五十三話
リンゼイの言葉を聞いたクレメンテは、感極まって泣きそうになっていた。
リリットも意外に思う。興味がないような振りをして、しっかりとクレメンテのことを理解していたのだと。
一方で面白くないのはウィオレケである。彼の姉が他人をどうこう言って、更に褒めるような言葉を口にしたことなんてなかった。本当に想い合って結婚をした夫婦のようだと腹立たしく思う。
リンゼイはウィオレケの事情をクレメンテに説明をした。
竜が逃げたということについては、黙っていた。
「まさか、このようにリンゼイさんのご家族とお会いする機会が出来て、嬉しく思います」
「誰の許しも得ていない結婚だけど」
「!」
怒りの表情を向けられたクレメンテは、ようやく自分の存在が歓迎されたものではないことに気付いた。
リンゼイは弟の態度をたしなめたが、魔術師協会に結婚の申請をしたのかと聞かれて押し黙る。
魔術師協会は担い手の少なくなった魔術などを積極的に保存する集まりだ。
公国内のほとんどの魔術師が所属している。研究チームを組んだり、貴重な魔術師書の写しを公開したり、結婚の斡旋まで行っていた。
古い家系は結婚相手の血統を気にする。よって、魔術協会が相応しい相手を見繕うことをしていた。登録している魔術師は、魔力や家柄など相性の良い相手が居れば結婚に応じなければならない。
リンゼイの父は協会の長を務めているので、勝手に登録されていた。
魔術協会どころか両親にも結婚報告をしていなかったことを思い出して、若干所在のない表情で居る。
「父が知ったら何と言うか」
「す、すみません」
「いいでしょう? 別に結婚くらい好きにしても」
「姉上はアイスコレッタ家の貴重な女系血筋なのに」
リンゼイの家は男が生まれる確率が高い。
アイスコレッタ家の女性は、高い魔力を有する者が多いと言われていた。
その血筋を欲する家もあるが、今までリンゼイの父の目に適う者が現れなかったのだ。
「すみません。この結婚は、私の我儘でした」
父を脅すように結婚話を勧め、リンゼイの逃げ道を塞ぎ、追い詰めるように結婚を迫ったと、正直に告白をするクレメンテ。
らしくない饒舌な様子に、リンゼイは一体どうしたのかと顔を覗き込む。
「ねえ、そういうこと、子供に話さなくてもいいの!」
ウィオレケに聞こえないように耳打ちをする。
だが、クレメンテはリンゼイの家族に嘘を吐きたくないと言った。
「それに、今日は、どうしてか、上手く喋れるような気がして……」
口下手なところもあるクレメンテである。
不思議なことに今日に限って思っていることなどがすらすらと分かりやすく話すことが出来ると言った。
その話を聞いていたリリットは頭を抱えている。
実を言えば、先ほど持って行ったお茶の中に、自白作用のある術を掛けていたのだ。
それは、リンゼイとクレメンテの間に何が起こったのか聞きだす為のささやかな魔術であった。まさか、今日のこの場で効果を最大発揮するとは思わずに、ひたすら申し訳ないと思う。
「幸いなことに、夫婦の契りは交わしていません」
「!?」
クレメンテのとんでもない発言を聞いて、紅茶を口に含んでいたウィオレケは激しく咳き込んでしまう。リンゼイもぎょっとしていたが、苦しそうにしている弟の元へと向かって背中を摩った。
落ち着いたところで話は再開される。
「どうして、夫婦なのにそういうことになっている?」
「それは、私達の結婚が十年間という期限付きのものだからです」
魔術師が個人と契約をした場合、なにがあっても期間が過ぎるまで行動が制限されている。
契約終了後に羽目を外す魔術師が多い為に、国が定められた決まりでもある。
リンゼイは残り九年間、セレディンティア王国に滞在しなければならない。
「契約期間が終わったら、リンゼイさんは家族の元へ返します」
そんな権限や資格などないと言うが、一応書類上の夫の了承がないと離婚も出来ないので、言わせて貰ったと話す。
「私は、リンゼイさんのことは愛していますが、意に沿わないことは絶対にしません」
しれっと、そんなことを言えば、赤面をしたリンゼイになにを言っているのだと肩を強く叩かれていた。
頼りない外見に反して、体は屈強な筋肉に包まれているので、叩いた方が痛い思いをする。
リンゼイの照れ隠しを受けた後で、我慢することにも慣れていることを付け加えた。
