五十二話
もう二度と竜は帰ってこない。
即ち、ウィオレケは家にも帰れないどころか、学校にも復学出来ないということになる。
そのことについて、彼も気付いていたが、受け入れることが出来なかったのだ。
とりあえず竜を追うことだけを考えて、今日まで過ごしてきたという。
竜と友になることが一人前の魔術師として認められる一歩となるアイスコレッタ家の伝統から大きく道を外してしまったウィオレケは、事実上勘当されたと言ってもいい。
机の上にあった握りしめてある拳は、微かに震えていた。
「竜となにかあったの?」
「いや、いつも通り、呼んだら、突然大魔法を展開させて……」
「そう」
人間にも様々な気質を持つ者が居るように、竜にも様々な性格の者が居る。人と生きることを難しく思う個体が居てもおかしくはない話であった。
リンゼイは弟の竜の性格を知っていたので、今回のことは仕方がない話だと言って慰める。
「で、でも、竜とこんなことになったのは、私にも原因が」
「まあ、責任は全くなかった、という訳ではないと思うけどね」
「……」
気難しい竜との付き合い方というものも存在する。
だが、それを人生経験の浅い子供にしろというのが無理な話でもあった。
「あなたは、これからどうするの?」
「!」
竜が居なくては家に帰ることも、親の許可なしに学校へ行くことも許されない。
魔術師としては未熟。
十三歳と言えば、リンゼイが飛び級をして魔術学校を卒業した年齢でもあったが、そういう例は初めてのことであった。
同じ血筋だからと言って、全員が全員同じように優秀であるというわけではない。
ウィオレケは自らのふがいなさに涙を流す。
このように、姉を頼ることも恥ずかしいことだと思っていた。
黙り込んでしまった弟に、リンゼイは仕方がないとばかりに話し掛ける。
「あなたは、私みたいな魔術師になりたいって、ずっと言っていたような気がする」
「!」
ウィオレケにとって自慢の姉であり、目標とする人物であった。
リンゼイのようになりたいからと、魔術学校でも必死に勉強をして成績は上位を保っていたし、姉の勧めていた薬学の授業も全て取って、公国内では珍しい調合師としての資格なども取得していた。
自分の力で困っている人を助けて、リンゼイに認めて貰いたい。その一心で努力を続けてきた。
だが、その夢も竜を失ったことによって叶わないものとなってしまう。
「もう、泣かないの!」
怒られてしまったが、後悔と絶望などの感情が渦巻いて、涙となって溢れ出てきてしまう。
「あなたはまだ、一人前じゃないでしょう?」
「……」
「誰も期待をしていないの」
だから、目標や将来の夢など、言うだけならば誰にでも出来るとリンゼイは言った。
言葉の一つ一つが胸に突き刺さる。
幼い頃からウィオレケを可愛がっているリンゼイであったが、常に甘いということではなかった。
悪いところは指摘をして正す。
その姿勢は昔から変わらない。
このままでは姉からも見捨てられてしまう。
そう思ったウィオレケは勇気を出して言葉を振り絞った。
「――わ、私は、姉上のような、魔術師に、なりたい……!!」
「そう」
どうでもいいような、軽い返事をするリンゼイ。
そんな言葉を受けて、恐る恐る姉の顔を見た。
リンゼイは微笑みながらウィオレケを見ている。
「姉上、私は……」
「大丈夫、心配しないで」
「え?」
「私があなたを一人前の魔術師にしてあげるから」
「!」
リンゼイはウィオレケに、しばらくここで過ごせばいいと提案をする。
それから、事業の合間に魔術の勉強を教えてあげると言った。
「姉上、そんなことなど、許される、のか……」
「私が決めたから、文句は言わせない」
そもそも、両親とは縁が切れている状態にある。
父も母も三人居る兄たちも、一人前となったリンゼイに干渉してくることはなかった。
「ま、これからのことは私に任せなさい」
「姉上!!」
嬉しそうな表情となった弟に、待ったを掛ける。最後に条件があると。
それはリンゼイとクレメンテが経営している『メディチナ』の手伝いをするということ。
ウィオレケに薬学の知識はどの程度あるものかと質問をすれば、期待を超えた回答が返ってきた。
「あなたが薬学を専攻していて、かつ、調合の資格を持っているなんて。どうして言ってくれなかったの?」
「極めた後で姉上に報告しようと思っていて」
「調合師の資格を持っていれば、魔術師の中では極めたと言っていい水準だと思うけどね」
万能治癒の効果がある回魔術を幼学年で取得する魔術学校の生徒にとって、薬の知識は不要の産物であった。国内でも調合師の資格を持つ者はごく僅かだ。
