七十四話
花の妖精姉妹にここでの療養を勧めた。始めはリンゼイのお世話をしたいからと言っていたが、代わりに領主代理をしているヨルクと仲良くしてくれと願えば、受け入れてくれた。
また遊びにくるからと言ったら姉妹は揃って涙ぐむ。
水蛇退治のことも心配していたので、頼りになる家族が居るから任せてくれと、安心するように諭した。
「本当に大丈夫だから。無理もしないし」
『でも、奥様』
『あれは、危険な魔物』
『わたくしたちの騎士団も、壊滅してしまったの』
「うん、平気。危なかったら撤退するし」
『……』
『……』
『……』
今まで何の見返りもなく、リンゼイや『メディチナ』の為に尽くしてくれた姉妹を報いることをしたかったのだ。
不器用なリンゼイは、こういう形でしかお礼をする術を知らない。
自分が出来る精一杯の感謝の気持ちだから、受け取ってくれと頼んだ。
「こういうのって好意でしかないから、必ず受け取らないといけないんですって」
『それが、ニンゲンの掟?』
「そう」
『でも、もしも、怪我でもしたら』
「平気」
『怖くないの?』
「怖くない」
クレメンテがついて来てくれると言った。メレンゲもプラタも居る。きっと、大丈夫だとうと、リンゼイは考えている。
だが、このままでは心配なので、装備品など見直さなければならない。
準備は入念に入念を重ねてから、挑むことを話す。
「だから、心配しないで」
『……うん』
『……ありがとう』
『……嬉しい』
水蛇退治についても、最終的には了承してくれたので良かったと胸を撫で下ろす。
『そういえば』
「ん?」
『花の妖精国の行き方は?』
「あ」
『分かる?』
「分からないかも」
リリットがその昔、世界樹が枯れかけた時に行ったことがあると言っていたので、なんとかなると思っていた。
目を泳がせているリンゼイの様子を見て、妖精姉妹はあるものを取り出す。
それは妖精の小さな手には大きい種であった。
これは何かと聞けば、花の妖精国に行く為の鍵だと言う。
月夜の晩に地面に埋めれば一瞬で花開き、妖精の国まで誘ってくれるという。
一粒で何回も行き来出来るようになる。
だがしかし、夜が明ければ花が閉じてしまうので、注意が必要だと教えてくれた。
「貰ってもいいの?」
『ええ』
『まだあるから心配しないで』
『それに、元気になったら自分達の力でも行けるようになるの』
「そう。ありがとう」
話が済めば他の人も呼んで、城の庭先でささやかな花見を楽しむ。
自然豊かな領地で彼女達の心が少しでも癒えればいいなと、リンゼイは思った。
こうして、花の妖精姉妹とは別れることになったが、今回の領地での滞在は得るものが大きかった。
◇◇◇
屋敷に帰れば、荒れ果てていた庭は綺麗になっており、窓も全て修復されていた。
クレメンテは残っていたシグナルに労りの言葉を掛ける。
数日間家を空けていただけで、『メディチナ』やクレメンテ個人に宛てた手紙や書類などが山積みとなっていた。
休み明けに片付けようと思えば、更に大変なことになりそうなので、少しの時間ではあるが、机に向かって仕事をする。
途中、エリージュがお茶を持って来て、無言で机の上に置いた。
「ありがとうございます」
「……ええ」
いつものように、お茶を持って来るついでに何かお小言を言いに来たのかと思えば、しずしずと頭を下げるばかりであった。
どうかしたのかと聞けば、ただお茶を持って来ただけだと言う。
「何も言わないのが、なんだか怖いような」
「最近は奥様とも良い雰囲気なので、特別に言うこともありません」
「ええ。本当に、夢のようなお話で」
今日もリンゼイと出掛ける約束をしていた。
とは言っても、『メディチナ』で売る新製品の材料集めではあるが、それでもクレメンテにとって嬉しい用事である。
今回作るのは胃薬。
主に男性から要望が多かった品物だ。
ふくらし粉、ニッキの樹皮、ニクスグの実、クロヴの蕾、ハジカミの根。
全て、国内の森で採れる品だと言う。
「なんだか、最近はリンゼイさんに優しくして貰って……」
「申し訳ない気分?」
「あ、はい」
なんで分かるのだろうかと、エリージュの顔を見る。
「旦那様の考えていることなんて、筒抜けです」
「わあ、魔法使いみたいですねえ」
「……」
目つきが鋭くなり、侍女の顔から祖母の顔へと一瞬で変わるエリージュ。
良い雰囲気になっただけでも奇跡的だと思い、いろいろと意見を言わないようにしていたが、先ほどのような後ろ向きなことを考えていたので、苛ついてしまう。
「自分に自信がない男は嫌われるから、覚えておくように」
「は、はい」
リンゼイがクレメンテに微笑んでくれることを、なんだか申し訳なく思っていたのは事実である。
日々、自分には勿体ない位に素敵な奥様であること考えていた。
