五十一話
家に帰れば、リンゼイはそのまま実験室に降りていく。
クレメンテも即売会の準備を少しでも進めようと、仕事部屋へと向かって行った。
実験室に行けば、帰宅に気付いたリリットが地下へと降り立つ。
出入り口に背を向けて居るリンゼイに声を掛けても反応がなかった。
リリットは近づいてから声を掛ける。
『お帰り、リンゼイ、どうだった?』
「え!?」
リンゼイの手が材料を前に止まっていて、更にぼんやりとしていた。突然声を掛けられて、驚いたような表情でいる。
『リンゼイ、どうかしたの?』
「な、なんで!?」
『いや、だって、ぼ~っとしていたから』
あの、実験・調合大好きなリンゼイが薬の素材を前に物思いに耽っているなど今まであり得ないことであった。リリットの目には怪しい様子にしか見えない。
『も、もしかして、クレメンテと何かあった?』
「な、なんで!? 何もないし!!」
『ふ~ん』
慌てて作業を始めるリンゼイを冷静に見下ろすリリット。
……これは、なにかあったな。
リリットのなんてことのない指摘に頬を紅く染めて、ムキになる姿は「なにかありました」と正直に申告をしているようなものであった。一体二人の間にどのような事件があったのかと、好奇心が刺激されてしまう。
だが、リンゼイから情報を引き出すのは難しいと判断したリリットは用事を思い出したと言って二階まで上がって行った。
屋敷の中は無人である。本日は使用人も含めた休日なので、どこもかしこも静まり返っていた。
食堂でお湯を沸かし、香草茶を淹れてクレメンテに持って行く。
魔眼の力で所在を探れば、執務室に居た。
両手にお茶を抱えているので、足先でトントンと扉を叩けばすぐに返事があり、扉も開かれた。
差し入れだと言ってお茶を差し出せば、嬉しそうに受け取る。
「ありがとうございます。ちょうど喉が渇いているところでした」
『それは良かった』
どうぞと言って部屋に招く。
茶菓子を出せば、リリットは目の色を輝かせた。クレメンテがお茶を飲んでから、質問をする。
『もしかして、なにかいいことがあった?』
「はい!」
にやにやするのを我慢しながら、教えてくれとお願いをする。
「それが――」
『うんうん!』
普段、机に向かう仕事が苦手だと言っていたクレメンテであったが、今日はどうしてかサクサクと片付けることが出来ていると自らの仕事振りに満足をしていることを話す。
聞きたかった話ではなかったので、リリットは真顔になった。
柱時計の鐘の音が、空しくも部屋に響き渡る。
『あ、もう夕方か~』
夕食はどうするのかと聞けば、エリージュやシグナルらと外食をすることに決めていると言う。個室なので、リリットも人目を気にしてなくてもいい料理屋を予約していた。
「リンゼイさんにリリットさんにも伝えるようにと言っていたのですが、もしかしなくても聞いていませんでした?」
『あ、うん、聞いていないね』
「なにか本を読んでいる時に話し掛けたので、もしかしたら聞き流していたのかもしれないですね」
『集中すると人の話を全く聞かないからね。リンゼイは』
リリットが聞いていなかったということは、リンゼイ本人も予定を把握していないということになる。
時計を見れば、出発一時間前となっていた。
身支度をしなければならないので、リリットは声を掛けてくると言って退室する。
『あ、そうだ。クレメンテに質問が』
諦めないリリットは最後だと思って聞いてみる。
「はい?」
『リンゼイの様子が少しだけおかしかったんだけど、もしかしてなにかあった?』
「ああ、多分メレンゲさんとプラタのことでしょうね」
『メレンゲとプラタ?』
リンゼイがメレンゲの甘い態度について言及をしていたのを見て、プラタと恋愛関係にある可能性を示唆したことを言った。それを気にしているのかもしれないとリリットに話す。
『あ、そうなんだ、そっちね』
「リンゼイさんはメレンゲさんのお母さんでもありますから」
『そっか。二人の関係について、クレメンテが先に気付いたか』
「リリットさんもご存じだったのですね」
『まあね』
リリットは二人の間に何かあったのではと決めつけていたので、がっかりしてしまった。
しょんぼりとしながら、地下の実験室に移動をする。
案の定、リンゼイは話を聞いていなくて、慌てて身支度を行うことになる。花の妖精姉妹と嫌な予感がすると言ってやって来たエリージュの協力を経て貴婦人の姿となった。
