七十二話
思いがけない要求に言葉を失うリンゼイ。恥ずかしくなって、顔を逸らしてしまう。
今までのお礼をしたかったが、何を必要としているのか全く想像も出来なかったので直接聞いてみれば、とんでもないものを欲しがった。
そんなことを言われても、何をすればいいのか皆目見当がつかない。
一応、鈍いリンゼイにも女性として求められているということは理解しているが、詳しい内容についてはからっきしであった。
一度、頭の中を整理してみる。
リンゼイは突然他人と結婚することになった。
相手はセレディンティア王国の第二王子で、容姿は至って平凡。
始めは他人同然の扱いをしていた。
一方で、クレメンテはリンゼイのことを九年も前から知っていて、結婚望んだ。
今までに何度か好意も伝えている。
以前までは「あっそ」と軽く受け流していることが、今はそうでもないことに気付いた。
現在、クレメンテは一番の理解者だと思っている。
彼女自身、何か大きな問題に当たれば、一番に相談をして二人で解決していた。
戦闘面や材料収集面でも頼りにしている。
竜を大切にしてくれるところも好感が持っていた。弟との関係も今のところ良好だ。
穏やかで優しく、リンゼイの我儘にも付き合い、薬作りや事業も陰で支えてくれた。
つい先日、リリットにクレメンテの妻として共に在ろうという決意を伝えたばかりであった。
だから、今度はきちんと心を決めて、今まで以上に深く関わらなければと思っているところであった。
今回、直接所望されたのはいい機会なのでは? と思う。
以上でリンゼイの脳内会議は終了となった。
リンゼイの反応を待つクレメンテは心臓が張り裂けそうな思いでいた。
いつもだったら言えないのに、今日はどうしてしまったのだと、ぎゅっと自らの手を握り締める。原因はケーキの中にしっかりと染み込ませてあったお酒だが、本人は気付いていない。
一刻も早く「冗談です!」と言いたいところであったが、口がからからになっていたので言葉を発することが困難になっていた。早く帰って何か飲まなければと思う。
それにしても、リンゼイの硬直時間が長いなと、即座に背けられた横顔を眺める。
改めて、とても綺麗な人だと思った。
今まで、じっくりと眺めたことなどなかったことに気付き、記憶に焼き付けておこうと遠慮なく見つめることにした。
「あ」
「……」
視線に気づいたリンゼイが正面に向き直る。
当然ながら目が合ってしまう二人。
クレメンテは「しようもないことを言ってすみませんでした」と、謝りたい気持ちをぐっと我慢した。
一刻も早く目を逸らしたいのに、黒い目に惹きつけられてしまって身動きを取ることが出来ない。
そこで、やっと閃く。
欲しいものは考えておくと言えばいいのかと。
だが、口を開いたのは双方同時で、言葉を発するのはリンゼイの方が早かった。
「……好きにすれば」
「!?」
驚いてその場にひっくり返りそうになった。
一瞬聞き違いかと思ったが、リンゼイは恥ずかしそうにしていた。
ここで何もしなかったら、相手に恥をかかせることになるのだろうかと、真剣に考える。
クレメンテは勇気を振り絞ってお伺いを立てた。
「あ、あの、手を」
「手?」
「握っても、いいですか?」
今、残っている気力では、手を握っていいかと聞くので精一杯であった。
ここで拒絶されても、傷ついてはいけない。今、こうして隣に居るだけでも十分幸せなことだと思うようにしていた。
しかしながら、奇跡は起こる。
リンゼイは両手を差し出した。
クレメンテは反射的に手を包み込むように握った。
触れた手は小さくて柔らかく、力を入れたら容易く壊れてしまいそうだった。
今まで、このようなものをクレメンテは知らなかった。
少しでも、その感覚を覚えてしまえば、他の場所はどうなのだろうかと、強い興味を持ってしまう。
このように、何でも許すような発言をしたのだから、以前よりは気を許してくれているのかと、ついつい期待を抱く。
リンゼイの顔は羞恥で耳まで赤くなっていた。
何とも思っていないのなら、ここで照れるわけがないのではと思う。
何はともあれ、大きな一歩だと考える。
