四十七話
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帰宅後、土産のお饅頭を使用人に配り、用意されていた風呂に入る。
浴槽に浸かってからホッと一息吐く。
すぐに背後から声が掛かった。
「奥様、お風呂の湯加減はいかがでしょうか?」
「……いいんじゃない」
「それはよろしゅうございました!」
腕捲りをした侍女達は花妖精達が作ったという石鹸や香油などを紹介していく。
浴室は一気に賑やかな場となった。
家に帰って来たらやっぱりこうなるかと、眉間に皺を寄せるリンゼイ。
後から妖精達もやって来て、あれやこれやと作った物の説明をしてくれる。
もう好きにしてくれと、諦めるような心境のリンゼイであった。
夕食後、部屋で赤の霊薬の作り方などを紙に書き起こしていたら、エリージュがやって来る。
「奥様、こちらを旦那様から」
「ああ、それね」
「こちらで洗浄をしましたが、よろしかったでしょうか?」
「ええ、大丈夫」
クレメンテに貸していた氷の結界の術を掛けている首飾りが返って来た。身に付けている間に汗などが付着をしていたので、綺麗にするように頼まれていたと言う。
リンゼイは魔道具に加工をした宝石箱を持ち出して中に入れる。
「奥様、その宝飾品は?」
「魔術で加工したものなんだけど」
宝石にも多くの魔力が籠っている。一つ一つ属性があり、魔術で強化をすることによって装備品としての効果を最大発揮するのだと説明をする。
「これって、誰かが使っていたものなの?」
「何故でしょう?」
「あ、ごめん。中古品が気になるって話では無くって」
魔術師の間では宝飾類などは誰かが使っていた品などが良いとされていた。
宝石は誰かの想いに反応をして内なる魔力を強め、輝きを増す。
その宝石を加工すれば、高い効果をもたらす魔道具が完成するのだ。
リンゼイが魔道具を作った品は、特別に高い魔力が籠っていたと言う。
「そういう訳だから、私にとっては嬉しい品と言うか」
「左様でございましたか」
人為的な魔力反応のない宝飾品と人為的な魔力反応がある宝飾品と二通りあったので気になったと話した。
リンゼイはもう一つの宝石を持ち出して見せる。
「これ、この宝石とかは新品でしょう?」
「ええ、間違いありません」
リンゼイの言葉に付け加えるように、エリージュは驚くべきことを告げる。
指さしたのは人為的な魔力反応のない宝石箱。
「こちらは私が、旦那様と奥様が結婚をする前に新しく買い集めたものになります」
「やっぱりね!」
続いて、エリージュが示したものはリンゼイが魔術で加工をしていた宝飾品の入った箱。
「そちらは、旦那様が結婚をしてから奥様に贈った品でございます」
「え!?」
「旦那様は月に一度、奥様の為に魔物を狩って得たお金で、贈り物を」
「そんな話、聞いてないんだけど」
「奥様が遠慮をなさるからと言って、今まで内密にしておりました」
「そ、そうだったの?」
「はい」
リンゼイは頭を抱えた。
結婚をした日、クレメンテに「月に一度、宝石を買ってくれる?」と言っていたのだ。
勿論、本気で言ったものではなく、冗談のつもりだった。まさか、クレメンテが律儀に宝石を毎月贈っていたとは知らずに、勝手に加工をしていたことに気付く。
「旦那様が購入した品は、私が懇意にしている商人から購入をした品です」
「……」
つまり、エリージュが選んで買った品と元は同じような条件にあることになる。
「……この、旦那様が贈った宝飾品だけ特別なのは、奥様への想いが含まれているからでしょうね」
「!」
人の手によって作られた物は、即座に人の想いに反応を示す。
リンゼイは自らの魔術で加工をした宝飾品が入った箱から目を逸らすように蓋を閉めた。
エリージュはもう一つ、手に持っていたものを差し出した。
魔術師の外套に付いていた鞄である。
「奥様の外套は洗って明日の夕方にも」
「あ、そう」
鞄を受け取れば、エリージュはなにか思いだしたようでリンゼイに話しかける。
「そういえば、奥様」
「なに?」
「私も、長年使っている宝飾品がありまして」
「それが?」
「要らない品なので、奥様がお使いになられるかと」
「え、そんなの貰えないって」
「いえ、いいのです」
ポケットの中から出てきたのは、大きなダイヤモンドの粒が付いた指輪であった。
一目見ただけで、桁外れに高価な品だということが分かる。
「なにこれ、こんなのもの、貰えないってば!」
「いいえ、良いのです」
「大切に持ち歩いている物でしょう!?」
