九十三話
リリットはリンゼイを『鑑定』の力で視てみる。
『あ!』
皿の上に横たわる美女の情報はぼやけていて読み取れなかった。
クレメンテやウィオレケの情報は読み取れたので、目の前に居る存在がリンゼイとは違うものだということになる。
クレメンテは神官の少女達の元へ大股で近づく。
そして、リンゼイはどこかと静かな声で訊ねた。
「――ふふ、ばれてしまいましたわ」
「!」
『わわ!』
突然ぐにゃりと歪む景色。
絢爛豪華な調度品や内装、謁見の間に集まった民など、その場にあったものが消えていく。
皿の上のリンゼイでさえも。
『ま、まさか、空間とか引っくるめて、全部、幻術だった、の?』
少女を見れば、彼女の姿もまた歪んでいく。
二人居た神官は、一人に減っていた。
「――リンゼイさん!!」
そしてただの石造りの部屋には、空になった『女神の大皿』以外何もなくなった。
そんな中で、煙のようなものが立ち込めて、中心から何かが出てくる。
突然現れたのは、大きい水晶のような物で、中にリンゼイが囚われていた。
パクパクと、リンゼイが何かを喋っていたが、何も聞こえなかった。
クレメンテが外側から水晶に触れたら、あっさりと消えてなくなる。
「リンゼイさん!」
「あ、わっと!」
その場にたたらを踏むリンゼイを、クレメンテが受け止める。
「リンゼイさん、良かった」
「あ、うん」
クレメンテは受け止めた体をぎゅっと抱きしめる。
リンゼイは体を硬くしていたが、特に抵抗をすることなく、されるがままになっていた。
ウィオレケの咳払いでクレメンテはハッとなり、慌てて離れる。
「な、なんて、素晴らしい愛」
神官の少女がうっとりとした表情で呟く。
先ほどと口調も違えば、雰囲気も違う。美少女であることに変わりはなかったが、普通の年頃の子供のように見えた。
リンゼイはつかつかと少女に近づき、文句を述べた。
「おかしな術で閉じ込めてくれてありがとう」
「とんでもないことですわ」
にっこりと可憐な笑顔で返す。
ふてぶてしい態度を取るので、リンゼイはジロリと少女を睨み付けた。
リリットは地面に落ちていた紙片に気付いた。書かれてあった文字を見て笑いそうになる。
リンゼイ・アイスコレッタ 役名:観客
『まさかの端役……』
そう呟いてから、怪植物の存在を思い出した。
壁側を見てみれば、リリットの言いつけ通り張り付いたまま大人しくしている健気な姿を見ることに。
『あ、うわ、メルヴ、ごめん!』
『モウ、終ワッタ?』
『終わった終わった!』
慌てて怪植物を迎えに行くことになった。
一同は少女を取り囲む。
物怖じしない様子を見せていた。
「みなさま、ありがとうございました」
神官の少女は楽しませて貰ったと、深々と頭を下げた。
事情を説明しろと問い詰めれば、簡単に口を割ってくれる。
「わたくしは、かの国の神官でしたの」
リリットが少女の名前を聞けばそんなものはないという。
「生まれてからずっと、神を助ける官職に就いており、神官と、それ以外に自らを示す言葉はありませんでした」
かつて、シュリオンは神を王に据えて、民が信仰するという国であった。
神の王には、不思議な術を使う神官が仕えていた。
少女は神の右腕となる、第一神官を務めていたと話す。
信仰という名の洗脳の下に、長い月日の中で国は成り立っていた。
厳しい税率に過酷な労働、首都であるのにも関わらず、華々しさは皆無であった。
苦しい暮らしであったが、彼らにとってそれが生まれた時からの日常で、普通のことであった。
しかしながら、ある日、神に逆らおうとする者が現れる。
この世に生き神など居ないと主張して、豊かな生活をすることを望んだ。
強い信仰心を持つ民達はその言葉を初めは聞き流していたが、ある日、都で厄病が流行ったことをきっかけに目を覚ます。
厄病で多くの人が死んだ。
民は神に祈ったが、何もしてくれなかった。
当然ながら、この世に神など居ない。国王もまた、民と同じ徒人であった。
王は民を助けるどころか、感染拡大を防ぐと言って、まだ生きている者達を国から追い出したり、生きたまま地に埋めろと命じた。
厄病の悪夢は一年と続いたが、異国からやって来た医者の出現によってあっさりと終息をする。
どれだけ乞うても、神は助けてくれなかった。
民は、目を覚ました。
この世に神など居ない、と。
その後、民は団結をして神王が住まう神殿を襲撃した。
神官である少女は王を助けようと寝所に走って行ったが、思いがけない展開に巻き込まれることになる。
