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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第五章 誰がために
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六十六話

 リンゼイは道具箱の中から飛行板を取り出して、クレメンテに先に帰ることを告げる。

 クレメンテは気を付けるように言って見送ってから、馬車に乗って帰ることに。


 リンゼイは街の屋根の上を走るように、飛行板を使って飛んで帰る。

 屋敷の周囲を取り囲む高い壁をも飛び越えれば、白竜の姿を捉えることが出来た。


 屋根のへりに着地をして、状況の把握をする。

 かつて、ウィオレケの竜だったもの、クロームはメレンゲの前に対峙していた。

 だが、その間にプラタが割って入る。

 間に流れる空気は、険悪そのもの。

 普段は大人しく人懐こいプラタが、牙を剥き出しにして唸るような低い声を発していた。

 まさか、ここで戦う気ではないかと、リンゼイは戦慄する。

 竜が本気の戦闘を始めたら、屋敷はおろか王都を含むかなりの範囲が焼野原となるだろうと、予測していた。

 リンゼイは屋敷の周囲の結界を強化させる。そして、屋敷の外に被害が出ないような術も展開させた。これについては相手が竜なのであまり効果は期待できないが、ないよりはマシだろうと、諦め半分な気持ちで呪文を紡ぐ。


 それから、『共鳴』の術式を組んで、竜の言葉を拾おうとした。


「姉上!!」


 姉の帰還に気付いたウィオレケが屋根によじ登って来た。

 ふらふらと覚束ない足取りで近づき、取り出した杖でバランスを取りながら庭を見下ろす。突然の竜の出現に顔を青くしていた。

 そんな弟に、屋敷の結界の更なる強化魔術を掛けるように命じた。

 続いて、シグナルとリリットが窓から顔を出して、指示を聞きにやって来た。

 リンゼイは屋敷に残っている使用人や妖精を地下に避難させるように命じる。


「奥様、かしこまりました」

『了解! 妖精達はわたしに任せて!』

「急いで、お願い」


 とりあえず、地下に居れば安心だ。

 だが、まだまだ問題は山積みである。

 周囲に溶け込む魔力が震えているのを、身を以て感じる。びりびりと荒ぶる竜の波動を受けて、リンゼイとウィオレケはその場に立っているのも難しい状況に陥っていた。


 銀竜プラタ白竜クロームの睨み合いは続いている。


「クロームは、一体、なにをしに……」

「……」


 リンゼイは共鳴の感度を上げる。そうすれば、彼らが何に対して怒っているのか理解することになる。


「ちょっ、はあ!?」

「彼らは、何を?」

「……痴情のもつれ」

「え!?」

「クロームは、メレンゲを連れに来たみたい」

「な、なんだって!?」


 まさかの状況に、絶句をする二人。

 メレンゲを俺の女だと、当然のように主張するクローム。

 プラタは、メレンゲは自分の嫁だから絶対に渡さないと怒り狂っていた。

 メレンゲはプラタの後ろでぴったりと寄り添うように大人しくしている。

 その姿を見れば、どちらに気持ちが傾いているかは一目瞭然であった。


「姉上、やっぱり、クロームはメレンゲを気に入っていたんだ」

「嘘。あの子、メレンゲに興味無さげだったじゃない!!」

「あいつは素直じゃないっていうか、捻くれ者で……」


 ウィオレケは言う。恐らく、大魔法マグヌス・マギアを使って消費した魔力が回復をしたので、メレンゲを連れに来たのだと。


「でも、良かった」

「?」


 リンゼイは弟の言葉の意図がつかめずに、横顔を見る。

 どういうことなのかと聞けば、クロームはプラタに敵わないだろうと。体はプラタの方が大きい。ぶつかり合いになっても相手より有利だ。

 それに加えて、プラタは世界的にも希少な銀竜である。生まれた時から他の竜よりも高い魔力を保有した状態でいるのだ。

 白竜の存在も珍しく、高い魔力を持っていると言われていたが、プラタ程ではなかった。

 なので、万が一にもメレンゲが連れ去られてしまう事態は起きないだろうと、ウィオレケは推測していた。


「ウィオレケ」

「なに」

「もう、クロームはいいの?」

「……」


 竜との再契約は今までの歴史の中で例がない。

 人は、力で竜に敵わないのだ。

 彼らとの関係は不思議なもので、人が竜に主従関係を結んで貰っていると言っても過言ではない。

 全ては、寛大な竜の在り方があっての契約である。


「私が、クロームを諦めないと言えば、姉上は手を貸してくれるのか?」

「……そうね」


 積極的に協力するとは言えないが、ウィオレケがどうしてもと言うのなら、協力をするとリンゼイは言う。本当にそういうことが可能なのかと聞けば、「方法は無いことはない」と。


