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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第四章 夫婦として
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四十八話

 一週間後、注文をしていた薬を入れる瓶や缶が届いたので、『メディチナ』は再び生産体制に入った。

 リンゼイが中心となって薬を作り、材料を集めるのはクレメンテの仕事となる。

 ここ数日でプラタは人を乗せて空を飛べるようになったので、今回は主従組で行くことに。だが、リンゼイは心配だったので、メレンゲにもついて行くようにと命じていた。

 地下の実験室では手の空いている使用人達がかき集められ、商品作りをすることになる。

 繊細な作業をするので、手先の器用な者達が集められた。そのほとんどは女性である。

 唯一の男性はイルであった。今回が初めての参加である。

 リンゼイはスメラルドに指導を頼んだ。


『は~い、分かりました~』

「……」


 スメラルドとの共同作業と分かるや否や、途端に微妙な表情となるイル。

 どうしたのかと聞けば、顔を俯かせながら何でもないと言う。

 リンゼイは眉を吊り上げて、責めるような視線を向けていた。


『奥様、獣人が苦手なニンゲンは、たくさん居りますので』

「……」

『まあ、わたしは獣人ではなくて、猫型の妖精なんですが!』


 ふふふ、と笑いながらスメラルドは気にしないのでと言う。作業の効率化の為に他の者と交代した方がいいのではという提案もした。


「いえ、スメラルド、あなたが教えて」

『まあ、奥様がどうしてもと言うのなら』


 イルもそれで良いかと聞かれたら、コクリと頷いた。

 リンゼイはリリットが二人の傍につくようにと指示を出す。


「じゃ、リリット、お願いね」

『了解~』


 元気良く返事をしてから、リリットは微妙な距離感で居る二人の間に割って入った。

 気まずい雰囲気を我慢しつつ、なるべく明るい声を出す。


『え~っと、じゃあ、始めよっか』

『了解です~』

「……はい」


 ――うわ、暗い。


 リリットは思わず口に出さずに呟いた。

 クレメンテの前で尻尾をぶんぶんと振っていた男と同一人物には見えない暗さである。


 イルを眺めながら浮かんだのは、彼の尊敬する男、クレメンテの姿。

 こういうところは主人に似なくてもいいのになあと思ってしまった。


 三人で行うのはおまけとして配布をする花の石鹸作りである。

 スメラルドはここ数日間、石鹸作りに精を出し、一人で作れるまでの腕前になっていた。


『ではでは、材料を量ります~』


 石鹸を作る際に使用する素材は精製水(プリト・ヴィダ)強炭酸粉ハイ・ソディウム植物油キャリア・オイル


 イルは真剣な眼差しで材料を秤にかけている。リリットは分量が書かれたメモ紙を持って指示を出していた。


強炭酸粉ハイ・ソディウムは、とっても危険な素材らしいので、使用の際にはお気をつけて下さいねえ~。肌に触れたら火傷、お目目に入ったら失明ですよ~』

『うわ、石鹸作りって可愛くない!!』

「……みたいですね」


 国で劇薬指定をされている強炭酸粉ハイ・ソディウムは購入の際には使用目的などを申請しなければ購入出来ない。時には審査期間などを要する場合もあると言う。『メディチナ』は薬屋なので、特に問屋などで突っ込まれることもなく買い取ることが出来た。


『早速作成に取り掛かりますね!』


 まずは瓶の中に精製水(プリト・ヴィダ)を入れて、その後に強炭酸粉ハイ・ソディウムを入れる。

 すると、瓶の中は薬品反応を起こして、瞬く間に高温になった。


『これの中、お湯より熱くなるので、耐熱魔術を掛けた瓶じゃないと割れて大変なことになるので注意ですよ。あと、強炭酸粉ハイ・ソディウムの後に水を入れるのも危険なので、注意です』

