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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第六章 忍び寄る、影
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七十六話

 ウィオレケはドキドキしながら空を飛んでいた。

 久々の竜の飛行。

 しかも、跨っているのは姉と契約をした竜である。幼い頃に何度か乗せて貰ったこともあったが、単独では初めてなので、緊張をしていた。


 しかしながら、その状態も長くは続かない。


『ヒィエエエエエエン!!』

「……」


 布に包んでメレンゲの首から下げていた怪植物モンス・フィトが先ほどから絶叫しており、脱力をしてしまったからだ。

 荷物としては大き過ぎるので鞄の中には入らない。

 背中に魔物を背負うというのもありえない話なので、打つ手は他になかった。

 そんな訳で、宙ぶらりんの状態で運ぶしかない怪植物モンス・フィトは前方からの風と横揺れに恐怖しながら、空の上を進んでいく。

 リリットはウィオレケが肩から掛けている鞄の中から顔を出し、外套の袖を引いて話し掛けて来た。


『な、なんだかちょっとだけ可哀想になってきたかも』

「あいつが自分から付いて来るって言ったんだから仕方ない」

『ま、そうだけどね』


 はじめこそほのかな魔性を漂わせていた怪植物モンス・フィトこと、メルヴ・メディシナルであるが、最近は綺麗に浄化をされたからか、魔物としての習性はほぼなくなっていた。

