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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第六章 忍び寄る、影
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八十一話

 一同は重たい足取りで客間まで向かった。

 リンゼイとウィオレケは杖を持ち、クレメンテは私室から剣を持ち出してベルトに挿していた。リリットはウィオレケの外套の頭巾の中に身を潜め、怪植物モンス・フィトはリンゼイを盾にするように後に続いている。


 明らかな武装体勢の主人らに、シグナルは首を傾げた。


 客間に到着をすれば、使用人の手によって扉が開かれる。

 リンゼイはクレメンテに顔が強張っていると指摘したが、彼女自身も弟から義兄と同じような顔つきをしていると注意された。


「リ、リンゼイさん、笑顔で、行きましょう」

「そう、ね」

「いや、二人とも顔怖いから」


 二人同時に不自然な笑顔で振り返るので、ウィオレケはビクリと肩を震わせる。

 夜、夢に出てきそうだと思った。

 リンゼイの顔が怖かったので、怪植物モンス・フィトはウィオレケの背後に隠れる。


 リンゼイはクレメンテの後に続くように一歩、客間に足を踏み入れた。

 今までにない、重たい空気に額に汗が浮かぶ。

 傍に居たクレメンテの腕を掴みながら先に進んだ。


 まず、目の前に飛び込んできたのは、長椅子に鎮座するエリージュの姿。

 彼女は見たこともないような、凶相を浮かべていた。

 そして、背中を向けているリンゼイの母、リフレからも、訳の分からない圧力のようなものが放たれていた。そこに存在するだけで、精神的圧迫を強いるなんてとんでもない人だと改めて思う。

 母親が振り返って目が合った瞬間に、リンゼイはクレメンテにしがみ付くことになった。


「久しいな、リンゼイ」

「……母上」

「人形遊びは楽しめたか?」

「……」


 その言葉を聞いて、杖を持つ手に力が入ってしまった。

 文句を言おうと口を開いたが、発言する前にエリージュから座るようにと勧められる。


 三人掛けの長椅子。

 リンゼイはエリージュの隣に座る。クレメンテはどうしようかとウィオレケを見た。


「義兄上は、姉上の隣に座ればいい」


 ウィオレケは母親の近くに寄りたくないので、少し離れた位置に居ると言った。そんな息子の言葉を聞いて、肩を揺らしながら笑い出す。


「ウィオレケ、私に顔を見せてはくれないのか?」

「……」

「これが反抗期というものか」


 一部の者以外着席をした状態で、話し合いは始まる。


「さて、自己紹介でしようか。私はミラージュ公国・王宮魔術師であり、そこな娘と背後の息子の母でもある、リフレ・アイスコレッタという」

「クレメンテ・スタン・ペギリスタインと申します」


 互いに紹介して二人の視線が交わった後、空気がピリッとしたような気がして、リンゼイは居心地悪く思った。隣に座っているエリージュの顔を横目で見れば、完全に目の前に座る相手を睨み付けている状態である。

 一体どうして彼女がこのように荒ぶっているのか。不思議でならなかった。


「本題に移ってもいいか?」

「ええ、どうぞ」

「では、遠慮なく」


 リフレははっきりと言った。リンゼイとウィオレケを国に連れて帰ると。

 結婚も公国の者は親の了承なしには認められていない。よって、書類上の記述も無効となると言い放った。


「まあ、生娘でなくとも、アイスコレッタ家の娘と結婚したい者は多いだろう。その辺は安心して欲しい」

「!?」


 明け透けな物言いをする母親を恥ずかしく思うリンゼイ。

 その前にまだ生娘だと言いたかったが、状況は不利になるような気がしたので黙っておいた。


「子供が二人も世話になったお礼はしようではないか」


 そう言いながら魔術師の外套の内ポケットから取り出したのは、アイスコレッタ家の家紋が印刷された小切手である。好きな数字を書き込むように、尊大な態度でリフレは机の上に置いて差し出した。

 先に手を出したのはエリージュであった。

 紙面に視線を落としながらふっと笑みを浮かべたかと思えば、小切手を破いて床の上に捨てた。


「お金で解決するなんて、下らないこと」

「こちらなりの誠意を見せたつもりだったが?」

「でしたら、同じように小切手を出したら、二人を譲ってくださるのかしら?」

「……」


 シンと、部屋の中は気まずい沈黙に包まれる。


 すごい、とリンゼイとウィオレケは思った。

 母親を簡単に言い負かす人がこの世界にいたのかと、戦慄をする。


「……ふん。まあ、そうだな。金で解決をする問題ではなかった」


 このような交渉ごとに慣れていないので、失礼な物言いをしてしまったと、素直に謝るリフレ。

 エリージュは畳みかけるように、子供の人生は子供のものだと言う。

 先ほどからリンゼイは母親と目を合わせないので、クレメンテに質問をしてみた。


「ペギリスタイン殿は、この結婚についてどう考えている?」


 祖国から離され、長い間契約に縛られていた娘を気の毒に思わないか?