『な、なるほど』


 イルは注意事項などもメモとして丁寧に書きこんでいた。スメラルドへの態度はぎこちないものであったが、石鹸作りへの姿勢はごくごく真面目な生徒のようであった。

 精製水(プリト・ヴィダ)強炭酸粉ハイ・ソディウムを混ぜた物は冷水に浸して温度を下げて行く。

 その間に、植物油キャリア・オイルを湯煎の中に入れて温めておく。

 二つの材料が同じ温度になった時に、鍋に入れて混ぜ合わせた。

 鍋の中を根気強く混ぜて行く。数十分と攪拌していくうちに、色が白っぽく変わって鹸化けんかが始まる。

 混ぜ合わせていたものがもったりするようになれば、花から作った精油と蜂蜜を垂らして入れた。

 蜂蜜は石鹸の保湿力を上げる効果があり、花の精油を入れたら美肌効果と良い香りのする石鹸が仕上がるのだ。


 材料を攪拌している鍋の中を、三人で覗きこむ。


『うふふ、良い香りですねえ』

『本当~、美味しそう~』

「そうですね」

『蜂蜜を入れると、ぐっと美味しそうになりますよねえ、うふふ』


 割とのんびりしている三人が作る作業台は、時間を追うごとにつれて穏やかなものになっていた。イルも、スメラルドが接近をしても身を固くすることもなくなった。


 細長い型の中に入れて、スメラルドは時間経過の魔術を掛ける。


『普通だったら乾燥させるのに、一か月位掛かるんですよ』

『ふうん。そんなに時間がかかるんだ』

「魔術を使ったら一瞬なのですね」

『ええ!』


 完成した石鹸はナイフで均等に切り分けていく。それを花の模様が印刷された紙で包み、『メディチナ』の商標が付いた蝋印を押して封をする。


「これだけ手間暇掛けて作るのに、おまけですか」

『ええ、商品を買ってくれたお嬢様方にお配りするようですよお』

「なんだか、勿体ないですね」

『石鹸まで売ったら雑貨屋になるってリンゼイが言っていてねえ』

「ああ、奥様がそうおっしゃったのですね」

『はい~』


 イルとスメラルドで石鹸を包み、リリットが蝋印を押す作業をする。

 手早く石鹸を包むイルの様子を見ながら、スメラルドは器用だと褒めていた。


 途中で休憩時間だと若い侍女が声をかけに来る。

 すると、急に顔を強張らせるイル。


 それを見て、リリットは気付いた。恐らく、イルは女性が苦手なのだと。

 侍女が去った後で、本人にも聞いてみる。


『ねえ、イルって若い女の子が苦手なの?』

「!」


 虚を衝かれたような質問に目を泳がせるイル。否定はせずに俯いてしまった。


『あらまあ、もしかして、私も若い女の子枠でした?』

「……そう、ですね」


 すみませんと謝罪をするイルに、スメラルドは気にしていないと手を振った。


「男兄弟の中で育ったもので、その、女性とどう接していいものか」


 詳しい話を聞いて、リリットもなるほどな、と納得をした。


『そういえば、リンゼイには普通だったよね?』

「奥様は、奥様です」

『あ~、リンゼイはリンゼイって不思議生き物だもんね』

「いえ、そういうのではなく」

『大丈夫。分かっているから』


 リンゼイもクレメンテ同様に信仰対象なので、異性として見ていないのだろうとリリットは推測をする。


『イルさん、どうか私のことは猫ちゃんだと思って下さいな』

「……いや、それは」

『にゃ~ん、ほら、にゃ~ん、ですよ~』


 可愛い猫ちゃんですよ~と言いながら頭を撫でるように首を傾げるスメラルド。

 突然迫られたイルは額に汗を浮かべながら、緊張をするような面持ちで居る。


『スメラルド、猫はそんなに人懐っこくないから』

『あ、そうでした。うふふ』

「……」


 リリットは話題を逸らす為にスメラルドに質問をする。


『そういえば、スメラルドってもうすぐ誕生日だよね?』

『ですねえ~』


 一体幾つになるのかと聞けば、今年で二十四になると言う。


『あれ、そんなに若かったっけ?』

『ええ』


 二人の出会いは十年ほど前である。

 各地に存在する妖精の森で意気投合をしたのだ。


『そっか~、リンゼイと同じ年なんだ』

『奥様と、ふふ、お揃いですね』


 何百年と生きるリリットは時の感覚が鈍くなっているので、スメラルドの年齢を聞いて驚いていた。


猫妖精フィアリ・ケッタは長命種ではありませんから、一日一日を大切に生きていますよ!』

「短いって、どの位なのでしょうか?」

『ニンゲンと同じです。百年生きたら儲けもの!』

「へえ」


 イルは今度絵を描いていいかとスメラルドに聞いた。


『モチロンです!』


 その日までに毛並みを綺麗にしておきますと、スメラルドは大きな目を細めながら言っていた。


アイテム図鑑


恋の予感!?


リリットは、またしても気付いてしまった!!

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