六十八話
屋敷の修繕の為に三日間程リンゼイ達は作業の邪魔にならないように立ち退くことになった。唯一、シグナルだけは現場監督をするからと言って屋敷に残る。
プラタとメレンゲにもその辺の森で過ごすように命じていた。
三日分の衣服を鞄の中に詰めて、全員分の持ち物を道具箱の中に収納してから家を出る。
屋敷から出て来たのは臨時使用人と、エリージュにクレメンテとリンゼイ、ウィオレケ。人外はリリットと花の妖精姉妹。ミノル族のノムは地下生活なので問題ないと言って屋敷の滞在を続けていた。世話はシグナルに頼んでいる。
他の使用人は長期休暇を利用して各々の実家に帰っていた。
イルとスメラルドは旅行に出かけている。仲が良い様でなによりと、クレメンテが許可を出していたのだ。
路頭に迷ったような状態となった一行は、食堂で食事を済ませた後で喫茶店に行き、この三日間をどのように過ごすか考えることにする。
クレメンテは店の扉を開いて、先にエリージュを中へと導く。
次にリンゼイに視線を送って入るように勧めた。
「ここ、前にリンゼイさんと来たお店なんです」
「薬草茶の店なの。癖があって珍しいお茶しか置いてないから」
「まあ、左様でございましたか」
相変わらず客が居ない。
入ってすぐに店主が出迎えてくれた。
ウィオレケは向いにあった古本屋を覘きたいというので、別行動となった。
好奇心旺盛な妖精達が一緒について行く。
喫茶店に入れば、窓際の席を案内された。
クレメンテはリンゼイと向かい合う席に腰掛け、エリージュはその隣に座る。
店主お勧めの紅茶を三つ頼み、運ばれてきたものを口に含んでホッと一息つく。
朝から市場に出掛け、帰宅後は竜の襲来にてんやわんやとなり、屋敷の窓が割れて庭が大いに荒されたという慌ただしい一日であった。
紅茶よりも霊薬を飲んだ方がいいのではとリンゼイは思っていたが、温かい飲み物は思いの外体を芯から温めて、心を癒してくれた。
ぼんやりと過ごす時間は続く。
開口一番、自らの身の振り方について発言をしたのはエリージュであった。
彼女は知り合いの家に滞在をするので心配をしなくてもいいと。
だが、クレメンテはそれに待ったを掛ける。
「あの、一緒に、行きましょう」
「どこに?」
「私の、領地に」
「まあ! あの、新しく賜った領土に?」
「……はい」
クレメンテは結婚をした祝いとして、公爵から領地を分けて貰っていた。
「ん? 国王からではなくて、ペギリスタイン公爵から貰ったの?」
「はい。身分は返上したので」
「ふうん」
クレメンテは公妾の子でありながら、第二王子を名乗るという特殊な立場であった。
通常、王妃以外の子供は庶子扱いで、王子と呼ばれる身分にはならない。だが、気の毒な境遇のクレメンテを気遣った王が、二人目の子供として扱っていたのだ。
一方で、クレメンテは母方の嫁ぎ先である公爵家に籍を置いていた。これも特殊な例だという。公爵は国王の従兄。一応は血縁関係にあったので、このように無茶苦茶な話が通じていたのだ。
そんな公爵家から、結婚祝いとして田舎の領土を貰っていた。
そこは長年公爵家の者達が住むことはなく、分家の手によって治められている場所である。よって、クレメンテが直接手を下さなくとも、なんとかなっている状態であった。
話を聞いているうちにリンゼイは疑問に思う。
どうして国王は公妾を迎えなければならない事態になっていたのかと。
「それは、祖父に庶民育ちの王妃様との結婚と引き換えに命じられたことだと聞いたことがあります」
暴君と呼ばれていたクレメンテの祖父は、息子が連れて来た貴族ではない娘との結婚を反対した。ところが、既にお腹の中には子供が居て、当時王太子であった現国王の意志は曲がらなかった。当然の如く怒り狂ったが、他の反抗的な子供は全て殺してしまったので、後がない。
連れて来た娘の血筋が悪くないという証拠があったので、結局は認めることになる。だが、ただでは転ばなかった暴君は結婚の条件として、自分の選んだ公妾の子供を作れと命じた。完全な腹いせ行為であった。
そこで生まれたのがクレメンテである。
想像以上の重たい話に、リンゼイは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
軽い気持ちで聞いていい話ではなかったのだ。
