九話
リンゼイは妖精から貰った指輪を装着する。これは特定の妖精を呼び寄せるのに必要なことであった。
召喚の儀式に花を使うのは、消費魔力軽減の効果がある。
クレメンテの視線を感じて深いため息を吐いたが、気分を入れ返るために胸に手を当てて自らを落ち着かせる。
妖精術の基本的な印を人差し指で宙に円を描くように文字を綴ってから、胸の前で手と手を握り合わせて詠唱を始める。
『求めよ、求めよ、求めよ、さすれば汝は求めるものを受け取るだろう。叩け、叩け、叩け、さすれば叩いた門が汝が汝の為に開かれるだろう』
初期呪文が完成すれば、先ほど組んだ魔法陣が光でなぞられるように出現する。
リンゼイはその周囲をくるくると踊るような足取りで回る。
ただ、踊っているだけに見えて、地面に着いた足先で呪文を刻んでいた。
軽やかなステップを踏みながら体を捻るたびに、ドレスのスカートがふわりと膨らみ、舞踏を華やかなものに演出しているように見える。
呪文の一節が終われば手を叩いて区切り、また次の術式へと移る。
手拍子しつつ踊りながら、歌を謳うのも忘れてはいけない。
『春の歌』は森の芽吹きを知らせるもので、歌えば春がやって来たと思って妖精がやって来るのだ。
召喚の儀式が終われば、魔法陣が発光して術式が発動する。
「――と、こんなもんなんだけど」
リンゼイが振り返れば、クレメンテはハッと肩を震わせた。
妖精召喚の歌と踊りに見惚れていたことを自覚して、そっと視線を逸らす。
「なんか、すんごく童話的でしょう? この年になってからやるのは辛いものがあるよね」
「い、いえ、そんなことはないです」
「そう?」
「はい。とても、神秘的だったというか」
「だったらいいけどね」
そんな会話をしているうちに、光の中心では小さな人型が浮かび上がる。
リンゼイが手の平を二回叩けば、光は霧散して消えて無くなった。
『――わたしを呼んだのは、誰?』
「私」
『ん?』
花瓶に挿した花にちょこんと座るのは、幼い少女のような姿をした妖精であった。
ふわふわとした金の髪に、透けるような白い肌、好奇心に充ち溢れた青い目を持っている。背中からは四枚の半透明の羽根を持っていた。
絵本の世界の住人のような妖精の姿に、クレメンテは夢を見ているような感覚となった。
一方のリンゼイは当然のごとく、妖精を迎えている。
『あれ、この感じ、もしかしてリンゼイ?』
「そうだけど」
『うわ、びっくりした!! 全然昔と違う!!』
「まあ、十八年も経てば成長もするよね」
『あ、そっか、成長! ニンゲンって不思議だねえ』
「あなたの方が不思議なんだけど」
『お互い様ってことね!』
リンゼイが呼び出したのは幼少時に呼び出した妖精だった。久々の再会に、話も盛り上がってしまう。
心行くまで近況を語った後で本題に移る。
「それで、あなたの涙が欲しいんだけど」
『え、涙とか何千年も流していないんだけど、出るかな~?』
「……あ、そうなの」
これは困ったことになったと、リンゼイは後頭部を掻こうと思ったが、きっちり結われていることに気づき、挙げた手は不自然に宙を彷徨う。
「何千年前は、どうして泣いたの?」
『世界樹が枯れかけたんだよねえ』
「重ッ! そら泣くわ」
『大変だったな~、あの時~』
妖精の涙は魔術師業界の中でも希少品とされている。魔道具店に売り付ければ高値で買い取って貰えるが、魔術師たちは手に入れたら真っ先に自分で使うので市場にも滅多に流通しない。
「どうしようかな」
『そんなに必要なの?』
「まあ」
妖精はふわりと飛翔する。リンゼイが手を差し出せば、その上にちょこんと着地をする。
『そうだねえ……』
小さな手を組んで首を傾げる妖精。
そして、一言。
『羽根を、千切ったら泣くかも』
「え!?」
『いいよ、はい、どうぞ』
「いやいやいや!! 無理無理無理!!」
