八話
『エレン・リリイ』からの帰り道を、リンゼイとクレメンテは重い足取りで進む。
「すみませんでした。私の勉強不足で」
「別に、いいけど。無知なのはお互い様で」
「いえ、悪いのは全て私で」
「でも、あなた、少年時代からずっと戦う人だったんでしょう?」
「……」
クレメンテの無言を肯定と受け取った。
王族には一人一人、定められた役割がある。
王太子のメジュレクトは国王になるためにふさわしい教養や態度、考え方などを学び、第三王子のシンデリンクは将来宰相の席に座るために、会計学、法学、経済学、数学、外国語といった様々な学問を叩きこまれ、第四王子レンダニークは外交を行うための技術を習っている最中であった。
そして、第二王子であるクレメンテは、剣を握り戦場の前線で戦うことを国王だった祖父に命じられていた。
それは、妾腹から産まれた王子を、どうにかして亡き者にしようという意図は、本人も気づいていた。
クレメンテは過去のことは忘れようと軽く首を振る。
前を歩く妻となった魔術師の背中を見て、自分はもう解放されたのだと言い聞かせた。
「あ、そういえば!」
リンゼイは振り返ってクレメンテに話し掛ける。
「執事って色々経済とか流通に詳しい人なの?」
「彼は――ええ」
「だったら色々話を聞きましょう」
「そうですね」
午後からの予定は森へ採取に行くことから、執事に経済について学ぶことへと変更となった。
◇◇◇
クレメンテは執事、シグナル・エーリンにこれから始めようとしていた商売について話して聞かせた。
リンゼイの作った霊薬も一つ渡して効果も確認して貰う。
「――なるほど。旦那様、それはよくないですね」
霊薬の効果を実感し、これが半銅貨で手に入ることを知ったシグナルは言う。
「確かに、緑の霊薬は素晴らしい。ですが未知の薬でもあるので、半銅貨という値段設定でも売れないかもしれません」
上手く宣伝に成功して、売れた場合も別の問題が発生するという。
「それは、薬市場の崩壊です」
安価で効果絶大な霊薬が出れば、街で売っている薬が売れなくなる。
薬が売れなくなれば薬師や材料であるシシリ草を栽培している農家たちが生活に困る、ということは簡単に想定出来ると言った。
「単純な解決法として、霊薬の作り方を他の薬師にも提供して、各店が同じものを売るという方法もありますが」
「霊薬は材料の物質変化の魔術を使うから、普通の人には無理かな」
「ああ、左様でございましたか。まあ、霊薬作り方の共有も、お勧めは出来ません。別の問題が生じますからね」
シグナルは過去に起こった安価で効き目のある舶来薬を巡る事件を例に挙げた。
話を聞いていたクレメンテとリンゼイは、揃って顔色を青くする。
「ダン軍師殿の言った貴族に売るというのは良い着想かもしれません」
「シ、シグナルさん!」「え、ちょっと待って!」
「はい?」
リンゼイとクレメンテは同時に執事の喋りを止める。
「なにか?」
「あの、さっき、軍、むぐ」
「リンゼイさん、すみません!」
クレメンテはリンゼイの口元を覆い、喋りを妨害する。
「旦那様、奥様、いかがなさいましたか?」
「ダンさん、ですよね? ダンさん!」
「え? ええ、ダンさんです」
「……」
呼吸困難となったリンゼイはクレメンテの脇腹を肘で打ち、拘束から解放される。
「は、鼻と、口、両方塞いだら、息が、出来ないでしょう!?」
「ご、ごめんなさい。迂闊な行動でした」
「なんかちょっと気になる発言が聞こえたけど、もう、どうでもいい! 執事、話を続けて!」
「……承知いたしました」
薬市場を脅かす可能性のある霊薬であったが、貴族にのみ売り付けるのであれば問題は起きないと言った。
「ですが、ダン殿のお店で売っても売れないでしょうねえ」
「どうして?」
「あそこはただの雑貨屋ではなく、異国から取り寄せた珍しい品を売る店なので、お薬を売っていても異国の怪しい品にしか見えないかもしれません」
「ああ~、そっか」
どこで、どうやって売ればいいのかと問い掛ければ、夜会に参加して販売するのはどうかと提案する。