クレメンテは名残惜しい気持ちがあったが、手を放すことにした。
すぐに引っ込められる手を見て、笑ってしまう。
「リンゼイさん、ありがとうございます」
「え!?」
「あ、手を、握らせてくれて」
「ああ、そういうこと。別に……」
動揺を見せる姿はとても可愛らしい。
このような様子を見ることが出来るなんて、夢のようだと思った。
だが、これ以上楽しむわけにはいかないので、立ち上がって帰ろうかと声を掛ける。
手を差し出せば、リンゼイは指先をそっと重ねてきた。
手を握ってぐっと引き寄せたら、体が思っていた以上に軽くて驚く。
リンゼイは想像以上の力で手を引かれたので、足元を縺れさせてしまった。
バランスを崩した体はクレメンテが受け止める。
「わ、っと、すみません」
「!」
「大丈夫ですか」
「ええ」
受け止めて貰った体勢から、一瞬で離れるリンゼイ。
すぐに振り返って大股で歩いて行ったが途中で止まり、背中を向けた状態で助けてくれたお礼を言っていた。その言葉に、「とんでもないことです」と返す。
クレメンテはリンゼイを追い越さないように歩きながら、村へと戻って行った。
◇◇◇
別行動をしていた一行とは村の井戸の前で合流した。
一体何をしていたのかと聞けば、村の湧き水は美味しいという話をしていたと言う。
「あの、水を頂いてもいいですか?」
「旦那様、ここにはカップも何もないですよ?」
「あ、はい」
「まさか、犬のように桶に口をつけて飲む気だったのでしょうか?」
「いえ、手で掬って、飲もうかと」
「……」
冷ややかなエリージュの視線がクレメンテに突き刺さる。
さり気なく怪植物が器用に葉を折り重ねて、器のようなものを作っていたが、誰も気づかなかった。
「領主様、みなさま、帰ってお茶にしましょうか」
ヨルクの一言で城に帰ることになった。
ぞろぞろと城へ向かう中で、リリットはリンゼイにこそこそと耳元で話し掛ける。
『リンゼイ、なにか珍しい葉っぱはあった?』
「え?」
『やっぱり人里だから、含まれている魔力も少ないものなの?』
「知らない」
『ん?』
「森の中に何があったか見てないし」
『ええ!? な、なんで!? も、森に、何をしに行ったの?』
「なにって、森の先にある湖を見ただけ」
「竜の湖?」
「いや、普通の湖だと思う」
『!?』
「お菓子を食べて、話をして、それだけ」
リリットは『ありえない!』と叫ぶ。
今まで、リンゼイが森に入って草木を気にしないことは一度もなかった。
なのに、本人は湖を見て、お菓子を食べて、話をして帰って来たと言う。
『ウィオレケ、今の話、聞いた!?』
「……姉上は、熱があるのかもしれない」
『あ、そうかも!!』
リリットは早速『鑑定』でリンゼイの状態を調べる。
「どうだった?」
『……うわ、ド健康』
リンゼイの異常行動は熱にうなされていたからではなかったことが判明する。
「今までの奥様の行動が異常だったのでは?」
エリージュの一言でリリットは我に返った。
『そ、そうだ!! 薬草マニアなリンゼイは普通じゃなかったんだ!!』
「そうだった……」
弟までもがリリットやエリージュの発言に同意を示す。
言われ放題のリンゼイであったが、リリットの言う通り今までは普通ではなかったと反省をしていたので、黙っておく。
「あ、そういえばウィオレケ」
「ん?」
リンゼイはウィオレケを耳元で囁いた。
「夜、部屋を交代して欲しいんだけど」
「は!?」
義兄と一緒に寝ろと言うのかと聞けば、そうではないと言う。
「あの人があなたの部屋に寝て、あなたが私と一緒に寝るの」
「い、嫌だ」
「どうして!?」
「小さい頃の話じゃないんだから!」
「いいじゃない」
断固として嫌だと言うので、今度はエリージュに当たってみる。
当然ながら無理ですと切って捨てられた。
「なんで誰も私と眠ってくれないの!?」
『リンゼイ、大丈夫だよ』
「え?」
『クレメンテが、喜んで一緒に眠ってくれるから』
「……」
結局、この日も昨晩同様に落ち着かない夜を迎えることになる。
アイテム図鑑
村の湧き水
冷たくってとても美味しい。
エリージュの反対によって、クレメンテは飲めなかった。




