八十九話
リンゼイは得体の知れない、自らよりも体の大きな妖精に恐怖を覚え、クレメンテの腕にしがみ付いた。ガシャン、と重たい金属音を鳴らしながら鎧男の体が強張ったことは気付いていない。
「ウィオレケ、ねえ、どうすればいいの?」
「いや、私に聞かれても」
『リリットサ~ン、対策アル~?』
「いや、ごめん、わたしも分かんないわ」
そうこうしているうちに、筋肉質な妖精は一行の目の前に辿り着いた。
軽やかに跳ねながら着地をする。
ふわりとスカートが揺れて、腿から上が露わになりそうになり、照れたような表情でそっと布地を両手で抑え込む。
そのような動作を妖精がしたならば、可愛らしく見えただろう。
残念なことに、目の前の妖精は女装をした筋肉質な中年男性にしか見えない。
気分を害せば何をしてくるか分からないので、皆、必死に悲鳴を呑み込む。
恐れ慄いたリンゼイは更にクレメンテに接近をしてぎゅっと抱き付くような格好になっていた。
一方で、抱き付かれた方は沸騰した鍋の蓋が揺れるように、カタカタという金属音を鳴らしている。
普段だったら彼の挙動不審を周囲の者達は生暖かい目で見守っているが、今日ばかりはそれどころではなかった。
ウィオレケはそっと視線を下に移す。そんな少年にしがみ付いていた怪植物は嗚咽を漏らしていた。
筋肉妖精は乱れていた頭髪を撫でつけ、口許の髭をちょいちょいと整えてから、突然の訪問者に微笑みかけた。
『あなたたちは?』
拙いような喋りであったが、野太い親父の声である。
誰も返事をしないので首を傾げたら、関節がボキリと鳴った。その音に怪植物が『ヒイ!』と悲鳴を上げる。
『ああ、先に自己紹介をしなきゃね』
妖精はスカートの両裾を掴んで、膝を軽く曲げる。
『わたくしの名は、エリン』
にっこりと微笑みかけてくる妖精。
リンゼイはクレメンテの肩を叩き、返事をするように促した。
「あ、ど、どうも、初めまして」
クレメンテはここに居る者達の紹介をする。
妻のリンゼイに、義弟のウィオレケ。友達のリリットに怪植物。
この場には迷い込んできてしまったと伝えてから、剣の柄から手を放して敵対心がないことを態度で示す。
『まあまあ、大変でしたね。でしたらこちらへどうぞ、お休みになって行かれてはいかがかしら? たくさんのご馳走がありますのよ』
「あ、はは、それは、どうも」
奥では宴会が行われているという。
湖の回りで踊り、美味しい果物や花の蜜を飲むという楽しい集まりだと妖精は言っていた。
妖精の導きのよって案内されたのは、魑魅魍魎、もとい、筋肉妖精達が円になって舞い踊るという、異空間であった。
湖の脇には、花のような楽器を持って演奏をする筋肉妖精が居る。
「――これは」
なんという悪夢。
誰もがそんな風に思っていた。
その場に座るように勧められて、妖精の舞を特等席で眺めることになった一行。
皆、目の前の光景を見ているようで、全く見ていなかった。
唯一、妖精に『奥様と、仲がよろしくって、素晴らしいですわ』と言われたクレメンテだけが、見苦しい舞を見ながら、浮かれた様子で居る。
そんな中で、舞を眺めていたクレメンテはあることに気付く。
「あの、リリットさん、少し、調べて欲しいことが」
『な、何?』
「先ほどから一人だけ、なんか違和感があるんです」
『いや、全体的に違和感しかないんだけど!』
白目を剥いていたリリットは妖精の舞を見た。
手先を優雅に動かしながら踊る妖精達は、とても楽しそうな表情で居る。
六名の筋肉妖精が優雅に円を描き、舞い踊っていた。
六名が六名共、露出度の高いドレスを纏った屈強な体を持つ中年男性であった。
だが、クレメンテの言う通り、妖精の中に違和感を覚えるリリット。
『あ!!』
そして、気付く。恐ろしい事実に。
『リンゼイ、大変!』
「き、聞きたくない!!」
『も、もしかして、気付いてた?』
「……」
その言葉を聞いて、ウィオレケは舞に視線を戻したが、気持ち悪い光景が広がっていることに変わりなかった。
違和感とは、一体……。
リリットが小声でウィオレケに教えてあげる。
『あのね、あの中に、一人だけ普通のおじさんが混じってるっぽい』
