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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第六章 忍び寄る、影
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七十八話

 朝。

 侍女たちが部屋にやって来て、身支度を整えてくれる。

 いつも身に着けている溶岩の黒い腕輪に合う髪飾りやドレスなどが選ばれた。

 朝の支度が整えば、銀盆を持った女中と手押し車を押している女中がやって来た。


「奥様、お手紙と荷物です」

「ありがとう」


 銀盆の上には三通の手紙があった。二通は社交界で知り合った貴族令嬢から。一通はリンゼイの兄より送られたものである。

 手押し車に大きな荷物も兄からの品物であった。

 兄の手紙の内容だけ検めてから、食堂へと向かうことにした。


 朝食後、ウィオレケを私室に呼び出す。

 兄からの手紙を渡した。


 紙面を目で追っていたウィオレケの表情はしだいに硬くなる。

 三度、内容を繰り返し読んでから、手紙を封筒に入れて机の上に置いた。


「……これは」

「疑わしい、の一言ね」


 以前、ウィオレケが引っかかっていたことを、兄に調査を頼んでいたのだ。

 アイスコレッタ家の三男、ルイは魔道具マニアである。

 日々、怪しい商人を呼びつけては品物を買いあさり、自身も魔道具作りを生業としている。

 一応、儲けはあるようで、家からは独立をしているが、両親は良く思っていない。

 そんな兄に調査依頼を出したのは、『水蛇ヒュドラの首飾り』の行方について。

 一度、アイスコレッタの屋敷にルイを訪ねてやって来た商人が現れて、使用人に『水蛇ヒュドラの首飾り』を仕入れました、という伝言を残して帰って行ったという話をウィオレケは覚えていたのだ。

 その品物がどういった物であるということは分からなかったが、ウィオレケは今回の事件に何か深い関わりがあるのではないのかと疑っていた。

 兄曰く、『水蛇ヒュドラの首飾り』というのは、女性物の装身具ではなく、水蛇ヒュドラの生首を封印液シール・リキットの中に入れて保存していた物だという。


 水蛇ヒュドラには不死の頭がある。

 その伝承から、今回の事件に何か結びつくのではないかと、ウィオレケは思っていた。

 『水蛇ヒュドラの首飾り』を売っていた商人の消息は不明とのこと。

 兄の収集癖に火が付いたのか、今後も調査を重ねるという内容が綴られていた。

 国外に出ることが出来ないリンゼイは、兄を頼るほかない。


「もしも、花の妖精国の滅亡に公国の人間が関わっていたとすれば――」


 それは、あってはならない事態である。

 次なる調査報告書を待つだけの身であることを、リンゼイは歯がゆく思った。


「姉上、その包みは?」

「さあ?」


 姉弟に無関心な兄が何を送って来たのかと、気になって開封するウィオレケ。

 包装は厳重であった。

 途中で手紙が出てくる。二人の母親の筆跡であった。


「は、母上からの、手紙だ」

「嘘!? なんで……」


 リンゼイとウィオレケ、それぞれに宛てたものが入っていた。

 封を切ってから読み進める。


 リンゼイの手紙には、どうして結婚をしたのに何も手紙を寄こさないのかという叱咤が書かれていた。クレメンテには両親に連絡を取らないように言っていたが、母親が一年もの間手紙の一通もを送ってこない娘を不審に思って調査を依頼していた。

