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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第四章 夫婦として
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五十六話

 リンゼイはウィオレケが送ってくれていた品物の中から、魔導新聞をまとめている箱を取り出して、花の妖精国について書かれているものを探った。


 国の情勢について把握するために、リンゼイは魔導新聞を月に一度まとめて送って貰っていた。

 結婚するまでは暇さえあれば新聞に目を通していたが、ここ一年ほどは『メディチナ』にかかりっきりであったので、暇があっても一部か二部だけ目を通して、残りは読まないまま今日に至っている。


 花の妖精国が謎の魔物によって滅ぼされたと言う話題は、一面に大きな扱いで載っていたので、すぐに見つけだすことが出来た。


 記事に書いてあることはすべてが専門家による憶測でしかなかった。

 妖精国を観測する魔道具が内部の魔力量を感知しなかったというのが、異変に気付くきっかけだと記されている。


 リンゼイは記事が書かれた新聞を折りたたんでから箱の中にしまい込んだ。

 紙面には彼女の弟から聞いていた以上の情報は書かれていなかった。


 控え目な様子で扉が叩かれて、侍女よりクレメンテの帰宅が告げられる。


 リンゼイは早歩きで玄関まで向かった。


 ◇◇◇


 クレメンテは玄関で上着を脱いでいるところであった。

 そこへ、リンゼイがやって来る。

 今まで出迎えに来たことなどなかったような気がして、嬉しくなった。


「お帰りなさい」

「た、ただいま帰りました」


 掛けられた声があまりにも固かったので、浮かれた気分は一気に吹き飛んでしまう。

 何かあったのかと聞けば、部屋でゆっくり話したいと言った。


「リ、リンゼイさん」

「なに?」

「ま、まさか」

「部屋で話すと言ったでしょう?」

「……」


 冷たくあしらわれてしまったので、クレメンテの邪推は更に加速をする。

 その表情を見て、いろいろと察したエリージュがリンゼイを引き留めた。


「奥様」

「なに?」

「お話とは、離縁についてでは、ありませんよね?」

「は?」

「違う、と」

「そうに決まっているじゃない!」

「でしたら安心ですね、旦那様」


 エリージュの発言を聞いて、背後を振り返れば、白目を剥いたクレメンテの姿があった。リンゼイはその顔を見てぎょっとする。


「あらまあ、私の言葉は旦那様に聞こえていなかったようですね」

「え、嘘!」


 クレメンテは魂が抜け落ちた屍のような顔をしている。一目で危ない状態だと分かった。

 リンゼイは慌てて夫の元に戻って行ってしっかりするように肩を叩く。


「ねえ、勝手に勘違いしないで!! 離婚の話じゃないってば!!」

「はっ! 私は、一体!?」


 エリージュは優雅に微笑みながら、「悪霊は落ちましたか、旦那様?」と聞いていた。

 額に大粒の汗が浮かんでいたクレメンテに、リンゼイはハンカチを手渡す。


「奥様、お話があるのですよね」

「そう!」


 リンゼイは喝を入れるようにクレメンテの背中を叩く。

 離婚状を叩きつけられるのではという思い違いをする寸劇を挟んだ後に、居間へと移動することになった。


 居間にはウィオレケにリリット、花の妖精姉妹に後から遅れてシグナルもやって来る。


「すみません、私が最後だったみたいですね」


 ぺこぺこと会釈をしながら、一番端の着席をする。侍女が淹れたての紅茶を配ってから退室をして行った。これで、話し合いの場は整う。


 リンゼイは花の姉妹に、もう一度屋敷の者達に話してもいいかと訊ねる。

 頷いたのを確認してから、リンゼイは語り始めた。


 詳しい話を聞いて明らかになったのは、花の妖精国を襲ったのは水蛇ヒュドラと呼ばれる巨大な毒蛇であるということ。

 ヒュドラというのは、古代に目撃された邪悪なるものの一つだと言われている。

 勇者セイブルと聖女マローネの伝説の中にも登場する魔物であった。

 封印されていた生き物がなぜ妖精国に現れてしまったのかは、明らかにされていない。


「姉上、その件について、気になることが」

「なに?」

「兄上と連絡を取れたりする?」

「ええ、大丈夫だけど」


 公国内で調べて欲しいことがあるので、後で書類を纏めて渡すからと話した。

 ここでは言えない情報だと察したので、事情は後で聞くことにする。


 この先からが本題である。

 リンゼイは妖精国の水蛇ヒュドラを退治したいと宣言した。

 おおよそ、話を聞いていて予想はついていたからか、屋敷の者達は驚かなかった。唯一、ウィオレケだけが驚いた表情で居る。


「ええっ!? あ、姉上どうして、そのような無茶を!? 水蛇ヒュドラが何か知っていて、言っているのか?」

「ええ」


 『水蛇ヒュドラ

 一つの胴体に九つの頭部を持ち、口からは毒の瘴気を放つ。

 沼地を好んで棲み家にして、周囲の生き物や植物などを根絶やしにする悍ましい魔物である。

 毒は吐く息だけではない。血や、鱗にも毒がある。

 もっとも脅威とされているのは、首を切り落としてもすぐに新しく生えてくると言う、すさまじい再生力であった。それに加えて、九個あるうちの一つは『不死の首』と言われ、息の根を止めることはできない。