『ひと思いに、四枚全部』
「一枚じゃないの!?」
首を振って妖精の提案を断るリンゼイに、妖精はすぐに生えるから大丈夫だと言った。
『リンゼイの願いは叶えたいし』
「そんな残酷なこと、出来ないってば!」
あまりにも強引に勧めるので、リンゼイの方が涙目になってくる。
『あ~あ。リンゼイ、泣かないでよ』
「だって、酷いことを言うから!!」
妖精はふわりと飛び上がり、リンゼイの眦に浮かんだ涙を両手で拭ってやる。
『それはそうと、背後で壁紙と同化しているニンゲンを紹介してくれる?』
「あ、ごめん。なんか気配なかったから忘れてた」
「……」
リンゼイは妖精にクレメンテを紹介した。
「あ~、えっと、クレメンテ、一応、私の夫なんだけど」
『え!? リンゼイ、結婚してたの!?』
「まあ、色々あって」
『リンゼイ、魔王と結婚して、尻に敷いて、世界征服するって言ってたのに!?』
「そ、それは、子供の頃の話!!」
『な、なのに、こんな、存在感のないニンゲンと、け、結婚、するなんて!!』
妖精はお腹を抱えながら笑い出す。
「あ!!」
妖精の眦からキラリと輝くものが浮かび、頬を伝って転がる。それは、次から次へとポロポロと地面に落ちていった。
欲しかったものがあっさりと目の前で大量生産されていく。
妖精は笑い過ぎて涙を流していた。
『よ、良かったねえ。おめでとう、リンゼイ!』
「……」
笑い過ぎて涙を流し、妖精の涙が宝石のように結晶化して地面に落ちて行った。
『リンゼイ、世界征服は?』
「してない!!」
『ま、魔石は? お偉いさんを脅すために作るって言っていた、爆弾魔石!』
「それは作ったけど」
『作ったんだ!!』
妖精は笑い続けていた。
リンゼイは床に散らばった妖精の涙をしゃがみ込んで拾う。クレメンテも手伝い始めた。
「あの妖精、小さなときに仲良くなって」
「そうなんですか」
「ええ。なんていうか、ちょっとした暇つぶし? 夜に遊ぶ相手が欲しかったと言うか」
妖精召喚は特定の一族の一子相伝で伝わるものと言われている。
だが、リンゼイは自らの研究で妖精を呼びだしたのだと話す。
「彼女の名前はリリット・リリティア」
「さ、左様で。ご挨拶をしたい所ですが、しばらくは無理みたいですね」
「そうだね」
妖精リリットが笑っている間、黙々結晶化した涙を回収する夫婦であった。
◇◇◇
リンゼイは妖精の涙を実験室に保管をすると言って席を外した。
部屋にはリリットとクレメンテだけが残される。
『それにしても』
「?」
『リンゼイは割と理想に近い人と結婚したんだねえ』
「どういう意味でしょう?」
『隠しているつもりだけど、わたしにはわかるよ』
「……」
ふわりとリリットは飛んでクレメンテの目の前にやって来る。
『たくさんの魔物と、たくさんの人間の、血の匂いがする』
「!?」
一気に表情を硬くするクレメンテ。
それを見て、リリットはにっこりと微笑む。
『魔王と呼ばれる存在には、いくつか条件を満たしている必要があるんだけど』
クレメンテは、その中の一つを見事に通過していると、妖精は耳元で囁いた。
『どうせなら、二人で世界征服でもしてみたら? ぼんやりとしている振りをするよりは、リンゼイの心を掴めるかもしれなよ?』
リリットの言葉に、クレメンテは首を横に振った。
「私達は、薬を売ります。そんなことをしている暇はない」
『そう?』
妖精はリンゼイが戻って来る足音を聞きわけ、クレメンテから距離を取る。
『だったら、その身に纏う≪黒霧≫を先にどうにかしないとね~』
「それは――」
会話はリンゼイが部屋に戻って来たことによって中断をされる。
アイテム図鑑
妖精の涙
世界的に貴重なものと言われるアイテム。
様々な魔術に使ったり、錬金術に使ったりする万能の素材として、魔術師は喉から手が出るほど欲しいと思っている品である。




