八十五話
少し進んだ先で休憩を取る。
地面に魔法陣を描いて、簡単な魔物避けの結界を張った。
リンゼイはウィオレケから陣形や戦術について、懇々と説明されている。
驚いたことに、リンゼイは学生時代に戦闘技術の授業を取っていなかった。
卒業までの必須科目ではあったが、その他の成績が優秀だった為にいくつか免除になった学科があったのだが、戦闘技術の授業も含まれていたと言う。
「あの、私は大丈夫ですよ。魔術の気配はなんとなく分かりますし」
「は?」
ウィオレケは口を挟んできたクレメンテを睨み付けた。
「義兄上は魔術を簡単に見ている。それと、姉上に甘すぎ」
義弟に注意されたクレメンテは、激しく狼狽する。
とりあえず、頭を下げて謝罪をした。
ウィオレケはクレメンテにも魔術師の戦術について説いた。
「まず、戦闘職が違う者同士が入り乱れて戦う場合、息が合っていないと互いの足を引っ張る結果となる」
今まで、不思議なことにクレメンテとリンゼイは互いに邪魔することなく、上手い具合に戦闘をこなしていた。だが、そういう偶然に任せた戦法では、いつか大変なことになるとウィオレケは指摘する。
「戦いにおいて大切なのは戦略と戦術を練ること」
戦略とは勝つ為の手順である。
闘争の準備・計画・運用は前もって考えていなければならない。咄嗟の判断で集団行動を行うことなど不可能なのだ。
戦略が固まれば、戦術について話し合う。
戦術は個人の戦闘能力を最大発揮出来るよう、方針をしっかり固めなければならない。
「基本は前衛が攻撃をしてから、相手の反撃を受ける前に回避をして、その間に魔術を撃つだけなんだけど」
タイミングが合わなければ魔物共々魔術に巻き込まれて悲惨なことになる。
魔術師は呪文を唱えているので術の途中に合図を出すことが出来ない。よって、前衛で戦う者が気に掛けなければならないのだ。
クレメンテはリンゼイの術が発動すれば、背後から圧迫感を覚え、なんとなく攻撃が迫っているのではと察することが出来ると言う。
「そういうの、初めて聞いたんだけど」
「そうなんですか?」
「もしかして、野生の勘ってやつなの?」
「姉上、本気で言ってる?」
「まあ、わりと」
適当な陣形、適当な戦闘方法、適当な連携で今までよく怪我をしなかったなと、義兄の運動神経と勘の良さにウィオレケは感謝した。姉にも反省するようにと言う。
「そもそも、魔術師の方と共闘される方は一体どのようにして上手く戦っているのでしょうか?」
「大抵は魔術師が魔術の接近を知らせる魔道具を渡すようになっている」
「へえ、そうなんですねえ」
「知らなかったわ」
「……」
覚えの良い前衛は数日身に着けて置けば魔術師の癖などを覚えると言う。
魔術師もまた、相手の動きを覚え、タイミング良く魔術を撃つようになる。
「互いの戦闘技術について話し合うのも大事だから」
ウィオレケは義兄に姉の癖について聞いてみる。
「リンゼイさんはですね~、戦闘中、気付いたら隣にいて、杖を振り上げている時があるんですよねえ。もう、色んな意味でドキッとして」
「……」
「……」
ウィオレケは姉を横目で見る。
責めるような眼差しだったので、リンゼイはクレメンテの背中に身を隠した。
「姉上」
「せ、世界一硬い、水晶だから」
「杖の強度を聞いているんじゃない!!」
「ご、ごめんなさい」
「義兄上に謝って!」
「クレメンテ、ごめんなさい」
「い、いえ、お気になさらずに……」
ウィオレケは情報の整理に努める。
とりあえず、姉のよく使う魔術について把握することにした。
・黒の大砲
杖の先端から砲丸を放つ魔術。対象に着弾した後に爆発をする。
範囲:大
・炎玉
大きな炎の玉を放つ。
範囲:大
・炎壁
周囲を巨大な円形の炎は包み込み、対象を焼き尽くす。
範囲:大
・大爆発
対象を中心に広範囲に渡って爆発を起こす。
範囲:特大
「他には――」
「ちょっと待って!!」
「何?」
「何じゃない!!」
前衛を無視した大魔術の羅列にウィオレケは眩暈を覚える。
一体どうしてこんな魔術ばかり使っているのかと頭を抱えることになった。
話を聞けば、戦場では竜を駆りながら単独で敵陣へと突っ込み、広範囲の魔術で一気に殲滅していたという。
「リンゼイさんは戦場で『セレディンティアの黒き魔弾』って呼ばれていたんですよね」
「そうなの?」
「はい、風の噂で聞きました」
