六十五話
リンゼイの共に頑張ろうと言う言葉にクレメンテは驚いた顔を見せながらも、よろしくお願いしますと頭を下げた。
「折角だから、他の所も見てみましょう」
「はい!」
薬草問屋の隣は花屋である。
ここでは妖精姉妹のお土産に花の苗を買った。荷物持ちは当然ながらクレメンテである。
その隣は瓶詰の商品が並べられた商店。
蜂蜜にジャム、果物や花のシロップ漬けに、オイル漬けにされた魚や野菜など、種類は多岐に渡る。
「なんか、瓶詰売り場を見ると楽しい気分になるんだけど」
どうしてかと首を傾げるリンゼイに、クレメンテは瓶が並んだ様子が『メディチナ』の在庫置き場に似ているからではないかと言ってみた。
結びつくところがあったのか、リンゼイは「そうかもしれない」と心躍る理由を察する。
宝飾品売り場では高価な品を取り扱っている訳ではなかったが、様々な地方の珍しい形の細工が並んでいた。リンゼイはその売り場は通過して、骨董商が並べている古ぼけた飾り細工の中に魔道具の素材となる品がないかを、一生懸命探していた。
「使い込めば使い込むほどいいもの、でしたっけ?」
「そう」
残念ながらリンゼイのお目に適う物は置いていなかった。
サクサクと先を進む。
次の通りにはお菓子が売られていた。周囲には甘い香りが漂っている。
リリットへのお土産に量り売りの飴を買い、使用人には缶入りの焼き菓子を買った。
スメラルドには一口大のクッキーが詰まった瓶を、イルには香草入りのカップケーキを買う。
エリージュには酒の入ったチョコレートでもと思ったが、市場の安物お菓子を買って帰ればなにか言われそうな予感がひしひしとしていたので、どうしようかと悩む。
「どう思う?」
「美味しかったら文句は言わないと思うのですが」
「それを見分ける審美眼と舌があればいいんだけどね!」
「た、確かに」
試食が出来るお菓子もあったが、いまいちいつも出される茶菓子との違いが分からない二人であった。
最終的には高い物は美味しいということになり、割と値の張る輸入物の焼き菓子を購入した。
「リンゼイさんは甘い物は?」
「いらない」
そう言いながら背後を振り返れば、両手に荷物を抱えているクレメンテの姿があった。
リンゼイは慌てて駆け寄って半分持つと言ったが、平気だから気にしないでくれと首を横に振る。
「大変でしょう?」
「いえ、大丈夫です」
「なんだか、虐げているみたいに見えるから」
「そんなことありません、リンゼイさんの荷物持ち、嬉しいです」
「あなたはまた、そんな変なことを言って!」
「変なことではありません。本心からの行動なので」
「いいから半分渡して!」
リンゼイの伸ばす手を避け続けていたクレメンテは、あることを思い出す。
「あ、道具箱! リンゼイさん、道具箱に入れましょう!」
「!」
すっかり自分で作った魔道具の存在を忘れていたリンゼイは、ちょっとだけ恥ずかしくなる。
人通りの少ない路地に入り、しゃがみ込んで買った品を収納する二人であった。
◇◇◇
身軽になったところで向かった先は食べ物を扱う屋台広場。
天蓋の下に机と椅子が置かれていて、その場で食事が出来るようになっている。
「ここもすごい人」
「ですね」
朝食を食べてきたので、何か軽い物でも食べて帰ろうかと話していたが、並ぶだけでうんざりしそうだとリンゼイは思う。
「なにか食べたいものがあるの?」
「いいえ。この人混みを見ていたら、食欲が……」
「だったら、帰りましょうか?」
「ええ」
肩を並べてトボトボと馬車乗り場まで歩いて行く。
薬草について勉強になったが、恥ずかしい一面を見られてしまったと、今になって穴があったら入りたい気分になっているクレメンテ。
尋問は兵士の仕事なのに、何故あの場でしてしまったのかと、後悔が押し寄せる。
「ねえ、大丈夫?」
「え?」
「思いつめた顔をしているから」
「!」
すぐに口から「すみません」という言葉が出てきそうになって、口元に手を当てる。
つまらない話だと思ったが、リンゼイに考えていたことを話した。
自分が恥ずかしいと。
