七話
その日、リンゼイは六十本の霊薬作りに成功する。
夕方にクレメンテが帰って来たので成果を報告するために居間に向かった。
途中、洗濯していた魔術師の外套が戻って来たので、その場で羽織ってから移動を再開する。
「おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
リンゼイは会話がしやすいようにクレメンテの隣に腰掛けた。
「どうだった?」
「ええ、雑貨屋に商品を置いて貰う件についてはなんとか」
一週間、店への委託料として白銅貨一枚を交換条件に置いて貰うことが決まったことを報告した。販売価格は半銅貨三十銭。三十銭は一本売れる毎の店の取り分である。
「とりあえず、百本まで預かってくれるらしいです」
「一週間で全部売れたら銀銅貨五枚分ね」
「はい。途中で在庫がはけたら追加も可能だと言っていました」
「そう」
それにしても、とリンゼイは続ける。
「よく試作品もなしに委託を受けて貰えたね」
「実を言えば、知り合いのお店で」
「そうだったの」
委託料や店の取り分も安くして貰ったとクレメンテは言う。
「大通りにある、八年前に開店したお店なのですが」
「……が?」
「いえ、明日、一緒に行きましょう。説明するより分かりやすいはずです」
「分かった」
クレメンテの話が終わったので、リンゼイは本日の成果を報告する。
作った緑の霊薬は六十本。効果はエリージュで確認済。
「すごいですね」
「材料は無くなってしまったけどね」
「材料と言えば」
「ん?」
クレメンテは鞄の中から水の入った瓶を取り出した。
「これ、朝から取りに行って」
「え、うそ、助かる!」
「良かったです」
朝早く出かけた意味を知ることになった。
先ほどから草と土の匂いがしていたのは森に入っていたためだったのかとリンゼイが言えば、クレメンテの表情は硬くなる。
「そういえば、血の匂いもするね。どこか怪我をしているの?」
「いえ、私は」
「だったら誰の血?」
「……」
一瞬の沈黙。その後に、クレメンテは昼食用に森で動物を狩ったことを告げた。
「そうだったの」
「女性は、そういうことを苦手に思う方も多いので、言うべきかどうか迷いまして」
「私は大丈夫だから」
「わかりました」
ちょっとした価値観についての話について触れた後は、再び仕事の話題となる。
今後、材料の採取はクレメンテが行い、リンゼイは霊薬作りに専念する、ということで話がまとまった。
明日は午前中に緑の霊薬六十本の搬入を行い、午後からは森に行ってシシリ草と白紅花の根、湖の水の採り方をクレメンテに教えることした。
◇◇◇
翌日。
「おはようございます、奥様」
「おはよう」
窓から微かに日の出の光が差し込むような時間帯にエリージュはリンゼイの身支度を整えるためにやって来る。
「本日は旦那様とのお出かけということで、若草色のドレスをご用意致しました」
「……そう」
前日にエリージュからどのような明日はドレスが良いかと聞かれ、リンゼイは魔術師の外套に合うドレスを、と頼んでいた。
用意された装飾品や下着などの中に外套はない。恐らく、似合うものがなかったので却下されたのだろうな、と悲しくなった。
若草色のドレスは詰め襟状で露出も最低限となっている。生地には白い刺繍糸で蔦模様が刺されてある上品な意匠だった。
髪の毛は高く結いあげられて一つに纏め、可憐な花の髪飾りを挿す。
化粧は薄めに仕上げた。
「奥様、お忍び中の姫君のようです」
「……あ、ありがとう」
リンゼイが着飾ることを嫌がるので、エリージュの褒め方もいささか過剰になってきていた。
やっとのことで身支度が終わり、ぐったりしながら歩いていれば、後ろを歩いていたエリージュに姿勢が曲がっていると指摘された。
食堂へ入れば、すでにクレメンテは席に着いて紅茶を啜っていた。
「おはよう」
「おはようございま」
「?」
中途半端な場所で言葉を切るので、リンゼイは訝しげな表情で夫の顔を見る。
「どうしたの?」
声をかけられて、クレメンテは現実に引き戻された。
「あ、あの、いえ」