ひっそりと、義兄の『鉄色の死神』という異名を知っていたウィオレケは、とんでもない夫婦だと思っていた。
「姉上、もう少しだけ威力が低い魔術は使えないのか?」
「う~ん」
一応、努力をしてみると言っていたが、怪しいものであると疑ってしまうウィオレケであった。
次の戦闘から、リンゼイは後方支援に回ることになった。
ウィオレケが攻撃魔術を担うことになる。
陣形は前衛にクレメンテ、前衛補助にリリット、怪植物は戦いの邪魔をしないように言われ、ウィオレケは後方で攻撃呪文を担当する。リンゼイも同じく後方で支援魔術を行うことになった。
相変わらず、不気味な程に魔物の気配はない。
リリットと怪植物は呑気に会話をしながら進んでいる。
『次に戦うのも大物なのかな~』
『ハア~、メルヴモ早ク大キクナリタ~イ』
『大きくなったら屋敷に住めなくなるって』
『ダッタラ、コノママデイイカモ~』
『あのお屋敷に住んだら快適過ぎて森に帰れなくなるよねえ~』
『本当ニ、本当ニ~』
非常に緊張感が削がれる、生活感溢れた内容であった。
ウィオレケは必死に魔術書の内容を思い出して、集中力を保つように努めた。
「!」
『あ!』
クレメンテとリリットが同時に反応を示す。
薄暗い森の中、魔物の気配が濃くなった。
ガサリ、ガサリと、相手が接近して来ているのが分かる。
『えーっと、あれは~、魔物樹じゃないみたい?』
「ですね」
魔物樹よりも一回り程小さい。
赤い双眸だけがくっきりと浮かんでいる。
『うわあ……』
最初に、リリットがその姿を捉える。
「何?」
『森の熊』
「来る!!」
ウィオレケの叫びと共に、森の熊と呼ばれる魔物は四本の手足を使って駆け出した。
緑色の毛を持ち、森の中に身を潜めながら獲物を狩るという森の熊は人食いの凶暴な魔物として有名である。
突き出ている左右の牙は鋭く、顎の力も強いので、噛まれたら死を覚悟しなければならない。
これも、結界の核となる魔物であった。
太い牙には黒い文字で呪文が刻まれている。
咆哮を上げながら接近して来る森の熊の口許に向かって、ウィオレケは小さな氷の飛礫をお見舞いした。
彼の杖にはあらかじめ術式を組んでいた魔術をいつでも発現出来るような仕掛けがあった。今のような緊急事態には、銃のようにいつでも攻撃が撃てるようになっている。
森の熊は突然の氷撃を受けて、少しの間怯む。
小さな氷なので、当たっても致命傷にはなっていない。軽く首を振っただけで口元に纏わりついていた氷は周囲に散る。口の中に残っていたものは噛み砕いていた。
立ち止まっている間に、クレメンテが足の腱を斬りつけた。森の熊の体はぐらりと傾く。
執念深い気性だからか、追い詰められた状況であるというのに、牙を剥いてクレメンテへと襲い掛かって来た。
剣で牙を防いだが、思った以上に力が強くて顔を顰める。
一度牙を跳ね返し、後方に下がって距離を取った。
『クレメンテ、危ない!!』
「!」
下がった先は太い棘が生える木が茂っていた。
あと一歩、後方に飛んでいたら串刺しになっていたのだ。
再び、森の熊が牙を剥く。
背後の棘の木に気を取られていたので、反応が遅れてしまった。
クレメンテは少しでも噛まれる部位を少なくしようと身を捩る。
歯を食いしばって衝撃に備えたが、想定していた痛みはない。
森の熊の横まで接近していたリンゼイが、脳天を杖で叩いており、それと同時にウィオレケの氷魔術が足元を凍らせて身動きを取れない状態にしていた。
クレメンテは動けない森の熊の首元を深く斬りつけてから、牙を折り、止めに眉間に剣を突き刺した。
最後に、リンゼイの放つ炎の壁に囲まれ、身を焼かれた森の熊はその場に倒れる。
「ねえ、大丈夫?」
「平気です。ありがとうございました」
「いえ……」
邪魔にならないように端に控えていたリリットと怪植物は、息が合ったような戦闘をする三人に拍手を送った。
早速、ウィオレケに勝利のインタビューを聞きに行った。
『坊チャン、今ノ戦闘、何点?』
「義兄上は満点。姉上は――」
据わった目で姉を見るウィオレケ。
今回もクレメンテの背を盾にして、弟の非難の眼差しから逃れる。
「き、聞きたくないかも」
次はもっと頑張るので勘弁してくれと、リンゼイは弟に頭を下げることになった。
アイテム図鑑
クレメンテ盾
弟に責められるリンゼイが身を隠すもの。
クレメンテはおろおろするだけで、さほど防御効果はない。




