六十九話
途中でプラタとメレンゲを竜の湖で休ませる。
辺りは真っ暗。
魔術で灯りを点けて、家から持って来ていた食事を摂ることにする。
『ア、アノ~』
「なに?」
『ちょっと叫ビスギテ、喉ガ渇イタンデスヨネエ~』
「……」
リンゼイは手にしていたカップに竜の湖水を掬い、無言で怪植物にザバッと掛けた。
『ンギャアアアアアアア~~!!』
「また、大袈裟な反応を」
『トトトト解ケルウウ~~!!』
「あ、姉上、竜の湖水はマズかったんじゃあ」
「そうかも」
『リンゼイ、相変わらず雑だね……』
リリットは呆れた視線をリンゼイに向けている。
いつも食事を与える時も同じような反応を示すので、分からなかったのだと主張した。
悲鳴を上げながらぐねぐねと体を動かす怪植物。
どうやら竜の湖水の水では魔力の濃度が高すぎたようだ。
リンゼイはすぐに根っこを引いて体を封印鉢から出してやる。屋敷から持って来ていた水で泥の付着した体を綺麗に洗った。
「あ~、ごめんなさい。あなたほどの高位魔物だったら大丈夫かと思ったんだけど」
『ヒドイ……ヒドイ……』
外見に異常なしであったが、一応回復呪文を掛けてやった。すると、大人しくなる怪植物。自らの体を抱きしめるようにぎゅっと身を縮めていた。それから、『寒イ……』と呟く。
申し訳なく思ったリンゼイはハンカチを体の上に被せてやる。
『元魔物とは思えないわ』
「確かに」
封印鉢から出され、自由の身となっているのに逃げだす気配が全くない魔物を見下ろしながら、リリットとウィオレケは怪植物の観察を続けていた。
◇◇◇
それからすぐに領地へと到着をする。
竜が降り立ったのは広い庭先。
領主の住処は立派な場所であった。
『お屋敷っていうか、お城!?』
「何世紀か前の、戦時中の拠点だったようですね」
「国境に近いから、重要な場所だったのかもね」
「ええ、その通りです。奥様」
城の中は数か所だけ灯りが点っていた。
領地に到着をしたのはすっかり夜も更けるような時間帯であった。
訪問をするには非常識であったが、エリージュは気にするなと言いながらクレメンテの背を押して、領主代理に挨拶をするように勧める。
『っていうか、いきなり庭先に入ったりして、怪しくない?』
「強いて言えば怪しいけど」
「姉上、強いて言わなくても怪しいから」
周囲を森に取り囲まれている村は、竜が二頭降りられる場が領主の城の広場以外に無かったのだ。
突如として現れた、ラフな格好の眼鏡男に、男装に魔術師の外套を纏った美女、淑女の装いの侍女に、魔術師の扮装をした美少年。足元には怪しい二足歩行の怪植物、鞄の中には妖精がいっぱい。
この集団を一言で表すのならば、怪しいの一言以外存在しなかった。
身分を示すものを何も持って来ていなかったと、クレメンテは頬を掻く。
どういう風に話をしようかと思っているところに、遠くから人の影が浮かび上がった。
『あ、誰か来た!!』
灯りを持った誰かが、こちらへと駆けてくる。
エリージュはクレメンテをぐいぐいと前に出して、対応させようとしていた。
『あれ? 女の人だ』
庭に現れたのは一人の女性。
リンゼイの作った光球がその姿を照らす。
女性は細身で年頃は五十代半ばに見える。
どこかおっとりとしたような雰囲気で、愛想のいい笑顔を見せながらクレメンテと対峙していた。
クレメンテの動揺をよそに、白金の髪を持つ美女は柔らかく微笑みながら話し掛けてくる。
「こんばんは」
「あ、はい、こんばんは」
「わたくし、ここの領主代理を務めております、ヨルク・ペギリスタインと申します」
「あ、女性、だったのですね」
「?」
何回か文を交わした相手、ヨルク・ペギリスタインは女性であった。
文面や名前などから男性だと思っていたので、意外に思う。
それから、ヨルクは怪しい一行はあっさりと受け入れられたので、拍子抜けをしてしまった。
「領主様、ようこそいらっしゃいました。中へどうぞ。夕食は?」
「あ、すませてきました」
「左様でございましたか」
ヨルクににっこりと微笑まれて、申し訳ない気分になるクレメンテ。
庭先から城内へ入ろうとしたその時、第三者が介入してくる。
「領主様!! 寝所に居ないと思ったら!!」
息を切らしながらやって来たのは四十代程のふくよかな女性。踝まで覆う長いワンピーズにエプロンを巻いていた。その姿から、使用人であることが分かる。
「イリア、わたくしは領主ではないと何回言ったら」
「それよりも、こちらの方々は?」
「領主様です」
「は?」
「領主様がいらっしゃいました」
「こんな、夜更けに?」
「はい」
「今まで、一度も来たことがなかったのに?」
