四十九話
在庫が十分に作成されたら、雑貨屋などに告知のポスターを貼って貰ったり、チラシを配布したりする。
リンゼイはイルが新しく描いたポスターを眺めながら、とてもいいものだと絶賛をした。
ポスターに描かれていたのは、流行りのドレスを纏った猫妖精の姿。被っている花が飾ってある帽子は穴が空いていて、猫の耳がぴょこんと出ているという可愛らしい意匠であった。
「私を描くよりも全然素敵じゃない」
「いえ、リンゼイさんも素敵でしたよ」
褒めるクレメンテに、エリージュも同意を示す。
「ええ、本当に素晴らしい姿絵でしたのに。私としては、奥様の姿を『メディチナ』の顔として推して行きたかったのですが」
それはちょっとと嫌がるリンゼイ。
クレメンテは笑顔で「リンゼイさんが駄目だと言うから、仕方がないですよね」と明るい声で言う。
「ですが、スメラルドさんのポスターも素晴らしい仕上がりです」
イルの描いた原画を眺めながら、感心したようにシグナルも言う。
にっこりと微笑むような表情をしているスメラルドの姿は大変可憐であった。
雑貨屋での評判も上々とのこと。
後日、試しに宣伝付きのポストカードを配布すれば、すぐに無くなってしまったという連絡が入った。『メディチナ』のポスターに描かれている獣人はどこの誰なんだという問い合わせも数件届いている。
「この国って、獣人は居たっけ?」
「ええ、田舎に行けば彼らの住む村がありますが、都会では見ませんね」
「そう」
新しいもの好きな貴族には珍しいものに映ったのか。好意的な問い合わせしか届いていなかった。
獣人達は人を嫌うので、都会には滅多に出て来ない。
相互理解をする機会がない為に、互いに苦手に思っているだけなのだ。
反響を知ったエリージュは、スメラルドを看板娘にしてもいいのではと提案をする。
その意見にクレメンテは待ったを掛ける。
「ですが、契約をしていない妖精さんにそこまで頼んでもいいのでしょうか?」
「まあ、あの子なら簡単に了承してくれそうだけどね」
だが、継続して『メディチナ』の経営に協力してくれるのならば、やはり『対価』をもたらす契約は大事だと考えていた。
「まあ、そのことについては、いずれ聞いてみるということにしておきましょう」
「そうですね」
妖精は総じて気まぐれな生き物である。
契約で繋がっていない限り、同じ場所に滞在することはありえないことなのだ。
スメラルドが一年以上、ここに居るのならば話をしてみようと決めた。
◇◇◇
今度の『メディチナ』の販売方法はとあるお屋敷に招待をしてから薬品を販売する即売会となった。
会場となるのはエリージュ知り合いの伯爵邸。
伯爵家とはすっかり親密な付き合いとなっており、今回の販売方法について提案をしたのも夫人であった。
王宮で行われる夜会のように、楽しく食べて飲んで、踊って、ついでに『メディチナ』の商品を買うというものである。
五十組に限定して、参加希望を募るという形を取っていた。
セレディンティア国内の貴族がこぞって参加したいと希望をしたので、応募数は短い期間で三百通を超えていたという。
抽選をした後に、結果を書いた手紙が返送される。
今回は直筆の手紙では間に合わないので、紙に案内を印刷したもので対応をした。
だが、宛名は手書きなので、使用人総出で行われる。
開催は一ヶ月後。
それまで、可能な限り在庫を充実させる。
『エレン・リリィ』での委託販売も続いていた。情報は漏れることなく、常連のみに商品が渡っているようだった。
店の営業は午後からの三時間だけなので、空いた時間があると店主であるユーン・ダンまで『メディチナ』の手伝いに駆り出されていた。気難しく、腰が重いユーンに手伝いをお願いしたのはエリージュである。元王妃に命じられたら、誰も逆らえないのだ。
一日の終わりはリンゼイとクレメンテ、エリージュとシグナルが集まって話し合いをするようになっている。
当日の売り子としてスメラルドが表立って務めてくれることになったことをリンゼイは報告をした。他にも、すっかり好評で噂になっているイルの絵を展示しようという話も上がっていた。
その件について、エリージュは苦言を漏らす。
「でも、困りましたね、あのお方には」
絵を売ってくれと言う声が集まっていたが、当の本人はなかなか首を縦に振らなかったのだ。
「……いや、まあ、気持ちは分からなくもないですが」
クレメンテがぽつりと呟けば、ジロリとエリージュに睨まれてしまう。
リンゼイの絵は最初から売らないことに決めていた。それは全員一致の意見である。問題はスメラルドの絵だった。