「わたくしは、神王様に盾にされて――」
あろうことか、王は寝所にやって来た民を前に、神官の少女を人質にして国からの逃走を目論んでいた。
「悲しくなって、気が付けば、術を暴走させてしまい――」
気付いた時には『女神の大皿』の上に眠っていたと言う。
少女が居た場所は神殿の地下であった。
『女神の大皿』は祈りを捧げて女神を召喚する器ではない。古くからこの国に生まれることがある、大きな力を持つ者の荒ぶる精神を安定される為の物であった。力を暴走させれば、自動的に皿の上に呼ばれる仕様だと言う。
事態が呑み込めず、混乱した中で、彼女は一人の男と出会う。
「--そこで、かの御方と出会いましたの」
彼女を迷宮へと誘ったのは、パラティエ公に声を掛けた者と同じ、シフォン・イズルーンという男。
彼は彼女に迷宮を案内して、生活ができる場を提供した。
「お部屋には、たくさんの本があって、わたくし、何日も夢中になって読んで――」
生まれてこの方、呪術や神道の本以外読んだことがなかった少女は、きらびやかな創作の世界にのめり込んで行った。
自分も物語の住人になりたい。焦がれるような恋を見てみたい。
そんな願望が形となったのが、この『童話の城』という訳である。
「あの、今、国はどうなっているか、ご存じでしょうか?」
「共和国になった」
「まあ!」
ウィオレケが少女に説明をする。
神を名乗る王は処刑され、普通の人と変わらないことも証明される。
神国を名乗っていたシュリオンは、主権が複数ある国へと変わった。
「では、わたくしにはもう、帰る場所がないのですね」
「……」
神に仕えることしか知らない少女は、いつか国に帰ることを考えていた。
しかしながら、彼女が生きてきた国は別のものに生まれ変わっている。
当然ながら、神官の位なども、廃止されていた。
そんな少女に、ウィオレケはある提案をする。
「だったら、私の母上にでも仕えるといい」
「え?」
「横暴さであれば、かつての神王にも匹敵するだろう」
「!」
少女の使う幻術はとても珍しいものであった。
公国で保護するべきだと、ウィオレケは言う。
「わたくし、何も持っていませんのに、お役に立てるのか、どうか……」
「あの術は、見事なものだ」
「!」
ウィオレケの言葉を聞いて、少女の頬がさっと紅く染まる。
『ねえ、ウィオレケ、せっかくだから、この子の名前を考えてあげたら?』
「は?」
「名前を、戴けるのですか!?」
「!」
何を言っているのかとリリットを見上げるウィオレケに、嬉しそうに手を胸の前で握り締めて喜ぶ少女。
期待の眼差しを受けて、後に引けなくなったので、真剣に名前を考えることになった。
「――クライナ・フォーゲライン」
「まあ、家名まで! 素敵!」
生まれて初めて自らの名前を付けて貰った少女、クライナは嬉しそうにしていた。
最後に、物語の世界へ巻き込んでしまったことを謝罪する。
「おかげさまで、素敵な思いをすることが出来ました」
「……ええ、それは、良かったです」
「……まあ、事情が事情だしね」
今回の件について、あっさりと水に流す夫婦。
リリットや怪植物も同様の思いであった。
『でも、なんでウィオレケが国王様だったの?』
「え、それは――」
ウィオレケの顔を見て、再び頬を染めるクライナ。
彼女は話す。
「最初は、王様役ではありませんでしたの」
ウィオレケに振られた役は『神官そのニ』。
だが、一晩中本を読んでいてふらついていたクライナを見つけたウィオレケが、体を支えて心配をしてくれたのだ。
「なんて、お優しい方なのでしょうと、感動しまして」
ウィオレケみたいな人が仕える国王だったら良かった、そんな願望によって配役も変わってしまったという。
『な、なるほどね』
少年と少女。
並んだ姿を見てみれば、お似合いなように見えた。
リリットはニヤニヤしながら観察していたら、ウィオレケに睨まれてしまう。
「ま、とりあえずは、母上の所で保護をして貰うということで」
リンゼイが話を纏める。
『女神の大皿』は返して貰うことになった。
「これに荷物を詰めて、準備をしておいて」
「こちらは?」
「なんでも収納しちゃう魔法の箱」
「まあ、素敵」
部屋にある本も好きなだけ持ち出すようにと勧めておいた。
アイテム図鑑
命名
クライナ・フォーゲライン。
異国の言葉で『小鳥』という意味。
彼女は新しく生まれ変わり、自由な大空へと飛び立とうとしていた。