「ちょっと手荒な方法になるけれど」


 いつになく真剣な姉の様子に、ウィオレケは緊張の面持ちで白竜を見た。


「姉上、それは――」


 リンゼイが口を開きかけたその時、屋根のすぐ下にある窓が開かれる。クレメンテが顔を出した。


「リンゼイさん!」

「おかえりなさい」

「ただいま帰りました」

「ねえ、ちょっと、こっちに来れる?」

「はい」


 必死になってよじ登ってきたウィオレケとは違い、クレメンテは無駄のない動作で屋根まで上って来る。それから、庭で起こる竜の対峙を目の当たりにして、瞠目していた。


 あの竜は一体? という質問にリンゼイは困ってしまう。


「ウィオレケ、言ってもいい?」

「……」


 クレメンテにはウィオレケの深い事情を説明していなかった。

 姉にどうするかと聞かれて、コクリと頷いた。


「あれは、ウィオレケの竜」

「え!?」

魔法マギアの力で、契約が破棄されていたの」

「そ、そんな、ことが」


 ウィオレケが竜を取り戻すまで家を勘当されていること、魔術学校も休校扱いになっていることも併せて説明をする。

 クレメンテは、悲痛な様子で話を聞いていた。

 子供に負わせるには、あまりにも大きすぎるものだと思ったからだ。

 アイスコレッタ家は七歳になったら竜の卵を貰うということや、弟が竜に乗って品物を届けてくれたというリンゼイの話をクレメンテは覚えていたので、竜が居ないことを不思議に思っていた。だが、なんとなく触れてはいけない話題のような気がして、今まで追求することもなかったのだ。


「リンゼイさん、竜との再契約は」

「可能」


 クロームの体の中には、ウィオレケと契約を結んでいた跡がある。

 それを再利用して、契約を結ぶことは可能なのだ。


「でも、簡単に出来ることじゃないの。不可能に近いでしょうね。だから、多くの人は竜との再契約は出来ないと断言する」


 それに、再契約は竜との関係性も大きく変わる。

 今までのように、信頼関係の中で成り立つものではなくなってしまうのだ。


「それは、なぜ?」

「――絶対服従権を行使するから」

「?」


 魔術師との契約の中には竜が主人に危害を与えない為の術式が含まれている。

 これは、竜側が用意するもので、人間側は血を飲ませるばかりであった。

 今度は逆に、魔術師側が『服従』の術式を含ませた自身の血を飲ませることによって、再契約は成り立つ。

 以前飲んだ血の契約と合わさって、効果が大きなものへとなるのだ。

 だが、そうなった場合、竜の意思は死んでしまう。

 完全な人間の支配下に陥り、便利な道具と成り果ててしまうのだ。


 姉が積極的には協力出来ないと言った意味、それは、今まで竜を大切にしていた者にとって、容易く出来る行為では無かった。しかも、決別した竜に血を飲ませることは難しい。二重の意味で、困難なものだったのかと、再契約についてウィオレケは理解することになる。


「ウィオレケ、あなた、そんなことも調べてなかったの?」

「……」

「まさか、再契約について知らない状態で追いかけていたなんて」

「……あいつは、素直じゃなかったから、こちらが下手に出たらなんとかなると、思っていて」

「……」


家を追い出され、混乱した頭ではクロームを追いかけなくては、という考えしか浮かばなかったと言う。


 突如として、竜達の鳴き声が大きくなる。


「一体、彼らは何をお喋りしているのでしょうか?」

「……婚約を破棄した覚えはないと、クロームが主張しているみたい」

「あいつ! だったら、どうして会った時に積極的に好意を示さなかったんだ!」

「照れていたんですかね。気持ちは分からなくもないといいますか」

「……」

「……」


 クロームはプラタにメレンゲの何を知っているのかと聞いた。すると、突然立ち上がって二足歩行となり、先ほどよりも更に高い位置から見下ろしながら、ふん! と鼻を鳴らす。

 それから、メレンゲ語りを始めた。

 生まれたばかりのプラタを受け入れてくれたこと。湖水の口移しは毎日してくれるし、夜は抱き付いて温めてくれる。それから、照れ屋でとても可愛い。

 プラタの嫁自慢とも言えるメレンゲ語りが止まらない。


 それを聞いたクロームは苛ついて咆哮を上げる。

 メレンゲは恥ずかしいので俯いていた。


 竜の惚気を聞いていたら、叫びたくなる気持ちも理解できるようなと、ウィオレケは思ってしまう。


 話を聞いているうちにクロームは地団駄を踏み始めた。

 地面は揺れて、何枚かの窓が割れて行く。


 そろそろ見物も潮時だと、リンゼイは言った。


「で、どうするの?」

「――姉上」


 ウィオレケは迷いのない眼差しを向けながら言う。


 クロームのことは諦める、と。


アイテム図鑑


婚約破棄


自由になって魔力も回復したので婚約者を迎えに行けば、間男が居た!?

しかも、かつて、結ばれていた契約は無効だと一方的に告げられる。

どうしてこうなってしまったのか。

白竜は悔しさをばねにして、牙を剥く。

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