 リリットの『鑑定』で視ても、妖精や精霊などに近い存在になっていることも判明した。

 最近は封印鉢シール・ポッドに入れることなく、自由に歩き回らせている。昼間は庭を駆け回り、夕方になれば庭の片隅で寝っ転がるという、害のない生き物と化していた。

 だからと言ってウィオレケは簡単に信頼をする訳ではない。

 この前、義兄の領地に滞在をした際に同室になっても、封印鉢に植えて安全を確認した後に寝かせていたのだ。

 弱みを決して見せずに、一定の距離を保ちつつの付き合いである。


 怪植物モンス・フィトは途中で疲れてしまったからか、ぐったりとしていて動かなくなった。

 仕方がないと思い、途中で休憩を入れることにした。

 降り立ったのは竜の湖。メレンゲの休憩も兼ねる。


 メレンゲの首から怪植物モンス・フィトを包んでぶら下げていた布を取り外し、休憩用の敷物の上に運んだ。


『アアアア……、竜ノ湖水ハヤメテ、竜ノ湖水ハヤメテ』


 大切なことなので二回言っておく。

 ウィオレケは「姉上じゃないんだから」と呆れながら呟きを零す。

 怪植物モンス・フィトを包んでいた布を解いてから、道具箱の中から『植物魔力活性剤』を取り出して振りかけた。


『オオオオオ!!』

「……」


 萎れて黄色く変色していた葉が若々しい緑を取り戻し、皺が浮かんでいた根も張りが出てくる。怪植物モンス・フィトは一瞬で元気を取り戻した。


 葉を揺らし、その場で跳び上がったりして己の状態が戻っていることを確認する。

 万全な状態だと分かれば、ウィオレケの隣にちょこんと座った。

 『フウ』と言いながら、額の汗を拭うような仕草をしている。


「……大丈夫?」

『ウン、アリガト~、坊チャンハ、優シイネ』

「姉上が酷いだけで、私は普通だから」


 リリットも思わず『確かに』、と同意してしまった。

 怪植物モンス・フィトは親切にしてくれたお礼に自らの葉を千切って渡そうとする。


『ヌ、ヌウウウウウン!』

「……」

『ヌウウウウウ、ハアハアハア、ト、取レナイ!!』


 枝のような細い手で力の限り葉を抜こうかと努力をしていたが、自力で取ることは困難だと怪植物モンス・フィトは申し訳なさそうに言う。


「いや、いらないから」

『ア、ソウ?』


 ウィオレケは身を呈したお礼を遠慮した。


 少し早かったが昼食を摂ってから、休憩が終われば再び空の上に戻ることになる。

 今回も 怪植物モンス・フィトは大人しく布に包まれている。

 体を固定する為にしっかりと結べば、少しだけ体をビクリと震わせていた。

 その様子を見て、リリットはウィオレケに話し掛ける。


『なんか他に安定感がある方法があればいいんだけどねえ』

「……」


 怪植物モンス・フィトはまっすぐに伸びた葉を入れたらウィオレケの腿の位置まである。胴が長く足が短いので背中に乗ることは不可能であった。

 首に布を直接巻き付ければ安定感があるが、メレンゲが苦しくなってしまう。尻尾という選択肢もあったが、尻尾は尻尾で左右に揺れるので、ぶら下げる状態と大差なかった。


『う~ん。やっぱり難しいかあ~』

「首から下げるのが最大の譲歩だ。ただでさえ、竜は契約者以外を乗せるのを嫌がる生き物なのに」

『そうだよねえ』

『ダ、大丈夫ダヨ、心配、シナイデ。ゼ、全然、平気ダカラ』


 震え声で言っても全く説得力がない。

 空の恐怖を思い出したからか、葉の色がくすんでいく。

 ウィオレケは長い息を吐いてから、怪植物モンス・フィトの紐状になっていた所を掴んで解くと、背負うように体に巻き付けて腹部でぎゅっと結んだ。


『ア、アリガト~~!』

「背中に居る時は叫ぶの禁止だから」

『ハ~イ、ワカッタ!』


 怪植物モンス・フィトをおぶるような格好になったら、メレンゲの背中に乗る。


『ウィオレケ、なんて優しい子なの! なんかうるっときたよ!』

「だから、私は普通だと」

『またまたご謙遜を』

「……」


 出発するからと言って、ウィオレケはリリットに手を差し出す。手のひらに座れば、優しい手つきで鞄の中に入れてくれた。


『リンゼイだと、問答無用で私の体を掴んで、雑な感じで鞄の中に突っ込むんだよねえ』

「姉上がどうかしたのか?」

『……いや、ごめん、なんでもない』


 これ以上リンゼイの尊敬度を下げてはいけないと思い、リリットは黙っておいた。


 ◇◇◇


 目的の地へとたどり着く。

 背中の怪植物モンス・フィトは一言も喋らずに大人しくしていた。

 下ろしてあげればお礼の言葉と共にお辞儀をする。

 リリットも鞄の中から出て来て背伸びをした。


『今日は胃薬の材料だっけ』

「そう」


 森の中で探すのはニッキの樹皮とクロヴの蕾。

 ニッキの樹皮は独特な香りがあるが、見た目からは分かりにくいので、探すのは困難を極める品でもある。


「『鑑定』の力で探せたりしないよね?」

『ごめん、そこまで万能じゃないんだ』


 花の妖精姉妹だったら出来たかもしれないと言う。

 残念ながら彼女らは田舎の領地で療養中だ。


 地道に探すしかないと言いかけた時に、怪植物モンス・フィトがさっと手を上げて一歩前に出て来た。


『ア、ジャア、頑張ッテ、樹皮ヲ探シテミル!』

「お前、そういう力があるのか?」

『ウン、アッタミタイ~』


 一応リリットにも確認して貰ったら、本当に『薬草探索』の能力があることが発覚した。


『おかしいなあ。前に視た時はそんな能力なかったんだけど』

『植物ハ、日々成長スルカラ!』

『言われてみたらそうだね』


 怪植物モンス・フィトは森の土の中に片方の足、根っこの部分を入れて、情報を集める。

 コクコクと何度か頷いてから、場所は把握したと言ってのしのしと歩き始めた。


 数分後、見事にニッキの樹の前に辿り着く。


『うわ、本当に案内してくれた』

「すごいな」


 ウィオレケがお礼を言えば、草で親指を立てるような仕草を作る怪植物モンス・フィト

 樹皮を剥す作業も手伝ってくれた。

 リリットは剥いだ皮をくるくると巻いて紐で縛り、鞄の中に入れていく。


 作業は黙々と進められる。

 ウィオレケの目付きが変わったからだ。

 彼は薬事業の仕事が絡めば人が変わったように厳しくなる。

 リリットはそれを知っているので絶対に話し掛けない。怪植物モンス・フィトは一回うっかりと話し掛けてしまい、厳しく注意されていた。


 最後に、樹脂を剥いだ樹には『植物魔力活性剤』を刷毛で塗った。そうすれば、しばらく経てば樹皮が生え変わるようになる。


「次はクロヴの蕾」

『ア、ハイ、探シマス』


 再び地面の中に足を突っ込んで森の情報を得た。

 草の中に飛び込んで先導をする。


『コッチ、コッチ~』

『え、待って、どこに居るのか分からなくなった!』


 怪植物モンス・フィトと同じ位の草むらなので、追う方も大変であった。

 一瞬でも目を離せば、見失ってしまう。

 リリットはなるべく跳びはねるように進んでくれとお願いをした。


「……速いな」


 するすると進んでいく怪植物モンス・フィトをリリットが追い、ウィオレケはその姿を目印にしながら後に続く。

 しばらく進んだ先に目的の素材が生えている場所へと到着をした。


 クロヴは蕾を薬の材料として使う。

 ウィオレケはリリットと怪植物モンス・フィトに指示を出して、作業の効率化を図りつつ採取作業を進めていく。

 一時間ほどで革袋の中はいっぱいになった。


『さ、帰ろっか。なんかお腹空いたし!』

『オ水ガブ飲ミシタイ~~』


 ただの少年とは思えない鋭い目付きが元の状態に戻ったので、顔色を窺いつつ好きなことを言う人外達。

 ウィオレケはきちんと数を手帳に描きこんで外套の内ポケットの中へと入れていた。

 すぐに帰るかと思い、リリットは道具箱の中から白い布を地面に広げ、怪植物モンス・フィトはその上に寝転んで包みやすいように身を縮めていた。


 ところが、ウィオレケは思いがけない提案をする。


「少しだけ休もう」

『ア、ハ~イ』

『あれ? まさかの休憩時間が』


 怪植物モンス・フィトは起き上がり、リリットは布を畳む。



 敷物の上に三人は並んで座った。

 ウィオレケは鞄の中を探って瓶と缶を取り出す。

 四角い缶はリリットに差し出された。


「これ、クッキー」

『ええ!?』

「頑張ったご褒美」

『うわ、嬉しい、ありがとう!』


 続いて、怪植物モンス・フィトには瓶が差し出される。


『ンン? コレ、ナ~ニ?』

「蜂蜜水」

『オオ、ハチミツ、大好キ!!』


 リリットと怪植物モンス・フィトはご褒美を手に持って、目を輝かせていた。


『わ、わたし、これからもウィオレケについて行く!!』

『同ジク!』


 気配り上手な少年は、妖精と怪植物の心をがっちりと掴んでいた。


アイテム図鑑


ウィオレケのご褒美セット


リリットや怪植物の為に準備したお礼の気持ちを込めた品物。

クッキーと蜂蜜水は手作り。

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