五十話
竜で森の開けた場所まで運んで貰い、しばしの別れとなる。
鎮痛剤の材料は野山で集まるものばかりであった。
材料はコジベリー、マムの花、ソールの樹皮、ソヤ豆、ムサの実。
「実は、私も頭痛持ちで」
「そうだったの」
「最近は頻度がかなり減っていますが」
街の薬屋で売っている頭痛薬はあまり効かないので、可能ならば試してみたいという。
戦場に居た頃は眠れない程の痛みに襲われていた。その頃に比べたら毎日安眠出来ていることにクレメンテは気付いて不思議だと思う。
「そもそも、頭痛の原因とは何だったのでしょうか?」
「その辺は個人によって色々細かな理由があるみたい。医学書には緊張とかの精神不安が原因ってあったような気がする」
「ああ、なるほど」
「一例だけどね」
言われてみれば、戦場に身を置いていた頃は心が休まる暇もなかった。
今現在、ほとんど頭痛に苛まれないのは、のんびり暮らしているからだと考える。
「緊張で頭が痛くなるのですね。納得したと言いますか」
緊張すると精神安定成分が一気に放出されて、脳内にある血管が一気に収縮する。その後、脳内の精神安定成分が不足をした結果、血管が拡張してしまい、周囲の神経を圧迫。それが痛みとなって現れる症状が頭痛だと言われていた。
「そういう仕組みがあるのですね」
「ザックリとした説明だけど」
「医学を学ぶのもなかなか面白そうです」
「私も、薬学とか医学が好きなの」
「そうなんですね」
今度リンゼイの私物である魔術医学の本を貸す約束をした。クレメンテは楽しみにしていると笑顔になる。
話が大きく逸れたので、二人は真面目に採取作業を再開させた。
草むらの中に入って行けば、目的の花を発見する。
「これがマムの花」
マムの花には気の巡りを良くして、上半身の熱を取る効果がある。
小さく黄色い花は花弁のみを材料として使う。茎の部分は不要だとクレメンテに教えた。
そこからさらに移動をすれば、赤い実が茂った木を発見する。
「あれがコジベリー、血の巡りを良くする効果があるから」
「はい」
一通り説明をしてから、ぷちぷちと無言で実を摘んでいく。
籠いっぱいになったら再び移動を開始した。
最後の材料はソールの木の樹皮。一年に一度、樹皮が生え変わるという珍しい品種である。剥がれる前だからか、ナイフで切り目を入れたらするすると剥がれていった。
ソールの樹皮には熱や痛みを和らげる効果がある。煮込んだ汁を使うのだ。
「ソヤ豆、ムサの実は市場じゃないと入手出来ないっぽい」
「含まれている魔力は大丈夫なのですか?」
「ええ。その二つの魔力補強は微量で構わないから平気」
素材の収集が終われば、湖の畔で休憩を取ることにした。
リリットから渡されていた昼食を道具箱かた取り出してから食事の時間にする。
リンゼイが草むらに座ろうとしれば、クレメンテが上着を脱いでどうぞと勧めてくれた。折角なので、お言葉に甘えることにする。
「頭痛、言ってくれたら優先的に薬を作ったのに」
「いえ、最近は本当に頻度が減っていたので」
「でも、たまに痛い時があったんでしょう?」
「ええ、まあ」
だが、精神の不安定が原因ならば薬に頼らなくても、自分の心持ち次第でどうにかなりそうなものだとクレメンテは言う。
「確かにそれは言えるけどね」
神経の伝達物質の一つである、精神安定を司るものを増やせば頭痛の症状は和らぐ。
「きちんと太陽の光を浴びたり、ほどよい運動をしたり、バランスの良い食生活したりしても、精神安定物質が作られるの」
「そういえば、太陽の光、浴びていなかったような気がします」
戦場では闇にまぎれて行動をしていた。
普通の人とは違う生活環境の中で、粗末な食生活を送り、体が悲鳴を上げるほどの運動量を毎日こなしていた。頭も痛くなる訳だと苦笑してしまう。
「あと、プラタの存在も大きいのかもね」
「癒し効果ですか?」
「まあ、そうとも言うのかな。抱擁をすれば、脳内物質が分泌されるらしいの」
「ほ、抱擁、ですか」