 祖国を追い出され、慣れない異国の地で暮らす息子を可哀想に思わないかと問われる。


「私は――」


 彼にとっての幸せは、リンゼイが楽しくのびのびと暮らすことである。

 彼女が幸せだったら、形はどうであれ、自らも幸せだと思っていた。


 だが、今となってはどうだろうと考える。

 彼の幸せの形は、この一年とちょっとの間に様変わりをしてしまった。


 このまま、国に帰した方がいいことは分かっていた。

 けれど、望むだけならば構わないだろうと、自らの希望を口にする。


「リンゼイさんとウィオレケさんを国に帰したくありません」


 はっきりと言い放った言葉に、リフレは目を細める。

 魔力はからっきしで、頼りなさそうに見えたが、強い意志の籠った眼差しを受けて考えを改めた。祖国に帰っても、彼女と目を合わせることの出来る者は少ない。

 印象は変わったが、だからと言って許す訳ではない。


「娘や息子が嫌がってもか?」

「それは――」

「嫌じゃない!」


 ウィオレケは叫ぶ。

 それに、帰るつもりはないと母親の前に来て自らの考えを述べた。

 ウィオレケは今、薬屋の事業を手伝っている。学校で学んだことを生かし、充実した日々を過ごしていることを伝えた。


「ふふ、そうか」


 今度はリンゼイがどうするのかと聞かれる番となる。

 無意識のうちに、クレメンテの服の袖を掴んでいることはまだ気づいていない。

 緊張の面持ちを母親に向けて、なんとか声を絞り出す。


「私は、まだ、ここでやらなければいけないことが、あるから」

「すぐには帰るつもりはないと?」

「……」


 この国に残って、クレメンテの本当の妻にして貰うということは、水蛇ヒュドラを倒してから、言いたい言葉でもあった。

 今、この場で打ち明けるものではない。

 ぎゅっと口を噤んだ状態で、、母親の顔を見つめた。


「なるほど、な。この件については無駄足だった、と言う訳か」

「すみません」

「よい。私とて、この件だけでこの国に来た訳ではないからな」


 一体、他に何の用事があるのかと、リンゼイは聞く。


「魔導博物館に保管されていた品を、とある賊に盗まれてしまってな」

「え?」


 有給休暇を取るついでに調査をしに来たと言う。


「この国に盗賊団が来ていると?」

「と言うか、本拠地がここみたいだな」

「!?」


 とは言っても、盗賊団の多くは魔術師であり、公国出身の者である可能性もあった。他国の者である可能性も。当然ながら、魔術師が所属する国は数多に存在するので、特定はされていない。

 彼らは魔術を使い、相手を翻弄しながら世界中の宝を盗み歩いている手癖の悪い集団だと話す。


 リフレはここに来るまでに、いくつか尻尾を掴んでいた。


 一つ、盗賊団は巨大な地下迷宮に宝を隠しているということ。本拠地もその迷宮となっている。

 二つ、構成員は二十名以下である。

 三つ、盗みをする最中に、人殺しはしていない。

 四つ、おかしな幻術を操る。

 五つ、構成員の中に、人外の介入の可能性も有る。


 短期間で多くの情報を集めていた。

 しかも、迷宮の場所もおおよそではあったが、目星を付けていると言う。


「この件については、随分と前から他国より調査依頼が出ていた。だが、人手が足りないばかりに、何度も断っていたらしい」

「え、でも、公国の人間の可能性も、あるんでしょう?」

「うちの国は野良の魔術師は少ないからな」


 幼い頃から魔術師になる為の教育を受けていた公国の者達は、選民意識が高い。卑怯な手を使って欲する物を得るということは、高い自尊心が許さないのだ。

 よって、公国民の仕業ではないと、上層部は読んでいるという。


「まあ、もしもうちの国の者だった場合は訴訟問題になるな」

「……」

「つい先日まで無関係だと思っていたが、ね」


 だが、つい先日、ミラージュ公国の宝も盗まれてしまった。

 顔に泥を塗りつけられるような所業に、公国側も本気を出したという訳であった。


 とりあえずは、この件が解決するまで国に帰れない。

 母親の事情を聞いて、嫌な予感がするリンゼイ。


「ああ、いいことを思いついた」

「!」


 リフレは悪戯を思いついた子供のような顔をする。

 そして、満面の笑みで言った。


「ペギリスタイン殿よ。この件を解決してくれたら、娘と息子を進呈しようではないか」


アイテム図鑑


小切手


アイスコレッタ家の財を受け取ることが出来る無記入のもの。

エリージュが笑顔で破いた。

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