七十七話
翌日、採ってきた材料で胃薬製作が始まる。
材料はふくらし粉、ニッキの樹皮、ニクスグの実、クロウの蕾、ハジカミの根。
製作人員はリンゼイにウィオレケ、侍女三人娘にリリット、スメラルドである。
花の妖精姉妹が居ないことは大きな痛手となった。彼女らの『魔法』の力による薬作りは製作時間の短縮と作業の効率化に繋がっていた。
「まあ、新たな作業工程を作って来たから、問題はないだろう」
ウィオレケはそう言いながら、夜更かしをしてまで作った作業工程表を広げて見せた。
それを覗き込んだリリットは、面倒くさい、否、緻密な書き込みにうんざりとしながら、感情の籠っていない声で『す、すご~い』と言った。
「姉上はニッキ樹皮の加工を」
「分かった」
「手順はこれ」
「あ、うん」
薬作りの専門家であるリンゼイにもウィオレケは手順が書かれた紙を渡した。彼曰く、無駄な動きが多いとのこと。心当たりがあったので、大人しく紙を受け取って指示に従う。
他の人にも作業を振り分けていると、遠くから失礼します、という声が聞こえた。
入って来たのは怪植物。お手伝いをすると言ってきたのだ。
「……じゃあ、スメラルドさんと一緒に作業を」
『了解デス~』
『よろしくお願いしますねえ~』
とりあえず、問題児はスメラルドと一緒に組ませておけば大丈夫という流れが出来つつあった。
ざっくりとした全体の作業内容を説明した後に、分かれて各々の仕事に取り掛かる。
リンゼイは担当する素材の加工に取り掛かった。
通常、樹皮は半年ほど乾燥が必要となる。その辺は魔術で急速乾燥させて製作時間の短縮を図った。
カラカラになった樹皮は粉末にしなければならない。細かくナイフで刻んで、ウィオレケがどこからか買ってきていた粉末機の中に入れる。
蓋についている取っ手をくるくると回せば、中に仕込んである刃物が材料を切り刻み、細かくしていくというからくり仕掛けで作られた代物である。香辛料をすり潰す際に使う道具だと聞いていた。
素材を魔術で柔らかくして乳鉢でのんびりすり潰す作業はリンゼイの好きな工程であった。だが、そんなことをしていたら時間が勿体ない、薬作りは趣味ではないのだからと弟に言われ、素直に作業改革に応じた。
乳鉢のように力は要らず、短時間で素材が粉末になる。
このように便利な品があるのだと、リンゼイは驚いてしまった。
スメラルドと怪植物は指示されたクロウの蕾の加工に取り掛かる。
怪植物は机の上に乗って作業を手伝うことに。
まずは乾燥から。
『では~、最初に魔術で乾燥させますねえ』
『ハ~イ!』
のんびりとした様子で乾燥させる為の呪文を唱えるスメラルド。怪植物は頑張れと応援をする。
呪文が完成して素材の上に魔法陣が浮かび上がる。怪植物はその場で『ヤッタ~!』と言いながら跳び上がった。
魔術の完成を喜んだのも束の間。
跳んでだ後、着地に失敗してしまい、乾燥の魔術が展開されている魔法陣へと突っ込んでしまった。
滑り込んだ体は瞬く間に水分を失い、乾かされる。
『アアアアアアア、水分ガー!!』
『まあ、大変』
スメラルドの手によってすぐに救出された。
騒ぎに気付いたウィオレケが、萎れかけた怪植物の体を掴んで鍋に張ってあった水の中に入れる。それから『植物魔力活性剤』を上から振りかければ、元の状態へと戻っていった。
「お前は何をやっているんだ」
『ド、ドジデ、ゴメン』
手と手、正確には葉と葉を合わせて素直に謝られたら、何も言えなくなるウィオレケ。
作業の際は机の上に乗るのではなくて、椅子に立ちながら行うようにと注意するだけに止めた。
騒ぎが収まれば、作業は再開される。
乾燥させたクロヴの蕾から精油を抽出する作業に取り掛かった。
今回は乾燥させたものから精油を抽出される。
クロムの蕾を蒸留釜に入れて水蒸気を送り込み、精油成分を遊離した後に気化させて、冷却をしたものが、有効成分となって使われる。
まずは乾燥させたクロヴの蕾を布で綺麗に拭き取る。
『力を入れると砕けてしまうので、優しく優しく、ですねえ』
『ア、ハ~イ』
妖精と元魔物は仲良く肩を並べて作業を始めた。
蒸留釜は古くから薬師の間に伝わる道具である。