 当然ながら、ウィオレケの所在も把握することになる。


「母上にここにいることがバレたみたいだ」

「私も、結婚が……」


 落ち込む姉弟。

 父親にバレなかっただけいいことにしたが、二枚目に衝撃の一言が書かれていた。

 母親がこちらへ訪問してくると。


「嘘だろう!?」

「待って、日にちが書いていないから!!」


 怖いと呟くリンゼイに、同意するように頷くウィオレケ。


「もしかしたら、母上は姉上を国に連れて帰るかも」

「……」


 偉大なる魔術師として名を馳せている姉弟の母親なので、国が結んだ契約の縛りなど一瞬で解くことが出来るのだ。


「……私は、誰が何を言おうと、公国には帰らないから」

「え!?」


 それは、水蛇ヒュドラの討伐が終わっていないからかと聞けば、違うと首を振る。


水蛇ヒュドラを倒すことが出来たら、本当の奥さんにして下さいと、お願いするの」

「だ、誰に!?」

「クレメンテに決まっているじゃない」

「!?」


 ウィオレケは私室の扉を広げ、使用人にリリットを呼んでもらうように言った。

 数分後、やって来たリリットにリンゼイの『鑑定』をお願いする。


『え? リンゼイの状態? ド健康だけど』

「嘘だろう?」

『いや、本当だって』


 ウィオレケはリリットに本人を目の前にしながら、姉の異変について聞いてみた。


「姉上がおかしい」

『まあ、それはいつもの仕様というか』

「リリット、それはどういう意味?」

『はは……ごめん、リンゼイ』


 ぎこちない笑みを浮かべるリリットをリンゼイは胡乱な目で見つめていた。

 一方で、今日は違う意味でおかしいと主張するウィオレケ。


『ん? どういう意味かな?』

「姉上は、義兄上と本気で結婚をするつもりらしい」

『あ、うん。そうみたい』

「知っていたのか?」

『前に、ね』


 この時になって、リンゼイが本気で結婚について言ったことだと理解する。

 祖国に帰るつもりはないと分かり、何とも言えない気持ちになる。

 リリットに寂しいかと聞かれ、首を横に振るウィオレケ。


「あ、姉上が、本当に義兄上を好きならば、嬉しい」


 今まで姉の結婚など想像も出来なかったが、リンゼイとクレメンテはお似合の夫婦に見えていた。

 不遜で強情な姉に優しく向き合ってくれるのは、世界で義兄だけだとウィオレケは思っている。


「姉上、どうして今すぐ言わないのか?」

「あ、うん」

『恥ずかしいんだよね~?』

「……」


 『リンゼイってば可愛いなあ』とリリットが言えば、ジロリと睨まれてしまった。

 怖かったので、ウィオレケの背後に飛んで行って隠れる。


「そういえば、母上はなにを送ってくれたのか……」


 ウィオレケは最後の封を開けた。

 中からふわりと白い服が広がって出てくる。


「こ、これは……?」

「なにそれ?」

『婚礼衣装?』

「いや、違う。魔術師の外套みたい」


 婚礼衣装のような純白の外套には、銀糸で様々な呪文が刺されている。フリルやレースなどが大量にあしらわれている可愛らしい意匠であった。母親が自らの手で作り、梱包をしたのだろうとリンゼイは言う。

 丁寧に折りたたんでおらず、折角の外套が皺だらけになっていた。


『……ざ、雑』


 リンゼイは全てが母親似だったのだとリリットは思い、あの性格になってしまった責任は自分だけにはないとこっそり安心をしていた。


「それにしても、母上はいつ来るつもりなのか」

『え、リンゼイのお母さん、ここに来るの?』

「みたいね」

『へえ~、やっぱり美人なのかな?』

「姉上と母上はよく似ていると思う。顔も、性格も」

『うわ、怖いような、楽しみなような、怖いような……』


 リンゼイは今から結界でも張っておこうかなと呟く。

 無駄な抵抗は止めた方が良いと、ウィオレケは助言をした。


 ◇◇◇


 昼からはクレメンテと出掛けることになった。

 行く先は薬草茶を出してくれる喫茶店。いつの間にか常連になりつつある二人である。


 店主がやって来て、本日の状態を聞いて来る。

 クレメンテは朝から落ち着かない気分だったと言えば、神経過敏や鎮静に効果があるお茶を勧めた。

 リンゼイは喉がイガイガすると伝えれば、炎症を鎮めるお茶があるというので、注文をした。

 店主が去った後で、リンゼイはクレメンテに気になっていたことを聞いてみる。


「あなた、また心臓がドクドクしていたりしているんじゃないの?」

「あ、はい。心臓も、ですね」

「もしかして、病気なんじゃない?」

「ある意味、そうかもしれません」

「……」


 リンゼイの魔術も万能ではない。

 回復呪文の多くは外傷を治癒するもので、体の中については医術の専門分野となる。

 内科治療については医者に掛かった方が良い。

 この国の医術については微妙なところなので、リンゼイの国の医療機関に掛かるように勧めていた。


「あ、その、違うんです」

「なにが?」

「朝食の時に出掛ける約束をしてから、こんな感じになってしまったと言うか」

「……」


 つまりは、デートが楽しみで落ち着かない気分となり、ドキドキしていると。

 意味が分かったリンゼイは、頬を紅く染めて視線を逸らした。


 そうこうしているうちに、薬草茶が運ばれる。


 クレメンテにはメリッサという薬草から作られたお茶が出される。

 『心を陽気にするお茶』だと言って差し出された。


「私にぴったりのお茶です」

「そうね」


 リンゼイには喉の痛みを鎮めるコルツフットを使った薬草茶が用意された。

 喉の辺りにと留めるようにして飲んでくださいと説明される。


 おまけの生クリームたっぷりのケーキを置いて店主は去って行った。


 二人は会話もなく、たまに窓の外の景色を眺めながら、お茶を啜る。

 穏やかな午後は、苦いお茶と甘いお菓子と共に過ぎていった。


アイテム図鑑


リンゼイの純白外套


最高級の布が使われており、娘を思って用意された一品だと言える。

だが、梱包が雑でぐしゃぐしゃになっていたという残念な仕様。

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