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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第七章 お宝と迷宮と……
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九十五話

 翌朝、ウィオレケは早い時間から目を覚ます。

 義兄に借りていた上着を脱いで、昨晩のうちに洗濯して魔術で乾かしていた下着や服を着込んだ。洗面所で歯を磨き、顔を洗ってから、一晩借りていた服も洗って乾かす。

 居間に行っても、当然ながら誰も起きていない。

 彼が早起きをしたのは、理由があった。


『あ、おはよ~』


 ウィオレケに遅れてリリットとクライナがやって来る。

 時刻は日の出前。早すぎる朝であった。

 少年少女・妖精が早起きをした訳とは、本日の探索で食べる昼食作りをする為である。


 各々エプロンを掛けて調理場に立った。

 弁当を作り前に、一つだけ問題が生じる。

 材料は豊富にあったが、肝心のパンがない。昨日、ある分は全て食べてしまったのだ。

 ちなみに、食材は毎日どこからか届くという。詳細についてはクライナも知らなかった。


『パンかあ~、作り方、知らないなあ~』

「申し訳ありません、わたくしも」


 困ったことに、さすがのウィオレケもパンの作り方を知らない。

 幸いにも、彼らには素晴らしい道具が手中にあった。

 そのことを思い出して、リリットは一度部屋に戻る。

 数分後。

 戻って来たリリットの手には、とある国宝があった。


『ウィオレケ、鳴らすよ』

「……」


 リリットが両手で抱えているのは、クレメンテから預かった品であった。

 細長い柄に、釣り鐘状の花形の鐘が付いた、妖精を呼び出す為の道具、『妖精の鐘フェアリ・クロッシュ』。


 クライナは筋肉妖精マッスル・フェアリに料理を習っていた。

 パンの作り方を教えて貰おうと、召喚することにする。

 リリットはウィオレケが心の準備が出来たと、頷いたのを見て、カランカランと二回、鐘を鳴らした。

 その刹那、周囲は光に包まれる。


「――な!?」

『!?』

「まあ!」


 光の中から現れたのは、二人の妖精おっさん


 リリットは『ヒイッ!』という悲鳴を寸前で呑み込んだ。


 『妖精の鐘フェアリ・クロッシュ』は鐘を一度鳴らせば一人の妖精が出てくる、という仕組みだったらしい。

 顔が引き攣っている二人などお構いなしに、クライナはパンの作り方を教えてくれとお願いする。

 優しい筋肉妖精マッスル・フェアリはお安い御用だと、快く引き受けてくれた。


 作るのは、白い小麦から作る丸いパン。昨日の食卓に上がっていたのと同じものだ。


「それでは、妖精のお姉様方、よろしくお願いします!」


 一人は、長身で長い髪を頭のてっぺんで結んだいかつい顔の妖精。

 もう一人は、髪を刈りこんだような短髪に、顎髭を生やした渋い雰囲気のある妖精である。

 二人とも、普通のおっさんにしか見えないのは自分の心が濁っているからなのかと、ウィオレケは隣に居たリリットにだけ聞こえる声で呟く。

 だが、その点に関してはリリットも同様であると告げた。

 妖精の目には筋肉妖精マッスル・フェアリは種は違えど、同族にしか見えない。彼女おっさんらは妖精の特徴である清い精神を持ち、光輝く魂を持っていた。けれど、人間界暮らしの長いリリットは、感覚が人に近しいものになりつつあった。故に、目の前の妖精はおっさんにしか見えないのである。

 一方で、神殿から出ることなく育ち、俗物に染まっていないクライナには、筋肉妖精マッスル・フェアリが普通の妖精にしか見えていない。

 双方、なんとも悲しい現実であった。


『ま、だから気にすることないと思う』

「……ありがとう」


 作業を始める前に、クライナは棚の中から大柄な妖精用のエプロンを取り出して手渡した。

 エプロンを纏った妖精達の姿を見て、ウィオレケは顔色を悪くする。


 妖精は袖が無くて丈の短いドレスを纏っている。その状態でエプロンを纏えば、下に何も服を着ていない、全裸エプロン状態にしか見えなかった。


『……手元だけを、見れば、耐えられる、かも?』

「……分かった」


 なんとか妖精の全体図を視界にいれないようにしながら、調理開始となる。


『まずは、材料である粉の分量を量ります』


 妖精は繊細な手付きで粉を量り出す。

 大きなボウルの中にぬるま湯、砂糖、酵母と卵を入れてしっかりと混ぜ合わせ、その中に小麦粉と塩、バターを入れる。

 生地が纏まってきたら、粉を振った大の上に出して捏ねていく。


『ここから、生地がつやつやになるまで捏ねるのですよ』


 妖精おっさんのごつごつとした手が、生地を器用に捏ねる。

 生地を伸ばして千切れなかったら、仕上がった証拠。

 

