五十七話
水蛇討伐について決まったことは数点のみ。作戦実行は『メディチナ』の即売会の後に行うということ。準備を十分に行ってから向かうこと。
特に、毒を無効化にするお守りは絶対に必要である。
「とにかく、まずは『メディチナ』の即売会を乗り越えなくちゃ」
「そうですね」
貴族を集めて薬の販売を行う即売会の日にちも迫りつつあった。
実験室では材料のある限り、薬の量産が行われている。
ウィオレケが加わったことにより、生産量が大幅に上がった。
彼は薬作りの効率化も考えて、全ての薬作りの工程を見直すこともしたのだ。
休日はお守りの材料探しの計画を立てる。
ウィオレケは毒性学の授業も取っていた。とはいっても、伝説上の生き物、水蛇の猛毒である。
通常の毒ならば、お守りの核となる宝石はその辺の鉱山にある魔力をそれなりに含んだもので問題ないが、未知の毒なのでもしかしたら防ぎきれない可能性がある。
話について行けないクレメンテは質問をした。どういう仕組みで毒を防ぐのかと。
「まあ、分かりやすく言えば強力な結界なんだけどね」
身を守る条件を限定することによって効果を最大限にまで引き出すのだ。
今回の場合は猛毒なので、宝石も最高位のものが必要となる。
「お店で売っているような宝石では駄目なんですよね」
その質問にウィオレケは街で売っているような宝石は使えないと言う。
「伝説クラスとまでは言わないけどね。ウィオレケ、なんか思いつく?」
「例えば、国宝とか」
王族などが代々受け継ぐような品物ならば、思いが魔力となって蓄積しているので更に良いと言う。
そんなウィオレケの発言に、クレメンテはウッと言葉を詰まらせる。
兄か父に交渉を持ち掛けなければならないので、一気に憂鬱な気分になった。
お守りを用意するのは近接戦闘をするクレメンテの分だけ。
リンゼイとウィオレケは空中から攻撃を仕掛け、イルは遠方から矢を射ることになる。
「国宝級の宝石は……、父か兄に聞いてみないとですね」
「確か、この国にあるのは『王妃の指輪』、だったか」
「初めて聞きました」
「……」
勉強熱心なウィオレケはセレディンティア王国のお宝事情まで把握していた。
『王妃の指輪』は十七世紀前に作られたもので、中心にはめ込まれた大粒の銀宝石は『妖精姫の涙』と言われている、世界的にも珍しい品である。八年前に紛失したという記述がある国宝であった。
「え、指輪、無いんですか!?」
「なんか、失くしたって書いてあった」
「こ、国宝がそんな扱いって……王妃様は一体、どのような管理をしていたのか」
失くしただけでも大変なのに、それを外部へ漏らすのもどうなんだと、無駄に明るい王妃の姿を思い浮かべながら考えるクレメンテ。
盗難ではないということは確かであると王妃が発言している記述があったとウィオレケは言う。
魔術師たちは日夜世界の宝物で魔道具を作ることを目論んでいるので、そういったものを集めた特集が組んである雑誌は飛ぶように売れるのだ。
だが、絶対に手に入らない品ばかりなので、妄想用の資料になってしまう。
「……ウィオレケ」
「ん?」
今まで腕を組み、顔を顰めていたリンゼイが質問をする。
国宝『王妃の指輪』はどのようなデザインであるのかと。
ウィオレケは紙の上に指輪を書き起こして、姉に見せる。
「あっ、これ!」
「姉上?」
「どうかしましたか?」
「……見たこと、ある」
珍しく、リンゼイの表情は青ざめていた。
どういうことだと聞いてみれば、エリージュが似たような指輪を持っていたのを見たと話す。
その話を聞いて、ヤバいという表情をするとウィオレケ。なんとなく、エリージュが元王妃であったということは隠したい事情であるということは察していた。クレメンテも同様に、額に汗を浮かべている。
「ねえ、エリージュってやっぱり!!」
「ほ、本人から、お話を聞いてきましょう!!」
「……」
リンゼイの言葉を遮るようにして、クレメンテは発言をする。それから、勢いよく部屋を飛び出していった。
数分後、エリージュを引き連れて帰って来る。
堂々とした様子で現れた侍女はこの屋敷の主人が引いた椅子に、当然のごとく腰掛ける。
それを見たウィオレケは、二人とも設定を忘れているのではと思ってしまった。
クレメンテ的には休日に呼び出すことに罪悪感があったので、自然に出た行動であった。
幸い、リンゼイは下僕行為に気付かない。
「私の宝石の話で盛り上がっていたとかで?」
「ええ。エリージュ、あなたは――」
若草色のドレスのポケットの中から取り出されたそれは、先ほど描いた指輪の絵と相違ない指輪である。キラキラと輝く宝石は、生涯見ることが出来ないような特別な品物に見えた。
「こちらは『王妃の指輪』の複製品です」
「え?」
「先王とその妻となった女性の結婚を祝して、数量限定で製作された指輪でございます」
「そうなの?」
「はい」
宝石について、そこまで詳しくなかったリンゼイはエリージュの言葉を簡単に信じた。
これまでの経緯を説明すれば、エリージュは指輪をお守りに使っても良いと言う。
加工をするから元通りには戻らないと説明をしても、問題ないという発言をして、更には不要の品なので宝石は返却しなくていいとまで言う。
「まあ、国宝ほどの品ではありませんが、思いはしっかり籠っていますからね。その、水蛇の毒に耐えうるお守りも作れるのではありませんか?」
リンゼイは手袋を嵌めてから、指輪を手に取る。