いい年なのに感情が抑えられず、手が出てしまったと、罪を告白するような口ぶりで言う。
きっかけは人の手で栽培した薬草を天然の物だと偽って売っていたこと。
次に、リンゼイに物を投げつけたこと。
許せないと思って、気が付いたら相手を過剰なまでに拘束して、しなくてもいい取り調べをしていたのだ。
「最近は穏やかになったと、自分で思っていたのですが、全然そんなことはなくって……」
こういうところが暗くて面倒くさいのだろうなと、言ってから落ち込むクレメンテ。
恐る恐るリンゼイの方を見たが、表情からはなにも読み取れなかった。
「本当に、自己嫌悪が酷くて……」
なんどもリンゼイやエリージュに暗いと言われていたのに、治りそうにないと嘲笑する。
話はこれで終わりだと言えば、リンゼイは「そう」と返事をするばかりであった。
「リンゼイさん」
「なに?」
「ありがとうございました」
「なにが?」
「今日、付き合って下さって、とても、嬉しかったです。そのお礼を」
リンゼイと面と向かっていれば、照れえてしまって考えていたことが吹っ飛びそうになる。だが、変わらなければと、クレメンテは思う。
だから、勇気を出して後に続く言葉を絞り出した。
「また、私と一緒にお出かけをしてくれますか?」
クレメンテの発言に、リンゼイの目は意外そうに見開かれた。
その表情を見ただけで、調子に乗った発言をしてしまったという後悔が押し寄せる。
いつものように、感謝の気持ちを伝えて、いい思い出になったと自己完結させるのでは、何も成長出来ないからと、言った言葉であった。
怖がってばかりいたら何も変わらない。前を見て、進まなければと、自らを奮い立てる。
一礼をして、リンゼイの視線から逃れようと素早い動きを見せる。
だが、腕を掴まれて、逃走を阻まれてしまった。
「……返事も聞かないまま、どこに行くつもりだったの?」
「お、お家に」
深いため息を吐かれた。
ここでも「すみません」と言おうとして、空いている手で口を紡ぐ。
その言葉は、相手に謝罪をしているのではなく、自分を守る為の言葉だと、今になって気付いたからだ。
「また、あなたが私用で出かけることがあったら、私もついて行くから」
「へ!? あ、は、はい、ありがとう、ございます」
それから、先ほどのことは助かったと言った。
言葉の意味が分からずに、クレメンテは眉間に皺を寄せる。
「いつも、私が怒っている時とか、あなたは落ち着いていたでしょう?」
「そう、でしょうか?」
「そう。でも、今日は私の方が冷静だった」
「……」
「勿論、薬草を偽って販売をしていることに腹が立ったけど、怒っているあなたを見て、怒りが静まったというか」
あの場面では、クレメンテが行動を起こしていなかったら、リンゼイが動いていた。
しかも、彼女が動いた場合は、魔術を使っていたので、現場も店主も酷いことになっていたと考えていた。
だから、今日のことはクレメンテが解決をしてくれて良かったし助かったとリンゼイは言う。
「だから、別に気にしてくてもいいっていうか、私も店主も色んな意味で助かったし」
「……」
「それに、夫婦って、こういうものなんだって、実感した」
クレメンテとリンゼイは上手い具合に噛み合っていた。
足りないところを埋め合うというのか、反面教師と表せばいいのか。
どのように言えばいいのか分からないが、いろいろと思うところがあったとリンゼイは語る。
「話は終わり。帰りましょう」
「は、はい!」
リンゼイは腕を離し、馬車に向かって歩いて行く。
クレメンテも後に続いた。
馬車に乗り込もうとしたその時、地面に大きな影が出来て空を仰ぐ。
「――え?」
大きな白い竜が空を駆ける。
「リンゼイさん、あれは」
「クローム!?」
「え?」
竜が向かう先はクレメンテの屋敷がある。
あっという間に、その姿は小さくなっていった。
「は、早く、帰らなきゃ」
「あの竜は――」
「……」
突如として現れた白竜は、かつてウィオレケと契約を交わした竜であった。
アイテム図鑑
缶入りのお菓子
エリージュの為に選んだ輸入菓子。
リンゼイに渡すように言われて、ブルーになるクレメンテ。