『では、生地から空気を抜きますね』

『皆様、少し、お下がりになって』


 クライナがさっと避けるのを見てから、ウィオレケとリリットも後に続く。


 再び粉を振った台に、生地を叩きつけるのだ。


 二人の妖精おっさんは、パン生地を頭上まで上げて、台に向かって全力で振り落とす。


『ぬん!』

『そぉい!』

『ふんぬっ!』

『どっこい!』


 雄々しい掛け声を発しながらビタン、ビタンと、何度も生地を力強く叩きつける様子を、リリットとウィオレケは切ないような表情で見守っていた。


その後、一次発酵を行う。

 時間が勿体ないので、魔力を使って短時間で発酵を終わらせた。


 発酵が終わった生地は、二倍以上の大きさにまで膨らんでいた。


ボウルの中で膨らんだパンを拳で潰さなければならない。

 一人の妖精おっさんがボウルを両手で押さえ、もう一人の妖精おっさんが拳を高く突き上げて、下ろす。


『――ふ、ぬぅん!!』


 どっという鈍い音と共に、パンは見事にへこんだ。


 空気抜きが終わった生地は丸く整えて、鉄板に置いていった。

 布を被せて少しだけ生地を休ませてから二次発酵をさせる為に、魔術を使って促していく。

 発酵の終わったパンはさらにふっくらと膨らんだ。表面に卵黄を塗ってから、竈の中で焼く。


 竈の中からは、生地が焼ける香ばしい香りが漂っていた。

 十数分後、鉄板を竈から出せば、ふっくらと焼きあがった丸いパンの完成となった。


 クライナは筋肉妖精フェアリ・マッスルにお礼を言った。

 役目を終えた妖精おっさん達は笑顔で消えていく。


「さあ、お弁当を作りましょうか!」

「……あ、うん。そうだったね」

『なんだろう、何もしていないのに、この、疲労感は』


 ぶつくさと言いながらも、弁当作りに集中することにした。

 作ったものは、鳥の肉を焼いて甘辛く味付けしたものを、葉野菜と薄く切ったチーズと一緒にパンに挟むという、迷宮内でも食べやすいものである。

 途中でリリットが甘いものも食べたいと言うので、クリームチーズとベリージャムを挟んだパンも追加で作った。

 弁当箱の中に詰めていく。

 その時間帯になれば、クレメンテやリンゼイも起きて来た。


 朝食は昨日の残りのスープと、カリカリになるまで焼いたベーコンに目玉焼き、パンというシンプルなものにした。

 あつあつの紅茶には、砂糖とミルクをたっぷりと注ぐ。


 朝食が終われば、すぐに次の階層へ行くことになった。

 クライナは準備をする為にここに残る。

 転送陣を敷いて、ちょこちょこ戻れるようにして貰った。


「では、お疲れの際はいつでもこちらで休まれて下さい」

「ありがとうございます。助かります」


 クレメンテは深々と頭を下げた。

 次の階層へと続く階層をクライナに案内して貰う。

 ここでも、行き止まりのような場所に行き当たったが、僅かに凹んでいた石を押せば、扉が現れる。


 一行はクライナと別れて、三層目に降りて行った。


 ◇◇◇


 長い階段を下って行く。

 下に行くごとに、ひんやりと肌寒いような環境に変わっていった。


 そして、今回も大きな扉に行き着く。


 ここでも、扉の上には看板があった。


 ――これより先は、『王の宴レイ・ピール


 王の宴に関連するものは一つしかない。

 『竜の肉塊ドラク・ヴィアンド』。

 シルヴィア国国王の、戴冠日に限定して国王の食卓に上がるという食材である。


 一体、この先にどんな仕掛けが待っているのか。

 嫌な予感しかしない、一同である。

 リンゼイはうんざり顔で、吐き捨てるように言った。


「もうなんか、嫌なんだけど」

「先ほどのような仕掛けは参ってしまいますね」

『確かに』

『ミンナガ、離レ離レニナルノハ嫌ダナ~~』

「先に進む前に、少し、シルビア国について調べた方がいいのかもしれない」 


 一応、王族名鑑を見て、拗れた事情や代わり者が居ないかどうかの確認をした。


 しかしながら、中に書かれてあるのは差し障りのない内容であった。


『まあ、国の恥になるようなことなんか書かないよね』


 とりあえず、何が起こっても動揺しないで冷静な対処をするということを目標にして、先に進むことにした。

アイテム図鑑


妖精のパン


妖精おっさん特製のパン。

ふっくらもちもちで、美味しいよ!!

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