「そう」
一日一回の抱擁で精神不安は大分解消されるとリンゼイは言った。
「プラタを抱き上げれば、何かが満たされるような感じはしていましたね」
「でしょう?」
プラタとの交流がクレメンテを頭痛症状の緩和をしてくれたことが分かり、感謝の気持ちでいっぱいになる。
「はっきりと根拠のある研究結果って訳じゃないんだけど、まあ、分かる気がする」
「リンゼイさんも、抱擁をすると安心する相手が?」
「ええ」
「い、一体、誰と?」
「どうして?」
「あの、いえ、なんでもないです」
「?」
急に挙動不審になったクレメンテをリンゼイは覗きこむ。
額にはじわりと汗が滲み、目は泳いでいた。
明らかに、精神不安者の行動をしている。
リンゼイは呆れながら声を掛ける。
「ねえ、抱擁してあげようか?」
「!?」
まさかの一言に、クレメンテは目を剥いた。
リンゼイはじっと顔を見上げているのが視界の隅に映っていた。
目と目を合わせる勇気など持ち合わせていなかった。
ドクドクと激しい鼓動を打つ胸を押さえながら、震える声で返事をする。
「あ、の、お願い、します」
「え?」
「!?」
ぎこちない動きで隣に座っている女性を見る。
リンゼイの目は、意外そうに見開かれていた。
「も、もしかして、じょ、冗談、で?」
「そのつもりで言ったんだけど」
「!」
その瞬間に顔が沸騰するように熱くなった。涙もじわりと浮かんでくる。
反応を間違ってしまったと、恥ずかしくもなった。
片手で口元を押さえ、膝を曲げてなるべく小さくなるように努める。
今まで、こんなに消えたいと思ったことはあったかと、自身の人生を振り返っていた。
隣に居たリンゼイは、真っ赤になるクレメンテを見て、リリットから言われていたことを思い出す。
――クレメンテって、リンゼイのこと、すごく好きなんだよ!!
すっかり忘れていたと、リンゼイは反省をした。
思わせぶりな言動をしてしまい、申し訳ない気分となる。
相手を意識しないで、ごく自然に接していたのは良いことだと思うことにした。
そして、目の前で小さくなっている人物をどうにかしなくてはと眺める。
リンゼイのらしからぬ軽い発言のせいで恥をかかせてしまった。
今まで見たことがない程に暗い雰囲気でいる。
お詫びをする方法は、一つしかない。
ごくりと唾を飲み込む。
家族以外の異性との触れ合いは皆無であった。
けれど、腹を決めて腕を伸ばす。
「――ごめんなさい」
「え?」
一言謝ってから地面に膝をついて、座っているクレメンテの肩と頭を横から抱き寄せるようにして体を密着させる。
ビクリと一瞬体が震えて、強張った状態になったのが分かった。
いつも弟にしてあげるように、頭を撫でてから離れる。
少しだけ雑な抱擁であったが、初めての相手にしては上出来だと思うようにしていた。
「どう、だった?」
「え!?」
聞いてから、なんて質問をしているのかと、後悔するリンゼイ。
クレメンテは一体なにが起こったのかと、上手く理解出来ないままで居た。
目が合った状態が恥ずかしかったので、即座に顔を背けるリンゼイ。
クレメンテはようやく我に返って、返事をする。
「あ、あの、すごく、良かった、ような、気がします」
「……」
その後、物凄く癒されたという感想を付け加えるクレメンテ。
先ほどまでの暗い雰囲気は一気に吹き飛んでいた。
「……私が抱擁していた相手はメレンゲと弟だから」
「あ、そうだったのですね」
隣から小さな声で良かったと呟く声が聞こえる。
「ありがとうございます、リンゼイさん」
「いや、大したことはしていないけれど」
「その、素敵な思い出が出来ました」
「……」
一体、いい年をした大人が二人して何をしているのかと、リンゼイは溜め息を吐く。
リリットが作ってくれた弁当の味もほとんど感じないまま、休憩時間を終えることになった。
アイテム図鑑
リンゼイの抱擁
もうなんだか、言葉に出来ない位柔らかくていい香りがする最高のご褒美。