「あ、そうだったの、えっと、その、ごめんなさい」
リンゼイの言葉に、クレメンテは気にするなとばかりに首を横に振る。その後、沈黙が流れた。
静かな空間の中で、最初に口を開いたのはクレメンテである。
「それで、リンゼイさんもついて来てくれますか?」
「え!?」
「公爵家の領土に。あ、ウィオレケさんや妖精さん達も」
移動は竜に乗るので、メレンゲやプラタも一緒だ。
「突然押しかけて大丈夫なの?」
「ええ。いつでも遊びに来てもいいと言っていたので」
「それって社交辞令なんじゃない?」
「そうでしょうか?」
クレメンテはどうなのかとエリージュに質問をする。
「さあ、いいのではありませんか? 土地も屋敷も旦那様の所有物なです」
「ですよね」
「私まで行く必要はありますか?」
「はい。たまには空気のきれいな場所で過ごして欲しいので」
だったら決まりだと、予定はあっさりと定まった。
リンゼイは念の為にエリージュに竜に乗って行くが大丈夫かと聞いた。若いように見えるが彼女の実年齢は六十過ぎ。空を飛ぶことに抵抗がないのかと確認をする。
「問題ないでしょう」
「本当に?」
「ええ」
改めて、肝の据わった人だと感心することになった。
クレメンテの領土までは王都から山を二つ超えた先にある場所で、竜で二時間ほど。今から行ったら夕方過ぎになる。
一度屋敷に帰ってから、シグナルに一言伝えてから行くようにした。
喫茶店から出れば、ちょうどウィオレケと本屋の前で鉢合わせになる。
手には十冊以上の本があった。掘り出し物があったようで、満足したような顔をしている。
「姉上、この前捕獲した怪植物は?」
「あ、忘れてた」
帰宅後、庭先に置いていた怪植物を見に行けば、横に倒れていた。
幸い、結界を張っていたお蔭でガラスの破片は刺さっていなかったが、長い時間放置されていたので、心が折れていた。
『ヒドイ……ヒドイ……』
「ごめんってば!」
どぼどぼと『植物魔力活性剤』を振りかければ、あっさりと元気になる。
『ク、悔シイケレド、元気ニナッチャウ!!』
「……」
体をびくびくと震わせながら、心労で萎れていた葉の張りを取り戻す。
「姉上、これは……?」
「うん、まあ、なんだろ、これ」
ウィオレケは怪植物が流暢に喋る様子を初めて見た。姉から話は聞いていたが、ここまで話せるとは思っても居なかった。
ちょっと調べたいからと、ウィオレケは葉に触れる。すると、くすぐったいと笑い出す怪植物。
「姉上、これ、葉を引きちぎったらどうなるんだろう?」
「鬱陶しいことになりそう」
森に返そうかという考えが頭を過った。姉弟はどうするべきかと悩んでしまう。だが、貴重な植物を自ら手放すことは愚かなことである。二人揃って薬草への愛が、勝ってしまった。
「とりあえず放置」
「それがいいかもね」
その決定に怪植物が慌てた。
先ほどから出入りしている修繕業者が怖いと。
どういう意味かと話を詳しく聞けば、強面でガタイのいい者ばかり通るので、恐怖を覚えていると。一回だけ、資材を運ぶ若者に蹴られそうになったらしい。
「これって連れて行けってこと?」
「……」
ストレスで枯れてしまうかもと主張するので、結局連れて行くことにした。
◇◇◇
現在、リンゼイ達は空の上に居る。
メレンゲにはリンゼイとウィオレケが乗って、プラタにはクレメンテとエリージュが乗っている。妖精達は皆、クレメンテの持つ鞄の中に納まっていた。
心配していたエリージュであったが、空の景色を楽しそうに眺めている。
問題は別にあった。
『聞イテイナイ! コンナ待遇、聞イテイナイ~~!』
「うるさいって!!」
『ダッテ、ダッテ……ヒィン!』
怪植物の体は大きな布の中にあり、顔だけ出されていた。
それをメレンゲが首からぶら下げて飛行しているのである。
大きく体が揺れるたびに悲鳴をあげていた。
甲高い声に、うんざりとするリンゼイとウィオレケ。
「姉上、やっぱり屋敷に置いて来れば良かったのでは?」
「後悔してる」
怪植物の悲鳴を聞きながら、魔術師姉弟は夕日を背に目を細めることになった。
アイテム図鑑
白竜の鱗
身に着けているだけで治癒と結界の効果があるスペシャルレアアイテム。
リンゼイは羨ましくって弟にお願いをして、たまに見せて貰っている。