「だから、水蛇ヒュドラは長い間、封印されていたという訳なのですね」

「そう」


 九個のうち、不死の一個は諦めるとして、残りの八個は切り落としてすぐに首を焼いて傷口を塞げばいいとされていた。


 最後の一個になれば、その辺に居る毒蛇と変わらない。だが、そこまで追い詰めるのが問題であった。


「それで、お願いがあるの」


 リンゼイはじっとクレメンテの顔を見る。

 何のお願いか想像できなかった。

 一瞬チラリと、お金かな? と思ってしまい、残念な気分に。


 しかしながら、彼女は誰もが想像していない一言を発する。


「私と一緒に妖精国について来て」

「!」


 ずっと、リンゼイの話を聞きながらクレメンテは足手まといになるので置いて行かれるのだろうと考えていた。

 こうして、話をしてくれるだけでもありがたいと思うようにしていたのだ。


 だが、違った。

 リンゼイはクレメンテにも来て、一緒に戦って欲しいとお願いしてくれた。

 まさかの申し出に、言葉を失ってしまう。


「申し訳ない話なんだけどね」


 その後、リンゼイでもさすがにヒュドラは怖いと、素直な心内ちを話した。


「そうね。一つだけ、聞いておこうかな?」


 にっこりと微笑みながら、クレメンテに問いかける。


「クレメンテ」

「……はい」


 名前を呼ばれただけで、顔がにやけそうになるが、ぐっと我慢をした。

 それから、次に紡がれる言葉を待つ。


「私の為に、死んでくれる?」

「は、はい、喜んで!!」


 清々しい程に即答であった。

 躾の行き届いた犬のように、主人の望むことをしてくれる。


 二人のやりとりを見ていた面々は、揃って目を細めていた。

 花の妖精姉妹達だけは、はらはらとやり取りを見守るだけである。


「ま、でも、メレンゲも連れて行くし、負ける気はしないっていうか」


 話を聞いていたエリージュは、イルも連れて行くようにと助言する。彼はセレディンティア王国内で一番の腕を持つ弓師だと言う。遠距離からの攻撃も必要なので即座に採用された。本人不在のまま、妖精国に行くことが勝手に決まったことになる。


『リンゼイ、わたしも行くよ!』

「リリット、あなた、大丈夫なの?」

『いや、だって、なんか心配だし』


 もしかしたら『鑑定』の力も役立つかもしれないと言う。

 リンゼイはリリットの存在が心強いと、頭を下げて手伝いを願った。


「姉上、私も」

「あなたは駄目!」

「なぜ!?」

「……」


 リンゼイは花の姉妹に思い入れがあって、かつ、世界の存続の為に水蛇ヒュドラの討伐へと行くことを決めた。

 一番の目的は、彼女らの憂いを取り除いてあげたいという願いがある。


 少人数で水蛇ヒュドラに挑むなど、無謀としか言えなかった。

 二頭の竜が居て、初めて勝算が僅かに見えてくる、という程度だ。


 そんな危ない橋を弟に渡らせる訳にはいかないと、リンゼイは反対をした。


「私は、ワイバーンを単独で倒したことがある!」

「え、嘘!」

「嘘じゃない!」


 ウィオレケは杖を取り出して、リンゼイに見せた。

 柄の先端には、ワイバーンの角を加工した飾りがついていた。


「え、本当!?」


 課題の薬草採取をしている途中に、村の家畜を次々と食べて悪さをするワイバーンが居るので倒して欲しいと乞われたのだ。

 薬草の情報も討伐と引き換えだと言うので、渋々倒しに行ったという。リリットが『鑑定』で見てみれば、間違いなくワイバーンの角であることが発覚した。


「ウィオレケ、すごいじゃない!!」

「か、課題の途中で、いろいろ魔物には会うし、そこそこ倒してきた」


 リンゼイに褒められて照れるウィオレケである。


「でも、心配だったら試験をしてくれ」

「試験?」

「義兄上の、魔物退治について行く」


 まさかの展開に、クレメンテは瞠目する。

 実を言えば、「義兄さん」と呼ばれたことに一番驚いていた。

アイテム図鑑


ワイバーンの角


ワイバーンの魔力は角に集中している。よって、杖を作る時の素材として高値で取引されていた。

乱獲のせいでワイバーンの数が減りつつあるので、希少レア素材。

リンゼイは弟のワイバーンの角が羨ましくって、たまに触らせて貰っている。

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