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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第六章 忍び寄る、影
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七十五話

 最初にメレンゲが飛び立つ。

 見送るようにプラタが立ち上がって尻尾を振りながら、『クエ~~』と鳴いていた。

 布に包んで再び竜の首に掛けられて飛行をすることになった怪植物モンス・フィトが『ヒエエエエ!!』と悲鳴を上げている。


 その様子をクレメンテとリンゼイは目を細めながら眺めていた。


「なんだか気を遣わせてしまったと言いますか」

「どこでああいうことを覚えてくるの?」

「最近の子はすごいですね」


 ウィオレケには申し訳ないと思ったが、個人的には嬉しいクレメンテである。

 勿論、義弟と一緒でも楽しいことには変わりないが、今日は二人きりだと思い込んでいたので、今回はありがたくお言葉に甘えることにした。


「そういえば、プラタに乗るの、初めてかも」


 自分の竜が居るので当たり前ではあるが、他人の竜に乗るのは初めてのことなので、なんだか不思議な気分だと言う。


「メレンゲさんの飛行技術には負けますが、安全飛行でなかなか快適ですよ」

「へえ、そうなの」


 空の上でも無邪気にはしゃいで飛び回るような印象しかなかったので、リンゼイは意外に思った。


 出発をするからと声を掛ければ、立ち上がった体勢から背中に乗りやすいように地面に伏せた状態になるプラタ。

 リンゼイは前に回り込んでからお伺いをたてる。


「今日、私も一緒なの。乗ってもいい?」

『クエ!』


 初めてリンゼイが乗ると分かれば、尻尾を振り出す。

 最初にクレメンテが跨り、後ろにリンゼイが乗る。今日はスカートを穿いて来たので、横座りになった。


 初めて乗った銀竜はひやりとしていた。


「あ、冷たい」

「メレンゲさんに比べたら、体温低いんですよね、プラタ」

「知らなかった」

「だから、メレンゲさんにくっ付いていると」

「くっ付きたいという口実もあるでしょうけどね」

「そうでしょうね」


 座った感覚は快適の一言である。

 鱗は艶々と輝き、手触りもすべすべとしていて気持ちがいい。宝石の表面に触れているような気分となった。


「出発しますが、大丈夫ですか?」

「ええ」


 プラタの背中の突起を掴み、上昇の衝撃に備える。

 クレメンテが合図を出せば、プラタは大空へと舞い上がった。


 ふわりと、驚くほどに柔らかな飛行をする。

 上昇はメレンゲより丁寧で、ゆっくりとした動作で滑空をしていた。


「飛び方、上手ね」

「ありがとうございます」


 プラタもお褒めの言葉が耳に入り、嬉しそうな声で鳴く。

 メレンゲのように鋭く速い移動は出来ないが、空中散歩を楽しむような時にはうってつけの竜だとリンゼイは思った。

 本日は休暇なので、ゆっくりと空の上を楽しむのもいい。

 クレメンテと会話をしながら、目的地へ向かうことになった。


 一時間半後、薬草が自生していると思われる森に到着をした。

 若葉の美しい森の中に踏み入れる。


 クレメンテとリンゼイが探す材料は、ニクスグの実とハジカミの根。

 ニッキ樹皮とクロヴの蕾はウィオレケの担当となっている。ふくらし粉は市場で売っている品を使う。


「ニクスグは種の中身を加工して使うの」


 ニクスグは熱帯地域に生える木で、たわわな黄色い実を生らす。甘い香りを漂わせているが、果肉の味は苦い。種の周囲にまとわりつく赤い皮を乾燥させたものは、香辛料として料理などに使われている。