「奥様があまりにもお綺麗で、見惚れていたのですよね、旦那様?」
「!」
エリージュがそういう風に言えば、クレメンテの目は大きく見開かれた。その後、赤面をする。
妙な雰囲気になったので、その場の空気を変えるために、リンゼイは軽口を叩く。
「まあ、私のことはいつでも自由に見てもいいから」
「あ、ありがとうございます」
本気に取られても困る言葉ではあったが、リンゼイは「どういたしまして」と言って適当に話題を流した。
朝食後は緑の霊薬を持って雑貨屋に向かう。
「大通りにお店を構えているなんてすごいね」
「ええ、まあ」
街の中心地となる商店街は商業激戦区である。当然、赤字を叩き出す店は家賃が払えなくなって即座に撤退をしていた。
「店主は知り合いって言っていたっけ?」
「知りあいというか、腐れ縁というか」
「ふうん」
辿り着いたのは、『エレン・リリイ』という小さなお店。
クレメンテが店の扉を開けば、カランと鐘の音が鳴った。
「いらっしゃい」
「どうも」
雑貨屋の店主は品出しをしていた。
やって来たクレメンテの顔を見て、にっこりと微笑む。
「リンゼイさん、彼が店主、ユーン・ダンです」
「どうも、はじめまして」
「あなたが殿下の奥さん?」
「一応ね」
クレメンテはユーンに「もう殿下ではない」とやんわり指摘した。
「ユーンとは長い付き合いでして」
クレメンテは腐れ縁を称した雑貨屋の店主を紹介する。
身長は高く、年頃は四十前後、にこにことした表情は人好きしそうな雰囲気であった。
『エレン・リリイ』で取り扱う商品は、古美術や骨董品を中心としていた。店内は少しだけ埃っぽい。
「ここは、貴族の方が良く来るお店です。うまくいけば、薬も売れるかと」
「へえ」
「それで、商品は?」
「この箱にあるんだけど」
早速、リンゼイはユーンに霊薬を見せた。
「へえ、液体の薬。珍しい」
「効果は抜群で、口当たりも良く、飲みやすい薬になります」
ユーンが怪しい商品を見るような目付きで眺めていたので、リンゼイは一本どうぞと緑の霊薬を差し出した。
「では、お言葉に甘えて」
薬を飲み干したユーンは体の変化に瞠目した。
「これは!」
ユーンは薬の効果を、身を以て理解することになった。
「これが、半銅貨と?」
「ええ、それ位かなと思いました」
街の道具屋で売っている薬は二十銭で販売されている。
リンゼイは森で薬草を採っていたが、街で売っている薬の材料は全て郊外で栽培されているもの。故に、低価格での提供を可能としていた。
「街で売っている薬が効きにくいのは、そういうわけがあったのですね」
ユーンはどういう訳だと問いかける。
「森で採る薬草の方が、中に含まれている魔力量が多いと、リンゼイさんが教えてくれて」
「ああ、そういうわけか」
薬の調合や材料については薬師の秘伝となっている。一般人は知らない情報の宝庫であった。
「だったら、この薬は一般に流通させない方がいい。一部の貴族にだけ、紹介するようにしよう」
ユーンは言う。
たった半銅貨で効果抜群な薬が出回れば、あっという間に市場が崩壊してしまうと。
「幸い、貴族たちは街の苦い薬は飲まない。この霊薬とやらは、上手くいけば貴族相手に売れるだろう」
そして、最後に忠告される。
「このことは、シグナルに相談したか?」
「いえ。まだ」
「だったら、色々と一から指導を受けた方がいい」
「……」
シグナルというのは執事のことである。屋敷の財政は彼に一任されていた。
ユーンは説教まがいの言葉を続ける。
「戦場に戦い方や、生き抜く方法、様々な決まりがあるように、商売にも同じような世界がある。知らないで顔を突っ込むのは、命知らずのすることだ」
クレメンテは経済や商売について詳しいわけではない。王子としての役割は別にあったので、軽く学んだ程度であった。
リンゼイは全くの素人なので、その通りだと考える。
霊薬は答えが出てから売るようにしようと、その場で話し合って決めた。
アイテム図鑑
通貨の価値一覧表
十銭札→十円
半銅貨→五十円
銅 貨→百円
白銅貨→五百円
銀銅貨→千円
金銅貨→五千円
銀 貨→一万円
金 貨→十万円




