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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第六章 忍び寄る、影
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八十七話

 急遽、作戦は変更となる。

 姉弟は視線で意志の疎通を取った。


 ウィオレケはリリットに手を伸ばして、ついて来るように言う。それから、その場でワタワタしていた怪植物モンス・フィトの体を抱きかかえて、来た道を戻るように走って行った。リンゼイの魔術に巻き込まれないような行動である。


 クレメンテが続けざまに攻撃をすれば、暗黒馬魔ドンクル・シュヴァルは魔術を撃てない。


 リンゼイは片手に握っていた杖を両手に持ち、地面に柄を付ける。

 共鳴の術式を刻み込んだ杖を地に付けることによって精霊と通じることが出来、交渉の後に魔力と引き換えにして奇跡の力を具現化すること可能となる。

 人は、それを『魔術ソルセルリ』と呼ぶ。


 一方で、魔物の使う魔術は事情が違った。

 『魔物』と呼ばれる中のほんの一部ではあるが精霊の力を借りずに、自身の体内で魔術を作り出すことが出来る個体が存在する。

 闇の力に魅せられた一握りの魔物は、清き精霊を祖先に持つと言われていた。

 暗黒馬魔ドンクル・シュヴァルも、かつては魔術師から崇められる存在であった。

 よって、その身には超常現象を作り出す術式があるが故に、長い詠唱は必要としない。


「クレメンテ、今から魔術を唱えるから。ちょっとだけ足止めをお願い。それから、頃合いを見て逃げて」

「分かりました」


 リンゼイは瞼を閉じて集中をする。

 そうすれば、手先に魔力が集まって、杖を伝って大地と繋がり、ドクリと心臓が高鳴った。

 精霊に話し掛けることばを口にすれば、全身の血は沸き立つような不思議な感覚に支配される。


 ――炎々たる赤の化身よ!


 精霊の名を呼びかければ、すぐに応えてくれる。

 リンゼイは炎属性と相性が良かった。精霊との関係も良好な状態にある。

 そういった場合は交渉の口上は省略してもいい。通い慣れた料理店などに行って「いつものやつ」と言ってから、決まった品目が出てくるような感覚で魔力を発現することが出来るのだ。

