五十四話
竜の気配を辿って、街から少し外れたところまで歩く。
少し開けた所に、クレメンテとメレンゲ、プラタが待っていた。
「んな!?」
ウィオレケは大きく美しい銀竜を前に瞠目する。
すぐさま姉にあの竜はなんだと問い詰めた。
「あれ、言っていなかったっけ?」
「言っていない」
「あ~、ごめん」
「……」
本日二回目の「言っていなかったっけ」に、がっくりと肩を落とす。
姉・リンゼイのこういう雑なところは尊敬出来ないと、心から思うウィオレケであった。
「この子はプラタ。あの人の竜」
「え!?」
プラタにもウィオレケを紹介する。
人懐っこい竜は立ち上がってから、尻尾を振りつつ挨拶をした。見上げる程に大きな立ち姿である。
「に、二足で立った!? 尻尾も振ってる!? なんだあれは!?」
「あのまま走れたりもするの」
「はあ!?」
二足歩行したり、尻尾を犬のように振ったりする竜など文献に残っていなかったと、茫然とするウィオレケ。
それよりも気になる疑問点が浮かんだので、更に質問を重ねた。
それは、竜の入手方法。
竜は安易に手に入る存在ではない。リンゼイとウィオレケの国では竜の保護条約があり、発見したら報告書を提出しなければならないのだ。そして、個人の判断で契約を持ち掛けることは禁じられている。
「この子は竜の湖で拾ったんだけど」
「ひ、拾った!?」
「親が居なかったから連れて帰ったの」
「この国の竜の保護条約は!?」
「ないっぽい」
「な、なんだって!?」
「生まれたばかりで自分で食事も出来ないから、仕方がない話」
「……」
昔から大人しい子で、自己主張をしないウィオレケだったが、想定外の出来事の連続につい大きな声を出してしまう。
銀竜はクレメンテと契約を交わしたという話を聞いて、更に驚くことになる。
竜との付き合いは魔力を操って共鳴することから始める。
申し訳程度の魔力しか持ち合わせていなく、魔術に精通していないクレメンテにそのような芸当が出来るとは思えなかった。
「一体、どうやって魔術師でない者が意志の疎通を……?」
「ま、プラタは普通の竜とは違うから」
プラタは右の爪先をウィオレケに向かって差し出してきた。差し出された方は何か分からずに首を傾げる。リンゼイが「握手してあげて」とお願いするので、ようやく意味を理解する。
なんという、人間くさいことをしてくる竜なのかと、驚いてしまう。
恐る恐る銀竜の爪を握れば、嬉しそうな高い声で『クエ~!』と鳴いていた。
「た、確かに、普通の竜じゃない」
二足歩行をして、初対面の人間に挨拶をする竜など聞いたことがない。
姉の言う通り、特別な竜なので一般常識で考えてはいけないと思うウィオレケであった。
◇◇◇
帰宅後、使用人にもウィオレケの紹介をする。
皆、リンゼイにそっくりだと、興味津々であった。
『まあまあ、本当に奥様にそっくりで』
「!?」
途中にやって来た使用人を見て、ウィオレケは目を剥くことになる。
遠目で見たら普通の使用人に見えたが、首から上は猫で、首から下は人間という、世にも珍しい猫妖精であった。
使用人の服を纏っているので、誰かと契約を交わしているのかと聞けば、書類上の労働契約を交わしているといるが、魔術を使った契約は行っていないという、彼にとって理解しがたい回答が返ってきた。
妖精の中でも気まぐれ者が多いと言われている猫妖精が、魔術師との契約も無しに人間のように働いているなどとありえない話である。
頭の中の知識との適合性が取れなくなるので、考えるのをやめた。
そして、最後に現れたのは、威厳たっぷりの侍女、エリージュ。
鋭い眼光を放つ女性を前に、思わず息を呑む。
そして、姉の滞在する国について、勉強していたウィオレケは、エリージュの正体に即座に気が付いた。
「なんで、王太后様が、ここに!?」
「――え?」
使用人に取り囲まれているウィオレケが何かを叫んでいたが、リンゼイは聞き取れなかった。
年齢層や種族を問わず様々な女性に囲まれているので、困っているのだろうと思う。
この屋敷で暮らす為の通過儀礼なので放っておくことにした。
使用人の集まりから解放されたウィオレケは、エリージュから「それ以上何か言ったらこの屋敷では生きていけない」と言わんばかりの圧力を掛けられる。
セレディンティア王国の貴族名鑑で得た情報は速やかに頭の中から削除をされた。
◇◇◇
翌朝、使用人の優しくてもふもふとした手で起こされるウィオレケ。
昔、猫を拾ってきて、父親から竜の居る家では飼えるわけがないと怒られた記憶を蘇らせる。
ポンポンと叩いていた手をぎゅっと握れば、柔らかな肉球に触れることになり、大変癒された。
『うふふ、くすぐったいですねえ』