「はあ!?」
ウィオレケは改めて輪舞の様子を眺める。
だが、彼の目には変態的な格好をして踊る親父の集団にしか見えなかった。
『一人だけ、おじさんが居るでしょう?』
「いや、全員中年男性にしか……」
リリットは説明をする。髭が生えていて、黒い頭髪を後ろに撫でつけた人物が妖精ではなく、普通の人間だと。その言葉を聞いたウィオレケは目を凝らして見てみた。
「――うっ!」
『頑張って!』
目に毒な光景を、集中力を高めながら眺める。
リリットの言う通り、黒髪を持つ親父の舞だけがぎこちない動きをしていた。それに、背中から生える翅が動いていない。周囲の妖精達が持つものと同じような色合いであったが、作り物だと言うことが分かる。
「やっと、把握した」
『ねえ、普通のおじさんが混ざっているでしょう?』
「ああ」
あの人物こそが国宝『妖精の鐘』を盗んだ人物に間違いはない。
「ね、ねえ、杖で、殴ればいいと思う?」
リンゼイはいつの間にか杖を取り出して、両手で握りしめていた。
慌ててウィオレケが止める。
しかしながら、この状況から打破する方法が思いつかない。
相手が襲い掛かってくれば、どんな目に遭うかも分からないのだ。
「は、話し掛けて、みますか」
「話なんか、通じないでしょう? リリット、どうなの?」
『いや~、どうかな、分かんないね』
「……」
リンゼイは妖精の舞に熱心な視線を向けている弟へ声を掛ける。
あまり真剣に見ていたら、夜夢に観るから、と。
「あ、姉上、王族名鑑」
「は?」
「王族名鑑を」
「持ってないって、そんなもの」
「姉上の道具箱の中に入れているから、貸して」
「え、いつの間に?」
リンゼイは腰のベルトから道具箱を外してウィオレケに差し出す。
素早い動きで受け取って箱の中を探り、一冊の本を取り出した。
世界各国の王族情報が書かれた分厚い本をパラパラと捲って、とある国の情報が書かれたページを食い入るように見ている。
その隣に座っていたクレメンテとリンゼイが、何かを察する。
二人とも額に青い顔をしながら、汗が浮かんでいた。
本にあった肖像画を見たリリットや怪植物も気付く。
『も、もしかして?』
「……」
『王族ノ本ニ載ッテイル人ナノ~?』
ウィオレケが視線を落としている先には、立派な髭を持ち、髪を整髪剤で撫でつけている威厳たっぷりの中年男性についての絵と記述があった。
イクセルン国、国王陛下の弟であり、パラティエ公爵、白妖騎士隊の元隊長、『アシル=ルイ・パラティエ』。
国民から英雄と言われた誇り高き王族と、目の前で踊る妖精の格好をした中年男性は同一人物にしか見えなかった。
「どうすればいいんだ……」
少年の問いかけに対して、答えられる者は居なかった。
『妖精の鐘』はイクセルン国の所持物。身内が持ち出した物ではあるが、国王が盗まれたと主張するので、盗品という扱いになっている。
「とりあえず、話し掛けてみますか?」
『クレメンテ、勇気あるね』
「このまま踊りを眺めている訳にはいきませんから」
相手が王族だということで、クレメンテは武器を地面に置き、兜を外してから立ち上がる。
「ちょっと、武装を解くなんて」
「リンゼイさん、大丈夫ですよ。武装をしていないのは相手も同じですし」
「……」
心配そうな顔で見上げるリンゼイに、クレメンテはしゃがみ込んで耳元で囁く。
「実は、武器を使わない近接戦闘も得意なんです。だから、心配しないで下さい」
「!」
その一言だけを伝えてから、クレメンテは妖精の格好をした人物に話し掛けた。
残念な男は、リンゼイの頬が紅くなっていることに気付かない。リリットとウィオレケはクレメンテの背中に切ない眼差しをむけていた。
妖精の踊る輪に近づき、目の前を通過した男性に話かけた。
「パラティエ公」
舞踏の最中に、名前を呼ばれた中年男性は立ち止まる。
じっとクレメンテの顔を見据えていた。
アイテム図鑑
王族名鑑
世界の王族の情報がざっくり分かる本。
リンゼイの道具箱の中にウィオレケがこっそり忍ばせたもの。
他にもいろいろな本や道具などが本人に知られることなく入っている。