「はい」
「……」
イリアと呼ばれた使用人は胡乱な表情で先頭に立っているクレメンテを見た。
乱れた髪の毛に似合っていない安物に見える眼鏡に、よれよれのタイとシャツと薄汚れたズボン。とても公爵家の人間には見えなかった。
証拠はと聞いたら、首を傾げるヨルク。
誰かも分からない客人を城に入れる訳にはいけないと、前に出てジロリと値踏みするようにクレメンテを見上げた。
「申し訳ありません。領主様の証を見せて頂けますか?」
「あ、え~っと、どうしましょう?」
持って来ていた私物を振り返っていたが、身分の証明になりそうなものは何一つ持って来ていなかった。
慌てふためく様子は怪しい人物にしか見えない。
危機的な状況に陥ったクレメンテに、エリージュが耳打ちをする。
最近交わした文の内容を言えばいいと。
その手があったと、侍女に感謝をすることになった。
クレメンテが領主と領主代理にしか知りえない手紙の内容を話せば、その通りだとヨルクは言った。
「間違いなく領主様ですわ」
「……」
イリアは納得していない様子であったが、先ほどから背後に居た侍女の鋭い目線が突き刺さっていたので、反抗することを諦めた。
「ごめんなさいね。いきなり押しかけて」
「いえ……」
声を駆けてきた女性の顔をイリアは見上げ、驚愕することになった。
髪の色は濃い紫。目は闇よりも深い黒である。
長い髪は緩やかな線を描いており、目はぱっちりと大きい。胸元から腰まで優美な形を描いた絶世の美女。
「はあ、なんて、お美しい御方」
「あ、そう?」
「奥様でございますか?」
「まあ、一応」
「こんなお綺麗な方がいらっしゃるなんて!」
「どうも」
自慢の奥様ですねとイリアが言えば、クレメンテは照れたように微笑む。
「私には勿体ない女性です」
『大丈夫、そんなことないから』
「リリット、なんであなたが言うの!」
『いやいや、お似合って意味だし』
妖精の存在に目を丸めるヨルクとイリア。
他にも居るんだよとリリットが紹介をすれば、更に驚くことになった。
◇◇◇
城に使用人は十人も居ないとの話であったが、客室はいつも整えていたようですぐに部屋を用意してくれると言った。
居間では軽食と温かい飲み物が振る舞われた。
怪植物の分まであり、皿に注がれたミルクに根を浸けて『生キテテ良カッタ~~』
と言っている。
「何もおもてなしが出来ずに」
「いえいえ、とんでもない!」
突然押しかけたにも関わらず、ヨルクは怪しい一味を暖かく迎え入れてくれた。
それだけでもありがたいと、クレメンテは頭を下げる。
頭が低い姿勢の領主を前に、ヨルクは柔らかな微笑みを向ける。
「何もないところですが、楽しんでいただければ嬉しく思います」
「ありがとうございます。お世話になります」
村の話を聞けば、のんびりとしていて平和な場所だということが分かる。
ヨルクはペギリスタイン公爵の従妹だと言っていた。
夫に先立たれ、娘は都会の貴族へ嫁ぎ、今は独り身だと話す。
「とても穏やかに毎日を過ごしています。ここは、自慢の村です」
クレメンテは明日の散策が楽しみだと話す。
使用人がやって来て寝所の支度が出来たと言うので、部屋を移動することになる。
「こちらは坊ちゃまの部屋になります」
「ありがとうございます」
ウィオレケは使用人に礼をしてから部屋に入る。
リリットや花の妖精姉妹達も手招いた。
『オヤスミナサ~イ』
「お前もこの部屋だよ!!」
『ワ~オ!』
ウィオレケは怪植物の葉の生え際部分を掴んで引き入れた。
次に案内されたのはエリージュの部屋。
「ここが大奥様の部屋でございます」
「侍女ですが」
「え?」
「まあ、いいでしょう」
呆気にとられる使用人を前に、綺麗な会釈をして部屋に入って行った。
「すみません、侍女なんです」
「は、はあ……」
クレメンテはエリージュの無駄に大きな態度を一応謝っておいた。
最後は大きな二枚扉のある部屋の前まで案内をされた。
領主だからと、立派な部屋を用意してくれたものだとクレメンテは思う。
ところが、使用人の口からは思いがけない言葉が飛び出てきた。
「こちらが旦那様と奥様の寝室になります」
「!」
「!」
中にある洗面所に湯が用意してあり、手伝いが必要であれば手を貸すと言ったが、リンゼイは必要ないとお断りをした。
中の設備を簡単に紹介してから、使用人は一礼をする。
「では、ごゆっくりお過ごし下さいませ」
「……」
「……」
クレメンテとリンゼイはまさかの展開に顔を見合わせ、茫然としていた。
アイテム図鑑
リンゼイの魔の手
怪植物の生命を脅かす、危な過ぎる右手。