精製水を入れる蓋付き鍋は素材を入れる壺のようなものと管一本で繋がっており、鍋を火で水を熱することによって水蒸気が送られるような仕組みとなっている。
水蒸気を浴びた素材は湯気と共に精油成分が気化し、上部からの管を通って冷却されて、精油と芳香蒸留水に分離されて出てくるという仕組みだ。
通常ならば、じわりじわりと時間がかかる抽出作業を待たなければならないが、魔術を使って装置を加速させて、短時間で終わらせるようにする。
怪植物は魔術に巻き込まれないように離れた場所で応援をしていた。
『猫サンガンバレ~~』
葉っぱを旗のように振りながら応援をする。
スメラルドは詠唱中で返事をする訳にはいかないので、尻尾を軽く振って応じていた。
ニクスグの実は侍女達に任された。
実の中の種を取り出して、鍋で炒った後に水の中に入れて煮込んだ液体を薬に使う。
かしましい彼女らは私語は控えるようにウィオレケから言われていたので、目配せと身振り手振りをしながら作業を進める。
しかしながら、お喋りを制限されたのに逆に楽しくなってしまう性分の娘達は、にこにこと愉快な様子で手を動かしていた。
ウィオレケはリリットと組んでハジカミの根の加工を行う。
ハジカミの根は生の状態で摂取すれば一番効果があると言われていた。
皮を剥いて、すりおろしていく。
リリットは真剣な様子で働いていた。
昨日ご褒美で貰ったクッキーは驚くほど美味しかった。ウィオレケの手作りだと言う。
怪植物が貰った蜂蜜水も一口飲ませて貰ったら、それも驚きの美味さ。
また作ってくれるというので、リリットはご褒美目当てに真面目な態度で作業をこなす。
すったものは布で濾し、汁だけを薬に使う。
液体になったハジカミの根に物質保存の魔術をウィオレケが掛ける。
数が一番多い材料だったので、リリットと二人して額に汗を掻きながら作業を行うことになった。
全ての材料が揃えば、ハジカミの根汁以外の材料を鍋に入れて煮込んでいく。
ニッキの樹皮粉とその他の液体が混ざって纏まってくれば、一度火を止めて冷ましてから、ハジカミの根汁を入れて練り合わせる。
パン生地のように固まれば、整丸器の中に入れて分量の微調節をしながら丸薬を作った。
最後に乾燥の魔術を掛ければ胃薬の完成となる。
リリットの『鑑定』でも、問題ないという結果も得た。
胃薬は男性にも手に取りやすいように、小さな薄い箱型の缶に入れて販売をすることにした。パッケージには竜、プラタをモデルにしたシルエットがイルの手によって描かれている。
翼竜はセレディンティア王国でも強さの象徴として認識されているので、胃薬にぴったりだろうと話し合って決めていた。
梱包作業まで終わらせて、完成した品は在庫部屋に運ばれる。
◇◇◇
一日の終わり。
リンゼイとクレメンテは居間で二人だけの時間を過ごす。
とは言っても、会話の内容は甘いものではない。
水蛇退治についての話し合いを重ねていた。
「まずは、装備を見直さなきゃ」
「そうですね。今使っている物は多少ガタが来ていますし」
リンゼイは杖と魔術師の外套を作り直すと話す。
クレメンテも剣と鎧を補強したいので、手配をしなければいけない。
「杖と外套の素材、国内で集まるか心配」
「ああ、その問題がありましたね」
「まだ杖の仕様とか材料とか、纏まっていないんだけどね。あなたはどうするの?」
「ノルさんに、剣や鎧の加工を頼めないかなと」
クレメンテは日に一回、ミノル族のノルと交流を図っていた。
「あの人がうちに来てから、毎日会いに行っているんだっけ?」
「はい。なかなか面白いですよ」
頑固親父のように見えるが、深くかかわって行けばお喋りであることが発覚していた。
通訳のスメラルドを通しての会話であるが、楽しい時間を過ごしていると言う。
最近は言語を覚えようと奮闘している。
「ミヌミーヌ語は難しいですね」
「私も時間に余裕があれば習得したいんだけど」
今日、クレメンテは一日中外回りであった。リンゼイは薬作り。
疲れてしまったので、休むことにする。
明日は休みだったので、話し合いは翌日に持ち越した。
アイテム図鑑
胃薬
ストレス社会の必需品。
そっと胸ポケットに忍ばせて、スタイリッシュに飲もう。




