五話
私室で寛いでいたクレメンテに完成した霊薬を見せに行く。
「え、もう出来たのですか!?」
「まだ試作段階だけどね」
リンゼイは霊薬を手渡した。
クレメンテは受け取った小瓶を灯りに透かすように掲げ、目を細める。
「とても綺麗ですね」
「まあね。頑張って蒸留とろ過をしたし」
緑色の澄んだ液体は、光を受けてキラキラと輝いていた。
まずは上手く出来ているかを確認したいところであったが、二人とも疲労状態では無いので効果を実感出来ない。
「そもそも、これはどういう薬効があるのですか?」
「言ってしまえばちょっとした万能薬なんだけど」
主な効果は疲労回復。少々の傷ならば完治、解熱効果もある。
「今の私に使ってもなにも感じないと思います」
「買い物行って疲れているでしょう?」
「いえ、薬を使うほどでは」
実験台は計画を立てたクレメンテにして貰おうと思っていたのに、当てが外れたとがっかりするリンゼイ。
「ちょっとは疲れているでしょう? 朝露採取で半日中腰だったし」
「ですが、飲んでも偽薬効果が出てしまいそうで」
「なに、それ?」
偽薬効果。
薬を投薬された安心感や、医師への信頼感から症状が回復する状態を言う。
「へえ、そんなことがあるの。不思議」
「そうですね」
話の途中で使用人が扉を叩き、室内へ入って来る。
朝、リンゼイの身支度の面倒を見てくれた中年の侍女だった。
二人分の紅茶をカップに注ぎ、焼き菓子を置いてから一礼する。
そのまま出て行こうとした使用人をクレメンテが引きとめた。
「なんでしょうか、旦那様」
「使用人で具合が悪いとか、ちょっとした怪我をした人は居ますか?」
「怪我……、でしたら、庭師が」
「!」
木の枝を切っている途中に台から落下したという情報が提供された。
庭師は老齢だが、軽い打撲で済んだという。
「それで、庭師はまだここに居るの?」
「ええ、呼んで来ましょうか」
「いやいや、大丈夫! ってか、歩けるの?」
「ゆっくりならば、歩行も可能だと」
「そう」
リンゼイはお爺さんに試作品を使っていいものかと心配になったが、自分で飲んでも偽薬効果が出てしまいそうだと思ったので、霊薬を渡すことにした。
材料に毒もないし、薬草や花の根などの食べ合わせが悪いわけでもないので大丈夫なはずだと自らに言い聞かせた。
「これ、お薬なんだけど、もしかしたら効くかもしれないから、庭師のお爺さんに」
「よろしいのですか?」
「どうぞどうぞ」
盆の上に霊薬を置き、深く頭を下げてから部屋から退室していく。
数分後。
廊下をどたどたと走って来る音が聞こえる。更に、元気良く扉が叩かれた。
クレメンテがどうぞと言えば、扉が開かれる。
「旦那様……!!」
「レオンハルトさん!?」
庭師、イミル・レオンハルトは感極まった様子で部屋に入って来る。
「あなたが怪我をした庭師?」
「は、はい。奥様でしょうか?」
「まあ、一応、ね」
庭師はピンと背筋を伸ばしてから、初めましてと言って自己紹介をする。
「お、お薬を下さったのも、奥様でしょうか?」
「そうね」
庭師はその場に崩れるように膝をついて座り、頭を床に着けてお礼を言う。
「ありがとうございました!!」
「な、ええっ!?」
そんな風にお礼を言われるような代物でもないと、リンゼイは呆気に取られる。
「リンゼイさん、私からもお礼を」
「は?」
なぜかクレメンテまで頭を下げる。
「お、大袈裟……」
霊薬の材料を計算してみたが、高くて十銭札二枚程度だ。(十枚で銅貨一枚と同額となる)
大霊薬に比べたら効果も薄いので、そこまでありがたいと言われても、とリンゼイは引いていた。
「奥様、私の足はほとんど動かなかったのです」
「そうなの? 今日の話?」
「いえ、八年前、戦場で怪我をしたのです」
「!」
老齢の庭師にしたら体ががっちりしていることに今更ながら気が付く。
「医師も治らないと匙を投げておりました。ですが、この通り!」
