語関係もおかしいとウィオレケは思っていた。
彼が扱える言語はセレディンティア王国と、他に三ヶ国ほど。盗品一覧にあった国の言葉は喋れないのだ。
よって、イクセルン国のパラティエ公やシュリオン共和国のクライナとは会話出来る訳がなかった。
しかしながら、意志の疎通は問題なく取れた。何かしらの術式があるのか、言語関係で困ったことはない。
「言語共通の魔術なんて、聞いたことがない」
『そうだねえ』
何もかもが無茶苦茶と、ついにウィオレケは考えることを放棄した。
アイテム図鑑
怪植物(根菜類)
一口大に切ってさっと湯がき、塩を振って食べるだけでも美味しい。(多分)
葉っぱは色鮮やかなので、サラダの色どりにも使えるよ!(多分)