宝石の中には、おびただしい量の魔力が含まれていた。
「いかがでしょうか?」
「……すごい魔力量」
本人は夫への恨みや辛みが詰まっていると言っていたが、中の魔力の質はいいものであった。
これならば、どんな毒でも跳ね返すことが出来るだろうと判断をする。
「これ、本当にいいの?」
「ええ。奥様にお譲りするつもりでしたから」
「使うのはクレメンテなんだけど?」
「奥様が決めた用途に文句はいいません」
「だったら、戴くけど」
「はい。不要の品でしたので、良かったです」
二人の会話をクレメンテとウィオレケははらはらとした様子で見守っていた。
エリージュは話が終わると、今から古い友人と出掛けてくると言って部屋を辞した。
リンゼイは眉間に皺を寄せて、指輪を見ている。
「これ、よく見ても国宝級の指輪にしか見えないんだけど」
「せ、精巧に作られた模造品みたいですね」
「国宝は、もっとすごいと」
「そうなの?」
国宝級の宝石など見たことがなかったが、ウィオレケの助け船に乗る形でそうだという返事をした。リンゼイは石魔術の授業を取っておけば良かったと呟いている。
毒から身を守るお守りを作る為にはもう一つ素材が必要であった。
白く輝く特別な金属、『ブランキシマ鋼』を探し出さなければならない。
ブランキシマ鋼は世界で最も固いと言われているクロロム鉱石よりも硬く、加工の際に金や銀よりも簡単に伸びて、鳥の羽よりも軽いと言われている金属である。
「初めて聞く名前ですね」
「世界的に希少な素材みたい。ミノル族が採掘する鉱物から採れるって聞いたことがあるんだけど」
「問題は国内で採れるか」
「そうね。それに、人の力だけで採掘出来るものかも」
ミノル族は人の膝位までの背丈しかない、小人族である。故に、人が入ることのできない環境の中に坑道を作り出して、採掘作業を行うことが出来る。加えて手先が器用で、職人気質なところがあり、外部との接触は取らないと言われている。
移住地は世界に数か所あると言われていた。
「まあ、まずは国内にあるかを……」
部屋から持ち込んできた地図を広げる。
魔術師姉弟は眉間に皺を寄せながら周囲の環境と魔力濃度を計算して、その場所に素材があるかどうかを推測する。
地図の中に一か所だけ、該当するような地域があった。
「あとはミノル族との交渉よね」
「姉上、ミヌミーヌ語は?」
「知らない」
「私も知らない。困ったな」
「その前に、彼らって人間嫌いじゃなかった?」
「……ああ、そんな記述もあったような」
ミヌミーヌ語はミノル族が使う言語で、世界で最も難解な言葉でもあった。
対人言語能力はそこそこある姉弟であったが、人外種族への言語はほとんど習得していない。
「そういえば、リリットさん達の言語はどうなっているのでしょう?」
「それは契約する時の術式に含まれていて、魔力共鳴することによって、契約主に言語を合わせるようになっているの」
「へえ、すごいんですねえ、魔術って」
スメラルドみたいな人里に紛れ込んで生きる猫妖精などは例外で、人間を面白がっている好奇心旺盛なタイプは自分から言語の習得をするのだ。
仮に、人が入って行けない環境下に『ブランキシマ鋼』があれば、ミノル族との交渉をしなければならない。その為に、意志の疎通を取る手段が必要であった。
リンゼイは妖精達を呼び寄せる。
誰かミヌミーヌ語を習得している者が居ないかと聞けば、ささっと元気よく挙手をする妖精が居た。
『は~い、わたし、お話出来ますよ~』
見るからに好奇心旺盛そうな猫妖精・スメラルドが、ミヌミーヌ語を喋れると言ってきた。
リリットも片言なら喋れると申し出てくる。
「……ミノル族との交渉はなんとかなりそう、かも」
「ですね」
事情を説明すれば、スメラルドはミノル族にお守りを作って貰ったらどうかという提案をする。
手先が器用なミノル族が作った魔道具は、魔術師や冒険者ならば喉から手が出るほど欲する品ばかりであった。特殊な魔力付加の能力があり、彼らの作る品は世界の宝とされている。
しかしながら、ミノル族が作った品物で世に出回っている物は全て略奪した物であった。
その歴史が、人間嫌いの背景となっている。
『でも、魔道具を作って気まぐれに飾るだけの一族なんて、珍しいよねえ』
「まあ、世の中には色んな人が居ますから」
『あ、まあ、そう、だね』
目の前の、リンゼイのやることなすことを嬉々として行う男を見ながら、リリットは納得する。
世界には様々な不思議な人が居ると、生暖かい目でクレメンテを見てしまった。
リンゼイはスメラルドへの質問を重ねていた。
「ねえ、彼らへの報酬の相場ってどの位?」
『う~ん、個人にもよりますけど、だいたい果物三つ位で作ってくれるんじゃないでしょうか?』
「は?」
『果物ですよ、奥様』
深い穴倉の中で生活をするミノル族は地中にあるものを食材にして生きている。地上にある果物は、彼らにとって金よりも貴重なものであった。
「え~っと、市場で売っているので大丈夫?」
『はい! ムサの実みたいな、あま~い物がお好きなようです』
「あ、そ、そうなんだ」
教科書には書いていなかった情報に驚くリンゼイ。ウィオレケも信じがたいことだと呟いている。
『ブランキシマ鋼』探しは明日、決行することに決めた。
アイテム図鑑
王妃の指輪
間違いなく国宝であるが、とある事情によって偽物扱いされる不憫な指輪。
息子(国王)も母親の怨念が籠ってそうだからと言って、受け取りを拒否した。