「!?」
のんびりとした女性の声を聞いて我に返る。
ぱっと瞼を開けば、女中の格好をした猫妖精がウィオレケの顔を覗き込んでいた。
「う、うわ!!」
『あらあら~』
握っていた手を放し、猫妖精から距離を取る。
そんな大袈裟な反応を気にすることなく、今日のお召し物ですと言って、鞄の中に入れていた服を用意してくれていた。
ぐしゃぐしゃに詰め込んでいた衣服は、糊が当てられていてパリッとした綺麗なものになっている。
着替えは自分で出来ると言って退室して貰った。
ズボンを穿いて白いシャツを纏い、リボンで襟元を結んでから紺色のベストを着れば身支度は整う。一応、くせ毛にも櫛を入れてみたが、見た目が変わることはなかった。
使用人の案内で食堂に行けば、姉の姿はなくてクレメンテだけ席に着いていた。
「ウィオレケさん、おはようございます」
「……」
会釈だけして、引かれた席に座る。
昨日はよく眠れたかなどと聞いてきたが、ウィオレケは小さな返事をするだけだった。
続いて、リンゼイも食堂へとやって来る。
朝も早い時間帯であったが、着飾って出てきた姉の姿に驚くことになった。
妖精リリットも一緒にやって来て、明るい声でおはようと言っていた。
リンゼイはクレメンテに挨拶をした後で、弟にもいつも通りに朝の挨拶をする。
「おはよう。ウィオレケ」
肩に手を置いて、弟の頬にキスをする。
アイスコレッタ家では見慣れた光景であったが、クレメンテの屋敷の中では初めて見る光景である。
『えっ、リンゼイ、なにそれ!?』
「なにって、朝の挨拶だけど」
『そんなの見たことない!』
リリットもリンゼイの国に滞在していたことがあったが、弟が生まれる前である。
しかも、妖精召喚については二人の内緒だったので、今のように食堂で家族と過ごす様子を見たことがなかったのだ。
『リンゼイ、もう一人、ご家族を忘れているんじゃない?』
「誰?」
リリットはちらりと斜め前に座る男を見た。
仲の良い姉弟の様子に微笑ましい気分となっていたクレメンテは、リンゼイのもう一人の家族だと言われて注目が集まったので、慌ててしまう。
「あ、忘れてた」
「……」
相変わらずのつれない言い様にリリットもクレメンテも肩を落とした。
『リンゼイ、さすがにクレメンテが可哀想だよ』
「い、いいんですよ、リリットさん。私は挨拶をして頂けるだけで幸せですから」
『幸せの感受レベルが死ぬほど低い!!』
酷いと思わないのか、可哀想だと感じないのかと、非難をするリリット。
配膳をしていたエリージュにも、どうかと訊ねてみる。
「確かに、他の家族と扱いが違うというのは、酷いお話ですね」
『でしょう!?』
クレメンテはとんでもないと首を横に振っていたが、リリットやエリージュが言葉巧みにリンゼイを追い詰めていた。
「分かったってば!! すればいいんでしょう!?」
「リンゼイさん、大丈夫です。無理をなさらないで下さい!」
ズンズンと大股でクレメンテの近くまで寄って行くリンゼイ。その背後で、にやりと悪い笑みで視線を交える妖精と侍女。
「ちょっと頬を借りるから!」
「いえいえいえいえ!!」
「大人しくして!!」
「……」
リンゼイはクレメンテの体に触れないように近づき、頬に唇を寄せる。
途中で恥ずかしくなったからか、瞼をぎゅっと閉じてからキスをした。
『お、おお……!!』
「なんとまあ、初々しいことで」
触れた唇は一瞬で放された。
頬にうっすらと口紅が付いてしまったので、リンゼイは食卓の上にあった手巾でガシガシと力一杯拭ってやる。
「……あれは、酷い」
姉のやけくそ気味の口付けを見て、なんだかクレメンテが気の毒に思ってしまうウィオレケ。
口紅を拭き取る手つきは非常に雑だった。
その様子を眺めていると、自分の頬にも姉の口紅がついているのではと気付く。今までリンゼイが口紅を塗っていた日などなかったので、気にかけていなかったのだ。
頬を確認しようとしていたら、背後に控えていたスメラルドが優しい手つきで綺麗に拭いてくれた。
「あ、ありがとう」
『いえいえ~』
すっかり嵌められて、キスをすることになって照れている二人を眺めながら、ウィオレケは傍に居た猫妖精に質問をする。
「あの人たちって、いつもあんな感じ?」
『ええ、とっても愉快なご主人様方です! 毎日飽きないですね!』
「……」
なんとなく、猫妖精が契約も無しにここに居る理由が分かってしまったウィオレケであった。
アイテム図鑑
クレメンテの眼鏡
度数は入っていない。
何種類とエリージュが流行の先端の品を選んで買ってきたのに、どれも似合わなかった。
結局、その辺にあった露店の安い伊達眼鏡が一番マシだったという……。