 リンゼイは術式の完成をさせる為に、早口で呪文を捲し立てていた。


 先に戦線離脱をしたウィオレケは、ある程度の距離が離れたら立ち止まる。

 抱いていた怪植物モンス・フィトを地面に下ろしてから、そこで大人しくしているように言いつけた。

 それから、義兄と姉が戦っている周囲を、途中の木の枝に紙片を挟みつつ、くるりと回って走る。

 リンゼイの炎属性の魔術が広がって火事にならないような対策の一つであった。

 なんとか術の発現前に間に合い、特別な呪文が書かれてある紙片を付けた木々を繋いで大きな防御壁を作り出すことに成功した。

 あとは怪植物モンス・フィトの回収をして、安全な位置で待機をする。


「これで、森の大炎上は防げる」

『お疲れさま!』

『中ノ二人ハ、大丈夫ナノ?』

「……多分」


 魔術を防止する効果がある外套を纏っているリンゼイはともかくとして、クレメンテの無事は祈るしか他は無い。


 念の為に、外傷回復効果がある青の霊薬エリキサを握りしめて、戦況を見守ることになった。


 ◇◇◇


 いつもの全身の毛が逆立つような感覚に、クレメンテは魔術の発動が迫っていることを自覚する。


 勘を頼りに急いで後退した。


 すると、暗黒馬魔ドンクル・シュヴァルの周囲に赤い魔法陣が浮かび上がった。刹那、真っ赤な火柱が天に向かって伸びて行く。


 ――炎壁フロガ・ヴァント

 炎の壁が暗黒馬魔ドンクル・シュヴァルの周囲を取り巻く。

 その範囲はだんだんと狭まり、対象を追い詰める。

 暗黒馬魔ドンクル・シュヴァルを焼き尽くすまで消えない炎が舞い上がっていた。

 激しく燃える炎は範囲外にある木々にも燃え移り、あっという間に辺りは火の海となった。


 クレメンテは間一髪で攻撃から逃れることが出来た。

 リンゼイの元へと走って行く。


「大丈夫!?」

「平気です」


 軽く安全を確認してから、この場から退避する。

 炎の勢いは増すばかりで、周囲の火が爆ぜる音を聞きながら全力疾走をしていた。


「これ、メレンゲに来てもらって、消さないと」

「この辺が、焼け野原に、なってしまいますね」


 走りながら、息も切れ切れに話をする。


「姉上、義兄上!」


 すぐにウィオレケ達と合流出来た。

 リンゼイは竜を呼んで消火活動を行わなければならないと言ったが、その点に関しては問題ないと言う。


「燃えるのはあの一帯だけだから。心配は要らない」

「え?」

「ウィオレケさん、それは……?」

「防御壁を張ったから」

「あ、本当。ありがとう」


 空を見上げれば、火柱が上がっていたが、勢いは衰えつつある。

 ウィオレケの張った防御壁のお蔭で森の被害は最小限に抑えられた。

 火柱が消えていくのを見届けて、ホッと一息。


「なんか疲れた」

「姉上、霊薬エリキサ飲む?」

「いや、いい」

「リンゼイさん、大丈夫ですか?」

「ええ、ちょっと慣れないことをしたから、脱力しているだけ」


 魔術の規模を小さくするように言われていたので、精霊にいつもより少ない火力でと伝えるのに時間がかかってしまったと話す。


『だったら休憩にしよ?』

「それがいいですね」


 少し休んでから先に進むことにする。

 今度は開けた場所に行って、魔物避けの魔法陣を描き、その上に敷物を広げた。

 リンゼイの道具箱の中からはお弁当に茶器、陶器のカップに木のお皿、果物に焼き菓子と食後の甘味まで出てきた。すべてリリットが用意した品である。


『リンゼイ、お茶を淹れるから、これにお湯を沸かしてくれる?』

「あなた、お茶淹れられるの?」

『そうだけど』

「ふうん」


 興味がないような返事をするリンゼイであったが、視線はしっかりと茶器にある。


『リンゼイ、ちょっと手伝って』

「いいけど」


 二つあるポットのうちの片方に入った水を温めてくれと頼まれたので、魔術で中を熱した。その後、沸騰させたポットの中のお湯をカップに注ぐ。


「お湯を先に淹れるの?」

『これはカップを暖める用』


 冷たいカップの中に温かいお茶を注げば、温度が下がって風味と香りが台無しになってしまう。美味しいお茶を飲む為に、ひと手間をかけているとリリットは話した。



『茶葉はカップ一杯につき一匙』

「あ、そんな少なくていいんだ」

「へえ、勉強になります」


 いつの間にか、真剣な眼差しの夫婦に囲まれていることにリリットは気付き、ある指摘をする。


『クレメンテ、リンゼイ、もしかして、どこかでお茶入れに挑戦した?』

「まあ、ちょっとね。お茶入れなんて簡単なものだと思っていたから、出来るものだと」

「甘い考えだったんです。結果は失敗でして」


 今の地点でかなり勉強になったと、クレメンテとリンゼイは熱心な様子で言っていた。

 いい大人が二人して何をしているのだと、ウィオレケは呆れてしまう。


『じゃあリンゼイ、そのポットのお湯は捨てていいよ』


 ポットも同様に温まった状態で淹れるのがいいとされている。

 もう一個のポットを魔術で温めて、中の水を沸騰させた。


『このぼこぼこになったお湯の方が、茶葉がポットの中で跳ねて美味しいお茶が入るんだよね』


 温めて置いたポットの中に、茶葉を匙で四杯入れる。そして、茶葉が入ったポットの中に湯を注いだ。

 その後、蓋をして布で包む。お茶を蒸らす時間も重要だとリリットは語っていた。

 葉の大きさによって蒸らす時間も変わってくる。蒸らす時間は小さな葉は短く、大きな葉は長く。蒸らしている間に、乾燥していた茶葉が十分に広がって風味豊かなものとなる。


 蒸らしが終われば、中のお茶を匙でくるりと一周混ぜてから、網目の入った匙をカップの上に置いてから茶を注ぐ。

 味が均等になるように一つのカップに注ぐのではなく、人数分のカップに少しずつ入れて回るのだ。


『はい、これで終わり! 飲んでいいよ』

「そ、そんなに手間が掛かっていたんだ」

「初めて知りました」


 ちなみに、ウィオレケは料理同好会というものに所属をしていたので、お茶の淹れ方を知っていた。


「料理同好会? ウィオレケ、あなたが?」

「……まあね」


 魔術学校では授業学科以外に研究会に所属する必要があった。リンゼイは薬学研究の会に入っていたと話す。


「なんか、すごく意外」

『魔術以外に興味があるのっていいことだと思うけどね』

「それもそうね。でも、なんかびっくり」


 弟が料理をするのも、そういった関係の同好会に所属していたことも初耳であった。


『あ、今日のお菓子、ウィオレケが作ったものなんだよ~』


 箱の中に入っていたのは貝の形をした焼き菓子である。

 店で売っているような品と遜色なかったので、クレメンテとリンゼイは驚いた。


「あなた、意外な才能があったのね」

「別に、ただの趣味だし。大したことじゃないし」

「素晴らしい趣味です」


 褒められているのに、当の本人は微妙な表情でいた。


「……」

『あれ? ばらしたら駄目だった系?』


 地味に隠していたウィオレケの趣味が、姉夫婦に知られてしまった日の話である。


アイテム図鑑


普通の妖精茶


妖精が淹れただけのお茶。

自白術(五十一話)などは掛かっておらず、特別な効果はないが、正しい淹れ方をしたものなので普通に美味しい。

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