しかしながら、リンゼイの作った霊薬を飲んだら痛めた体どころか、動かなくなっていた足まで感覚を取り戻したと言う。
「本当に、何とお礼を言っていいものか」
「よ、良かったね」
「ありがとうございます! 奥様!」
興奮状態の庭師をなんとか宥め、下がるようにと命じる。
「……えーっと、効果は絶大みたいね」
「え、ええ」
クレメンテの声まで震えていた。よく見れば目が赤くなっている。一体どうしたものかと思ったが、なんとなく深く聞いていい話ではないと判断して聞かなかったし、見なかったことにした。
「これ、どうしようか」
「少し効果を薄めた方がいいかもしれませんね」
「私もそう思う」
半銅貨で売るにしては効果が絶大だった。
「どの位まで薄く出来ますか?」
「う~ん。三分の一位かな」
「いいですね」
濃度を薄めた場合、材料費は十銭札一枚となり、利益が跳ね上がる。
だが、クレメンテは半銅貨で売ることを譲らない。
「あまり安売りをするのも良くないでしょう」
「そうね。学校の先生もアルキミアは宝だと言っていたし?」
「アルキミア?」
「古い言葉で『技術』って意味」
商売については素人も同然なので、クレメンテの意見は積極的に聞くことにした。
「商品名はどうする?」
「緑の霊薬、とかどうでしょう?」
「そのまんまね」
「分かりやすい方がいいですよ」
「ふうん。そうなの」
「はい」
商品名:緑の霊薬
説 明:疲労回復、軽い外傷の治癒、解熱作用。果実風味
期 限:三年
価 格:半銅貨
「へえ、三年も持ち運べると」
「ええ。物質保存の魔術を掛けているから。でも、半銅貨しか取らないから三年だけ」
「だけ?」
「祖国に帰ればお店で売っている食品とか十年くらいは普通に保つし」
「食品が、十年も……」
決めた情報をタグに書き込み、針金を瓶に巻いていく。
「これ、地味に辛い作業だわ」
「利益が出たら、印刷所に作って貰いたいですね」
「缶詰みたいに印刷した紙を巻いて貼るだけだったら楽よね」
「はい」
地味な作業を進めて行く。
「霊薬は一日でどれ位作れそうですか?」
「五十個位? 慣れたら百個とか作れると思う」
リンゼイの話を聞きながら、クレメンテはなにか考えるような仕草をする。
「明日はちょっと出掛けてきますね」
「分かった」
「雑貨屋とも交渉してきます」
「ん?」
何の交渉だと聞けば、緑の霊薬を店に置いて貰うように交渉して来ると言う。
「そっか。私たちが普通に道端で売っても誰も買わないよね」
霊薬は国内では普及していない薬だ。傍から見たら怪しい薬を売る商人にしか見えないだろうなと考える。
「なんか、自分の中の常識がこの国では非常識なんだって実感するわ」
「そうですか?」
「そう」
国家魔術師をしている時は国王の勅命に従うだけだった。
だが、一歩街に出てみれば、ここが彼女の知らない国であることを実感してしまう。
「やっぱり、親戚のお兄さんが居て良かった」
書類上は夫であったが、リンゼイは敢えて親戚だと言い張った。
◇◇◇
翌日。
リンゼイは朝から侍女の襲撃に遭った。
「おはようございます、奥様」
「おはよ~」
寝ぼけた状態だったが、とりあえず挨拶だけ済ませる。
「本日は、このようなお召し物を用意しました」
「……わあ」
恭しい仕草で深紅のドレスを見せてくれる。
「あ~、でも、今日も地下で調合するし、汚れるからいつもの恰好で」
「そう思いまして、こちらも持って来ております」
「……」
侍女が見せたのはフリルたっぷりのエプロンだった。
「他の色になさいますか?」
「ま、魔術師の外套を」
「それは本日洗濯を致します」
「あ、そう?」
「特別な洗濯の方法などあれば、ご教授下さい」
「いや、普通に水でざばざば洗って大丈夫」
朝の攻防はリンゼイの負けであった。
アイテム図鑑
緑の霊薬
効果は疲労回復、軽い外傷の治癒、解熱作用。
なんというか、フルーティ!
半銅貨でcomming soon