「いいえ、全く。いつかどこかに捨てようかと、目論んでいる品でした」
「な、なんで?」
宝石の価値についてそこまで詳しくないリンゼイが見ても、国宝レベルの品であることが分かった。エリージュが差し出す手を、押して返す。
「奥様、どうか遠慮をせずに受け取ってください」
「いやいやいや!!」
「私の、長年の思いが籠っております」
「無理だって、そんなの!」
「亡くなった夫から贈られた品です」
「なにそれ、余計に重い!!」
エリージュの表情は恐ろしいものになっていた。それだけで、彼女がどのような結婚生活をしていたのかが想像出来る。きっと、長年の怨念が籠った指輪なのだろうと、リンゼイは想像していた。
「恨みが込められた宝飾品とか、呪われた魔道具が仕上がるから!!」
「駄目ですか?」
「駄目です!!」
がっかりとした様子で呟くエリージュ。
怨念の指輪は大人しくポケットの中へと戻って行った。
あのような指輪を贈れるエリージュの夫とは一体と思ったが、深く追及すれば大変なことが発覚しそうだったので考えるのを止めた。
もう用事はないと言えば、エリージュは一礼をした後に部屋から出て行く。
一人になった部屋で、鞄の中を開いた。
中には道具箱に薬草箱、飛行魔石にクレメンテが買ってくれた溶岩石を加工した黒い腕輪が入っている。
溶岩石の腕輪には今まで加工をした宝飾品同様に、多くの魔力を保有していた。
人の想いが含まれた品である。
リンゼイは腕輪を着けてみる。
珍しく、一目で気に入った品であった。土産屋で売っているものなので、高価な品ではない。こういう風に装身具に心を惹かれることは珍しいと、自分のことながら不思議に思っていた。
◇◇◇
翌日ははりきって霊薬作りを行う。
リリットには竜の湖水の殺菌を頼み、花の妖精姉妹には曼珠沙華の花の精油を作るようにお願いをする。
エリージュと三人の侍女には炎熱石の加工の手伝いを頼んだ。
「あなた達はこれを刻んで鍋で煮てくれる?」
かしこまりましたと言いながら、深く頭を下げる侍女達。
頼んだのは炎熱石を特別な刃で細かく切ってから煮込むという作業。
手渡したナイフは堅い鉱物でも野菜のようにサクサクと切れる魔道具である。扱う際には、保護魔術の掛かった鋼鉄の籠手のような手袋を着けて作業をする。
炎熱石は熱を加えたらどろどろに溶ける。ジャムのような色になるまで煮込むようにと指示を出した。
エリージュとリンゼイは炎熱石を乳鉢で粉末状にする作業に取り掛かる。
硬い鉱物でもあるので、魔術で柔らかくしてからすり潰すのだ。
ジャムのようになった炎熱石の中に粉末にした炎熱石を入れてしばらく練る。
宝石のような輝きを見せる炎熱石に、若い侍女達は目を輝かせていた。
次に、竜の湖水を入れてかき混ぜる。最後の仕上げに曼珠沙華の精油を入れたら完成となった。
とっても綺麗だと侍女達が絶賛する中で、リリットはリンゼイに質問をする。
『リンゼイ、これって美味しいの?』
今までは果実汁が入っていたり、果物が材料にあったりしたので口当たりが良かったが、今回はそういった物が入っていないので心配になっていたのだ。
「炎熱石が甘いって本で読んだことがあったから、大丈夫かなって思ったんだけど」
仕上がったばかりの赤の霊薬の匙で掬い、リリットの口元へと持って行く。
『まさかの試食係……』
「霊薬自体は問題なく作れていたんでしょう?」
『効果はね』
『鑑定』では問題ないものとして仕上がっていることは確認済だ。
結局、味も最初に言いだしたリリットが調べることになる。
『あ、甘くて美味しい!!』
「そう」
後で調べた『世界の名物百選』の中に炎熱石も入っていた。リリットは残った炎熱石をリンゼイにねだり、午後のお茶会の紅茶に入れて楽しむと言って喜ぶ。
仕上がった赤の霊薬は早速精神不安定な人物の元に届けられることになった。
クレメンテの為に作られた薬を、受け取った本人は手にしながら満面の笑みを浮かべている。
「あ、ありがとうございます、リンゼイさん、本当に嬉しいです!」
「大袈裟ね」
「いえ、そんなことありません!」
夫婦の穏やかな一幕を、リリットは微笑ましい気持ちで眺める。
クレメンテは未開封の赤の霊薬を握りしめながら、「すごく元気になった」と言っていた。
『いやクレメンテ、まだ薬飲んでないじゃん……』
そんな小さな呟きは、二人には届いていなかった。
アイテム図鑑
エリージュの指輪
婚儀の際に、暴君から贈られた国宝の一つ。
国に返そうとしたが、王である息子は受け取らなかった。
どこに捨ててやろうかと、目下検討中である。