 食欲促進、頭痛緩和、健胃成分と多くの薬効があることで有名だ。

 だが、大量摂取をすれば幻覚作用に苛まれることがあるという、恐ろしいものでもある。


「あ、あった」


 ニクスグの実はすぐに見つかった。

 実は高い場所にある。リンゼイは飛行板を取り出して、実を千切ろうとしたが、クレメンテは自分がすると言って止めた。


「私が木に登りますので、リンゼイさんは下で受け取って下さい」

「いいの?」

「はい。任せてください」


 またスカートでも捲れ上がってしまったら、下着を見てしまった喜びよりも申し訳なさが勝ってしまうと考えたので、このように積極的に作業を行うことを申し出た。


 剣を地面に置いてから、するすると登って行く。

 太い枝に足を掛けて、安定する位置に腰掛けてから、甘い香りの果実を千切る。それを、地面に居るリンゼイに合図を出しながら落下させた。


 三十個程収穫したところで地面に飛び降りる。


「きゃ!」


 突然クレメンテが降り立ったので、驚くリンゼイ。

 降りるタイミングも声を掛けるべきであったと、クレメンテは反省する。


「あ、すみませ」

「あなたね」

「!」


 中腰状態からそこに座れと命じられたので、言う通りにしゃがみ込んで地面に膝をつける。


「前も思ったけれど、高い位置から飛び下りるの、禁止!」

「はい。驚かせてしまって、申し訳ないと」

「そういうことじゃないの!」

「え?」

「危ないじゃない!」


 リンゼイは突然の行動に怒っていた訳ではなかった。落下に失敗をしたら骨を折る可能性だってある。危ないから二度としないように、という注意であった。

 そうだと分かれば、自然に頬が緩んでしまう。


「ねえ、聞いているの!?」


 目の前には怒った顔のリンゼイ。

 心配して怒られることなんて初めてなので、どういう顔をしていいのかクレメンテには分からなかった。

 反応に困っていると、何故へらへらしているのかと頬をぎゅっと抓られる。

 ここでもされるがままになっていたら、更に怒られることになった。


「痛いとか止めろとか、なんとか言いなさい!」

「……」


 頬を抓られても痛くもなんともなかった。どうしようかと悩んでいたら、手は離される。


「すみません。全然痛くなかったので」

「頬の神経死んでいるのかもね! 怒っているのに笑うし」

「それは――嬉しかったんです」

「え?」

「リンゼイさんに、怒られるのが」

「なに? そういう、趣味の人なの?」

「……違います」


 特殊な性癖があると勘違いされたら困るので、きっちりと誤解を解いておいた。

 リンゼイに驚かせるなと余計に怒られる結果となった。


 次に探すのはハジカミの根。

 ピンとまっすぐに伸びた葉と茎の下に根付くものを薬の素材として使う。


「ハジカミの根も市場に行けば売っているんだけどね。魚や肉とかの臭み消しに使う薬味の一種でもあるの」

「へえ」


 草木を杖でかき分けながら道なき道を進む。

 途中でクレメンテがリンゼイにスカートで動きにくくないかと聞けば、足元がしっかりしているので案外問題はないと答えた。


「あ、あった」


 分かりやすい特徴があるので、比較的簡単に発見出来た。

 ハジカミの根はニクスグの実同様に熱帯地域で多く自生する植物である。

 薬効は胃腸の調子を整え、吐き気を緩和させる効果があった。


「吐き気に関しては聖薬とも言われているのですって」

「なるほど」


 生の根をすりおろして蜂蜜などと一緒に飲めば治まるという。

 様々な薬学の話をしながら、ハジカミの根を引く作業を進めた。


 最後に湖で根に付いた土を洗って水分を拭き取る作業をした。

 集まった素材を薬草箱に収納させたら、休憩の時間となる。

 リリットが用意してくれたお弁当と敷物を取り出し、腰を下ろした。


「リンゼイさん、今日は茶器を持ってきました」

「へえ、ここで淹れるの?」

「はい」


 厨房から借りて来たという品を敷物の上に置いていった。

 湯はリンゼイに沸かすようにお願いをする。


 魔術の力でポットの中の水は一瞬でお湯になった。


「で?」

「はい」

「お茶の淹れ方、知っているの?」

「あ!」

「……」


 湯と茶葉とポット、カップがあるが、淹れ方は分からない二人。お茶の缶に方法などは書いていなかった。


「あ~、なんか、人数分を匙で掬って入れるとか聞いたことがあったような」

「さ、匙!?」

「もしかして、忘れた?」

「はい。砂糖もないですね」

「……」


 材料の調達は完全ではなかった。本当に大丈夫なのかと不安になる。


 とにかく目分量で入れてみようとリンゼイは紅茶の缶を傾ける。


「あ!」

「……」


 手つきが雑だったからか、思いの外多くの葉がポットの中に入っていった。クレメンテはすぐに蓋をして、見なかった振りをする。


「え~っと。これで、飲めるんですかね?」

「さあ?」


 カップに注いでみたら色が薄かったので、しばらくの間待ってみた。

 数分後。

 もういいだろうと思って、カップに注いでみれば真っ黒い液体は出て来てぎょっとなる二人。恐る恐る覗き込めば、カップの底が見えない程の濃い色が出ていた。


「これ、こういう色のお茶だっけ?」

「いえ、多分違うと」


 リンゼイは視線でクレメンテに先に飲めを命じる。

 その意図を理解したのか、コクリと頷いてカップを手に取り、黒の液体を啜った。


「――!?」


 何とも言えない苦味と、視覚的な衝撃が一気に襲ってくる。

 涙目になりながら噎せるクレメンテ。

 なんとか飲みこんだが、二口目を啜ろうとは思わなかった。

 震える手でカップを敷物の上に置く。

 ゆらゆらと揺れる黒い液体は、大変暴力的な飲み物であった。


「……失敗みたいね」


 初めてのお茶作りは見事に失敗となる。

 帰ったらお茶くみの勉強をしようと心に誓ったクレメンテであった。


アイテム図鑑


暗黒茶


とある夫婦がお茶の淹れ方も知らずに、雑な手順を経て作り出してしまった暴力的なお茶。

色は混沌という文字を具現化させたようなものである。

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