夕食は貴族御用達の商店街の中にある、落ち着いた雰囲気の店で食べる。
今日は休日ということもあり、仕事の話題は無しにして、食事と会話を楽しんだ。
家に帰れば、リンゼイ宛てに手紙が来ていると、留守番をしていたスメラルドから手渡される。
「あ!」
気まずそうな表情を浮かべるリンゼイ。
届けられた手紙は彼女の弟から送られたものであった。
居間に移動をしてから手紙を開封する。中には近くの港町まで来ているので、迎えに来て欲しいという内容が綴られていた。
弟からの手紙を読みながら、首を傾げるリンゼイ。一体どうしたのかとリリットが聞けば、竜が居るのにどうして迎えに行かなければならないのかと、疑問に思っていた。
「なにか、竜と問題があったのでしょうか?」
「かもしれないね」
なんだか気になるので、今から迎えに行きたいと言う。クレメンテも同行すると申し出た。
リンゼイの弟が居る港町は王都から竜で三十分と近い場所にある。
夜の空は危険も伴うので、軽く武装をしてから出かける。魔物探知係であるリリットも同行をした。
「リンゼイさん、弟さんとは連絡は取れましたか?」
「ええ」
道具箱の通信機能を使って弟と連絡を取ったが、元気がなかったと話す。
リンゼイの弟は十歳年下の十三歳。竜との付き合いは六年目。信頼関係は築けているはずだった。
「何か事件に巻き込まれているとかじゃないといいけど」
「急ぎましょう」
メレンゲとプラタを呼んでから、夜の空に舞い上がることになった。
◇◇◇
港町に辿り着けば。滞在しているという宿に急ぐことになった。
リンゼイの弟は宿の前で待ち構えていた。
姉の姿を見るなり、泣きそうな顔になる。
「ウィオレケ!」
姿を確認するや否や、駆けて出してから体を抱きしめるリンゼイ。
姉の抱擁を受けた弟、ウィオレケは静かに肩を震わせている。
久々の姉弟の再会は悲しい雰囲気になってしまった。
場所を変えて話をする。
夜間営業をする喫茶店に入り、リンゼイとウィオレケは向かい合って座った。
クレメンテも座るように言ったが、話が済むまで席を外すと申し出た。
ウィオレケも人見知りをするので、お言葉に甘えることにした。
元気だったかと互いに確認をしてから、本題に移る。
「それで、竜になにかあったの?」
「……」
無口な少年は、姉の追及に表情を暗くする。
早く言うように急かさせたら、重たくなっていた口を渋々開いた。
「……竜が、居なくなった」
「はあ!?」
「連れて帰るまで、父上は家に帰るなと」
「なんですって!?」
ウィオレケは学校を休学にして、一か月間竜探しをしていたという。
原因は不明。
竜の生涯に一度使えるという、大魔術を使って契約を解除されたと話す。
「そんな話、聞いたことがないんだけど!」
「でも、事実だから」
突然聞かされた話は前例がないと、瞠目をする。
大魔術は体の中の魔力をほとんど解放して使う。竜側は命がけとなる術式なのだ。
「姉上の言う通り、早く結婚でもさせておけば……」
「……」
元より、ウィオレケの竜は自己主張の強い個体であった。気まぐれな性格で酷く荒いところもあり、手慣付けるまでにも随分と時間がかかったのだ。
そんな竜をどうにかしようと、リンゼイはメレンゲとの結婚を勧めた。乱暴な気性の竜は伴侶を得れば大人しくなると言われていたからだ。
魔力も体の大きさもメレンゲの方が大きく、白竜と黒竜でお似合だと思っていた。
結婚の話は二年ほど前からあったが、学業との兼ね合いでなかなか実現出来ないままでいたのだ。
竜の魔力を辿っていたが途中でどうにもならない状況となり、ウィオレケは最終的に姉であるリンゼイを頼ったという事情を話した。
「竜の魔力はどこに続いていたの?」
「ジオレーレ法魔国」
「ああ、そこは無理だわ」
「……」
セレディンティア大国から海を渡って行った先にあるジオレーレ法魔国は、他の者を寄せ付けない国として有名であった。入国審査も最低五年は掛かるという、難攻不落都市である。
「でもまあ、その国に入れたとしても、竜は連れ戻せないでしょうね」
「……」
竜は大変頑固な生き物でもある。
一度契約を解消した主人と再び従うなどありえないことだと、はっきり告げた。
「あなたも、気付いていたでしょう?」
ウィオレケは姉の言葉を受けて、顔を俯かせていた。
アイテム図鑑
妖精茶
クレメンテへの差し入れとして淹れたお茶。
口が滑りやすくなるような呪いがかけられている。