「夜会にはたくさん商人が出入りしているでしょう? そういう者達の中の一つとして、紛れてはいかがでしょうか」
「ふうん。なるほどね~」
貴族御用達の薬屋。それが、リンゼイとクレメンテの目指すものとなった。
「あと、お薬の値段は上げましょう」
「いいの?」
「ええ。旦那様や奥様がお金に困っていないことが存じていますが、安すぎる場合も、貴族の者達が疑いますので。先ほど効果を確認しましたが、銀銅貨五枚ほど頂いてもいいでしょう」
「そ、そんなに取るの?」
「はい。問題ありません。奥様の作るお薬は素晴らしい品なので」
こうして、執事より様々な助言を受けて、リンゼイとクレメンテの事業は大きな変化を余儀なくされることになった。
◇◇◇
とりあえず、緑の霊薬の大量生産は取りやめて、店の商品を増やす計画を立てることにした。
「もう一種類別の霊薬を作ることは可能でしょうか?」
「別の霊薬ねえ」
「例えば、酷い外傷を治すものとか」
以前、クレメンテは大怪我をしている状態でリンゼイから大霊薬を貰い、一命を取り留めたことを一例として挙げた。
「外傷用の霊薬か~」
「はい。上手くいけば病院や騎士隊などにも買って頂けるのかもしれません」
「それって、他の産業に影響は出ないのかな?」
「あ、そうですね。その辺はシグナルさんに相談をしてから」
「まあ、でも、旅先とか家の常備薬としてそういう薬があるのもいいかもね」
「はい」
リンゼイは頭の中で考える。
外傷用の霊薬。
竜の湖水、青い鳥の羽、妖精の涙、ライチーの実。
「……材料集めるのが、微妙に面倒臭い」
「すみません」
竜の湖水はリンゼイの竜が在り処を知っている。青い鳥はその辺に飛んでいる。餌場を作れば羽根を回収することは容易い。ライチーの実はセレディンティア王国の南部にある森に実る木の実だ。
問題は妖精の涙である。
「やはり、妖精には簡単に会えないのでしょうか?」
「いや、妖精の知り合いが居るには居るけれど……」
「?」
妖精の涙は流れた後に結晶化する。それを回収して、水に浸けていれば妖精の涙は素材として活用出来る。しかも、飴のように溶けてなくならないし、いくら水で浸けても濃度はそのままなので、一度手に入れたら無限に利用出来るのだ。
「問題は妖精を泣かせることが出来るのか、ね」
「ああ、そうでしたね」
妖精は人とは異なる思考を持つ。
人が涙を流すような話は、妖精の心に響くことはない。
「私の生い立ちなんか話したら……」
「あなたの生い立ち、全く知らないし、興味もないけれど、妖精は笑うかもね」
「……」
「とりあえず、呼んで見る?」
「え!?」
リンゼイは侍女を呼び、部屋から宝石箱を持って来て貰うように頼んだ。
「奥様、こちらでしょうか?」
「ありがとう」
ずっしりと重く、大きな宝石箱を受け取る。
中に入っている宝石のような石は魔石だ。
「へえ、綺麗ですね」
「そう? 国一つぶっ飛ばせる威力の爆弾みたいな魔石なんだけど」
「……」
リンゼイの言葉と、宝石箱にあった複数の魔石とそれについての情報は見なかったし聞かなかったことにした。
「妖精を呼ぶためには召喚術を行うんだけど」
儀式の為には様々な道具を要する。
「今回は知り合いだから、簡易術になるんだけどね」
「へえ」
取り出したものは指輪。妖精からの贈り物だという。
「あ~、どうしようかな」
「?」
「そこの花、貰ってもいい?」
「どうぞ?」
リンゼイは花瓶の花を石の床の上に置く。
「妖精の召喚術、見たかったりする?」
「はい。興味があります」
「……」
リンゼイは渋面を浮かべていたが、最終的にはまあいいか、と諦めの姿勢となる。
妖精の召喚術は、春の歌を謳い、踊りながら地面に魔法陣を刻むという、大の大人がするのは若干恥ずかしいものであった。
アイテム図鑑
リンゼイの魔石
リンゼイが魔術学校の卒業研究で作った特製の魔石。
セレディンティア王国の国土を一瞬にして焼きつくす効果がある。
リンゼイ本人にしか知らない特別な呪文を唱える必要があるので、他の人には使えない。
本人いわく、火遊び用。
国内で魔石の存在を知るのはクレメンテだけ。