クレメンテはそれなりの財産を有していることを告げる。それは国からの報奨金であったり、戦争が終わってからの八年間に魔物を倒して稼いだお金であったり。
現在も、暇さえあれば魔物狩りには出かけていると言う。その中には国からの依頼もあった。
その件についてはリンゼイも知らないことだったので、どういうことかと問い詰められていた。
「あの、休みの日に、たまに行っていました」
「なんで言わなかったの!?」
「以前のように迷惑を掛けてはいけないと、思ったからです」
「!?」
「それに、リンゼイさんは私について興味もないと思って」
リンゼイが否定の言葉を口にする前に、話題は次に移っていた。
薬屋は国内の貴族相手にしているもので、大きな事業ではないということなど、様々な内部事情について語って聞かせた。
「お話は以上です」
「……」
「私達の結婚に、納得をしていただけたでしょうか?」
「そ、それは、結婚って言わない!!」
「そうですね。でも、私にとっては、楽しい結婚生活なのですよ」
「でも!!」
「本当に、書類上の夫婦なので、心配するようなことは欠片もありません。私からリンゼイさんに触れないことは約束をします」
「――へ、変な奴!!」
先ほどから何度も弟の生意気な物言いについて注意をしていたリンゼイであったが、「変な奴」という発言については概ね同意してしまったので、黙っておいた。
最後に、リンゼイに向かって喋り過ぎたと謝罪をした。
ウィオレケは宿屋に荷物を取りに行くというので、支払をすませて出入り口まで同行をした。
「姉上、置いて帰らないで」
「分かっているってば」
再びクレメンテに睨みを効かせてから、宿屋に入って行く。
二人きりとなり、気まずいような空気が流れた。
先に口を開いたのはリンゼイである。
「ごめんなさいね」
「え?」
何事か聞き返せば、彼女の弟の失礼な態度と物言いについての謝罪である。普段は口数が少ない控えめな性格なので、リンゼイもびっくりしていた。
それから、家に連れて帰ることを勝手に決めたことについても謝った。
クレメンテはウィオレケに会えて嬉しかったし、リンゼイも家族と暮らすことによってここでの生活を安心して送れるのであれば、大歓迎だと言った。
「だから、気にしないで下さい」
「……あ、あの」
「はい?」
「ありがとう」と、リンゼイはお礼の言葉を呟く。
クレメンテはとんでもないことだと手を振っている。そして、改めて今日は素晴らしい日だったと言って微笑んでいた。
そんな顔を前にしたリンゼイは、言葉どうしてか詰まってしまう。
「街の外にメレンゲさんとプラタを呼んでおきますね」
「ええ、お願い」
リンゼイは去り行く夫の姿を視線で見送っていた。
『リ、リンゼイさん』
「ん?」
鞄の中で大人しくしていたリリットが、自分からも謝りたいことがあると申告してきた。
一体何事かと聞き返せば、夕方にクレメンテへ持って行った香草茶に、自白作用のある魔術を掛けたことを告白した。
「は!?」
『ご、ごめんなさい!!』
「だから、あの人、今日はあんなにお喋りだったの!?」
『悪かったって、反省しているから!!』
帰って来てからのリンゼイの様子がおかしかったので、二人の間に何かあったのかと気になり、耐魔術がほとんどないクレメンテから情報を聞き出す為に細工をしたと、リリットは正直に事情を説明した。
「お陰様で、弟に内情が全てバレてしまったし、恥ずかしい思いもしたんだけど」
『ほ、本当に、すみませんでした』
だが、口にした言葉の全てはクレメンテのもので、魔術の作り出したものではないとリリットは話す。
『ねえ、リンゼイ、契約が終わったら、国に帰るの?』
国との契約の縛りがなくなれば、リンゼイは将来のことを考えなければいけない。
だが、国に帰ってやりたいことはと自問しても、何も浮かんでこなかった。
『リンゼイの弟の話を聞く限りじゃ、家に帰ってもお父さんの決めた見ず知らずの相手と結婚することになるんじゃない?』
「……」
『それよりも、ここの国で自由に薬を作って、たまにクレメンテを構ったりからかったりして暮らした方が絶対に楽しいと思うよ!』
国に帰れば、不自由な生活が待っている。
そのことにリンゼイは気付く。
そして、意に沿わない結婚は、両親のような家庭を築いてしまうのではと、ぞっとしてしまった。
リリットとの話は宿屋から出てきたウィオレケの登場によって中断された。
アイテム図鑑
クレメンテの愛
ちょっと重たい。