クエメンテが頼みに行けば、数点、庭の景色を描いたものは販売してもいいと言っていた。ところが、唯一、スメラルドの絵は絶対に売らないと言って引かなかった。
「でも、いい意味で意外だったけどね」
「ですね」
クレメンテが頼めば簡単に了承するものだと思っていた。初めての拒否だったと言う。
「イルも、一番が旦那様ではなくなった、ということかもしれませんね」
シグナルは良い傾向だと言う。
イルも変わりつつある、というわけであった。
リンゼイに寂しくなったかと聞かれたが、クレメンテは首を横に振る。
下町の荒屋で一人寂しく絵を描いていた男であったが、今はそうではないと分かって安心したと呟いた。
「迷いましたが、ここに連れて来て、本当に良かったです」
エリージュも毎日楽しそうにしている。
一人で生きて行く決心をしていたシグナルも、最近は明るくなったと思う。
周囲の人々の変化をクレメンテは嬉しく思っていた。
◇◇◇
即売会で出す新商品を出したいとリンゼイは目論んでいた。
経営会議の場で、出してもいいというお許しが出たので、休日に素材集めに出かける。
今回作るのは頭痛などに効く鎮痛剤である。
社交界でも、頭の痛みに悩んでいる人は多いと、お茶会で得た情報から製作することに決めた。
「ねえ、本当に休まなくて大丈夫なの?」
「はい」
周に一度の休日なのに、クレメンテも同行をすると言ってきた。
採取をするのは近くの森なので、全身鎧は纏わずに軽装でやって来る。
「メレンゲとプラタは?」
「まだ空のお散歩をしているみたいです」
「仲が良いこと」
ここ数週間でプラタは更に大きくなっていた。
流石に、大型の竜二頭が寛げる場所は屋敷の庭にはないので、メレンゲとプラタは近くの森に住み家を移すことになっていた。
呼べば、黒竜と銀竜はすぐさまやって来る。
寄り添って佇む姿を見て、リンゼイは眉間に皺を寄せていた。
「ねえ、プラタ、あなた、そろそろ母親離れをしてもいいんじゃない?」
『クエ?』
メレンゲも子供の頃は多少ではあったが、甘えることもあった。
だが、それは両手で抱えられる位に小さな頃の話でもある。
メレンゲにも、プラタを子供のように甘やかしすぎではないかと意見していた。
「あの、リンゼイさん」
「なに?」
「まだ、確信はしていないことなのですが……」
そう言ってから口ごもるクレメンテを、リンゼイははっきりしないからとキッと睨みつけた。
竜の教育については厳しいリンゼイの迫力に負けそうになりながらも、なんとか思っていたことを口にする。
「プラタとメレンゲさんは、仲の良い親子ではなくて、両想いの仲なのでは?」
「は?」
「恋人同士といいますか、そういう雰囲気に見えます」
「なんですって!?」
リンゼイは自らの竜に向き直る。
そして、震える声でそうなのかと問い掛けた。
メレンゲは申し訳なさそうに俯きながら、そうだとばかりに低い声で鳴いた。
「そ、そんな、仲、だったなんて」
「きっと、あの時のプラタはメレンゲさんに一目惚れをして駆けて来たのでしょう」
反対なのかと聞けば、ふるふると首を横に振るリンゼイ。
ずっと仲の良い親子だと思っていたので、受け入れるのに時間がかかるかもと呟く。
その場にぺたんと座り込み、呆然としていた。
クレメンテも隣に座って、背中をぽんぽんと軽く叩いた。
これは、リンゼイが疲れている時や落ち込んでいる時にしてくれる行為でもあった。
驚いた顔でクレメンテを見る。
時間はたくさんあるので、ゆっくり考えるといいと励ましていた。
それから庭に座り込こんでぼ~っとしていたら、「あっ!」と声を上げるリンゼイ。
どうしたのかと聞けば、大切なことを忘れていたと言う。
「なにか、問題でも?」
「いえ、メレンゲ、弟の竜とお見合いする約束をしていたから」
「そ、それは……」
出会いが少ない竜は、契約を交わした者同士が話し合ってお見合いをさせる。
人間以上に伴侶となる存在の選り好みをする竜のお見合いは大変なお仕事でもあった。
だが、契約を交わした竜は主人が勧めればたいてい受け入れるとも言われている。
「弟の竜とは何回も顔を合わせているし、属性的な相性も悪くなかったから、互いに暇が出来たらってことになっていたんだけど」
「そうだったのですね」
一度、竜が伴侶を決めてしまえば、その仲を裂くことは不可能であった。
リンゼイは一度弟に手紙を書かなければと言う。
「プラタ、あなたって子は……」
『クエ~』
珍しく、申し訳なさそうにプラタに、リンゼイは困った顔をしながらも、最終的には面白くなって笑ってしまった。
アイテム図鑑
スメラルドの肖像
美人猫が描かれた肖像画。
街で評判となっているが、非売品だと描いた本人は主張している。