例えば、セレディンティア王国の第三王子であるシンデリンクなんかは二十五歳で、二十三歳のリンゼイと理想的な年齢差ともいえる。
クールな印象のある秀麗な容姿はリンゼイと並べば際立ったものになりそうだと、並んだ二人を想像することもあった。
だが、祖母の言う通り、こういう後ろ向きの妄想は良くないと気付く。
リンゼイはクレメンテを頼っていると言っていた。それを裏切るようなことはしてはいけないと思う。
「自信。自信とは、どうやって身につくのでしょうか?」
「こういう時こそ、親兄弟を参考にしてみたら?」
「……いや、親兄弟は、荷が重いと言うか」
兄だけでも対応しきれないのが現状である。
そこに王妃が加わり、弟達と父親なんかが集まれば、その場は混沌と化するだろうと、頭を抱えてしまった。
「衝撃療法とか、そういうものだと思えば」
「なんですか、それは」
衝撃療法。
生体になんらかの衝撃を与えることにより、精神的な症状を緩和させる治療の一つだと言う。
「私も話を聞いただけだから、詳しい話は知らないけれど」
「……」
確かに、家族が大集合をすれば、精神的に大打撃を受けそうな気がして来た。
その治療はちょっと遠慮したかったが、もしかしたら効果があるかもと思ってしまう。
王妃がリンゼイをお茶会に誘っていたので、一緒に行って来たらどうかとエリージュは勧める。
それは女性同士の集まりなのではと指摘をしたら、身内が集まる会にすればいいと提案をしてくれた。
「お祖母様も一緒に行きませんか?」
「無理なの」
「ど、どうして!?」
「王妃には、私が死んだと伝えてあるから」
「え!?」
「うっかり、公式の場で喋っちゃったら大変でしょう?」
「た、確かに」
そういう事情があるので、王妃の前に出ることは無理だと断られてしまった。
後ろ盾のない状態で魑魅魍魎の中に飛び込んでも大丈夫なのか不安になった。
とりあえず、この件についてはリンゼイと話し合おうと、頭の隅に追いやった。
淹れたての紅茶はすっかりと冷え切っていた。
多少風味が落ちたそれを、クレメンテは喉が渇いていたので一気に飲み干す。
お礼を言ってから、再び仕事に取り掛かろうとすれば、エリージュはあることを指摘した。
「あら、もうそろそろお出かけの時間じゃないの?」
「え? あ、うわ!」
クレメンテは自分の時計で時間を確認して、顔色を青くする。
約束の時間が迫っていた。
慌てて道具箱を手に取り、壁に掛けていた剣を腰のベルトに挿し込んでから、椅子に掛けていた上着を着込んで部屋を飛び出して行った。
一連の行動を見てから、エリージュはため息を吐く。
「……余裕のない男も嫌われるのにね」
本人は既に部屋に居ないので、独り言になってしまった。
◇◇◇
庭まで入って行けば、既にリンゼイが待っていた。
集合時間ぴったりだったので、なんとか間に合ったと安堵する。
「そんなに急いで来なくてもいいのに」
「し、性分、でして」
「そう」
胃薬の材料は二カ所の森で探すことになる。
「それで、手分けをした方がいいと思って」
「……はい」
リンゼイはウィオレケを連れて来ていた。リリットと怪植物もついて来ている。
竜は二手に分けて行くことになった。
「えーっと、じゃあ、ウィオレケさん、今日はよろしくおねがい――」
「いや、私はメレンゲを借りて一人で行く」
「え?」
「ウィオレケ、何を言っているの?」
「姉上と義兄上はプラタに乗って、二人で行って来ればいい」
ウィオレケの提案に顔を見合わせるリンゼイとクレメンテ。
呆気に取られている間に、メレンゲに目的地の森まで連れて行ってくれるか聞いてみる。
「姉上、メレンゲ、良いって言っているけど」
「だ、だったら……」
お言葉に甘えようかと、クレメンテに伺ってみる。
「そちらの森は、危険ではありませんか?」
「竜が近くに居るのに、襲ってくる魔物なんか居ないから」
「そんなものですか?」
「そんなものだよ、義兄上」
言われてみれば、今まで薬草摘みで魔物に襲われたことはなかったなと振り返る。
「あ、では、大丈夫、ですか、ね?」
「心配しないで任せて。今までも実習とかで一人で薬草採取はしていたし、魔術も使えるから」
「分かりました。お願いいたします」
「ウィオレケ、薬は持っている? 魔除けの魔術も一応かけておいてね」
「分かっているってば」
突然の弟の気遣いにより、クレメンテとリンゼイはプラタに乗って薬草摘みに出かけることになった。
夫婦とウィオレケのやり取りを見て、怪植物が一言。
『ア~、自分達ハ、坊チャント一緒カナ?』
その言葉にリリットは『分かってるじゃん』と返事をした。
アイテム図鑑
花妖精の種
妖精の国へと繋がる花を咲かせる種子。
大変貴重な品で、人間界では伝説のアイテムとなっている。