ウィオレケが『メディチナ』の即戦力になりそうだったので、リンゼイは嬉しくなる。
「私も、薬の生成だったら、少しは役に立つかと」
「ええ、そうね」
過度の期待は相手を潰してしまう場合もあるので、自らの心内ちは表面に出さずにいた。
「詳しい話はうちの人と一回話をして」
「うちの人?」
ウィオレケの呟きはリンゼイの耳まで届いていなかった。
遠くの席に一人で座っていたクレメンテを呼び寄せる。
「この子、私の弟」
リンゼイは隣に座るように言ってから、クレメンテにウィオレケを紹介する。
「リ、リンゼイさんにそっくりですね」
「そう?」
ウィオレケはリンゼイと同じ濃い紫色の癖髪に、黒い目を持っている。目は少しだけ吊り上がっているが、パッと見て二人が血縁関係にあるということが分かる。
家族を紹介して貰って嬉しそうにしているクレメンテとは違い、ウィオレケは鋭い目線で斜め前に座る男を眺めていた。
「それで、姉上、その男は?」
姉の名前を気安く呼び、へらへらと笑う男の正体が気になって堪らなかった。
今まで、リンゼイが異性と並んでいるところを見たことがなかったので、ウィオレケは落ち着かない気分となる。
「あれ、この人のこと、手紙に書いていなかったっけ?」
「全く」
「あ、最近バタバタしていて、言っていなかったかもね」
リンゼイは指先で隣に座る人物を示しながら紹介をする。
――彼は私の夫、だと。
「な!? あ、姉上、いつ、結婚、なんか」
「半年以上前だったっけ?」
「今日でちょうど一年前ですね」
「そんなに経っていたの?」
「はい」
姉が知らない間に人妻になっていた。
その事実を受け止めきれずに、ウィオレケは目を見開く。
斜め前に座る男、クレメンテの魔力はからっきしであった。賢そうにも見えない。お金があるようにも。
一体どうしてこんなことになったのかと、震える声で聞けば、国王から勧められた結婚だと言う。
店内に他の客が居なくなったので、ついでにリンゼイはリリットを紹介した。
腰の鞄の中で他人の振りをしていた妖精を掴んで取り出す。
「この子はリリット。前に話をしたことがあったでしょう?」
「ああ、姉上の幼少期のお友達、と?」
「そう」
リリットは引きつった笑顔で自己紹介をした。
「珍しく大人しくしていたのね」
『はは、さっきまで人が居たしね』
用事が済んだリリットは鞄の中に帰ろうとしたが、茶菓子をくれるというので、正座をして戴くことにした。
「弟さん、なんだか、顔色が悪いですね」
「そう?」
ウィオレケは再びクレメンテを睨み付けていた。
第二王子と紹介されたが、見れば見るほど特別な人には見えなかった。
姉も、どうしてここまで魅力がない人物と結婚したものだと、理解に苦しむ。
「ねえ、どうかしたの?」
「!?」
額の汗を指摘されて、ハッとなる。
このままでは気持ちの整理がつかないので、はっきり聞いてみることにした。
「姉上は、どうしてこの人と結婚を?」
「……さあ?」
「は?」
聞き違いかと思い、もう一度聞いてみたが、リンゼイはどうして結婚したかと言えば、理由などないと言う。
国王に勧められるがままに、結婚とはどういうものかと深く考えずに、婚姻届けに署名をしたと話す。
「こ、ここの国の王族は、見目美しい者として、有名だったような」
クレメンテの容姿ははっきり言って良いものではなかった。
金髪碧眼と美形の要素はあるのにも関わらず、残念な顔つきをしている。目は細くて眼鏡は全く似合っていない。
「そう。この人の兄弟は派手な花みたいに綺麗なんだけど、彼は妾の子で、王妃様の美しい容姿は受け継がなかったみたい」
なんだか雑草みたいでしょう? とリンゼイは言う。
失礼な表現で容姿を示されたのに、クレメンテは照れたように笑っていた。
ますます、姉がどうして結婚生活を続けているのか理解出来ずに頭を抱えるウィオレケ。
リンゼイは続けて意外なことを口にする。
「でも、私、雑草って好きよ」
彼女の愛する薬草も、世間一般では雑草と呼ばれている。
野山にひっそりと生えて、多くの人々に利用方法や名前など知られないまま存在するのだ。
「雑草っていくら踏みつけてもすぐに起き上って、枯れることもないの」
誰に認められることもなく生き続ける、健気な存在だと言う。
「この人、クレメンテも、そういう人」
リンゼイはウィオレケに優しい声色で語り掛けていた。
アイテム図鑑
雑草
どこにでも生えている、誰も気に止めないようなもの。
だが、彼女にとって雑草とは特別なものでもあった。




