四十六話
注いで貰った酒を一口飲んでから、とても美味しいと嬉しそうに言うクレメンテ。
グラスが空になれば、リンゼイは再び酒を注ぐ。
名物の蒸し料理はどれも素朴な美味しさがあった。お酒にも合うとクレメンテは言う。
自分だけ申し訳ないと話す。だが、リンゼイは魔術師なので酔っ払って魔術を暴走させたら大変なことになるからと、遠慮をしているのだ。
グラスを開ければ、すぐにリンゼイが注いでいく。
リリットは酒を飲む間隔が上がってきていたので、大丈夫なのかとはらはらしていた。
一時間後。
案の定、クレメンテは顔を真っ赤にさせていた。酒に弱いと言っていた話は本当だったのだ。
だんだんと言葉の呂律も回らなくなってきていた。
『リンゼイ、そろそろ、お酒は止めといた方が』
「そう?」
お酌に慣れていないだろうリンゼイにリリットが物申す。
幸いなことに、クレメンテは酔うと陽気になるタイプであった。思い切った行動に出るような雰囲気はなかったので、見守るリリットも肩の力を抜いている。
じっとリンゼイの顔を見て、目尻を下げるクレメンテ。
そんな風に見られたことがなかったリンゼイは、そっと目を逸らす。
「――あの」
「ん?」
「……」
「なに?」
熱い視線に耐えきれなくなったリンゼイは次の言葉を急かす。
「いえ、リンゼイさんって、本当に可愛いなと思いまして」
「はあ!?」
『!!』
リリットは口に含んでいた果実汁を噴き出した。
リンゼイは目を丸くしている。
「ねえ、もう寝たら?」
酔っ払いの戯言だと思って、聞かなかったことにしようとするリンゼイ。
リリットは噴き出した果実汁を拭いて、冷静な言葉とは裏腹に頬を真っ赤に染めて初心な反応を示す二十代女性・魔術師を視界に入れないようにした。
「――薬草を摘んでいる時に嬉しそうにしていたり、出来上がった霊薬の在庫を眺める笑顔だったり……、そういうところがいいなあって」
眠らせようとしている言葉を無視して、クレメンテは語り出す。
具体的な話だったので、リンゼイも反応してしまった。
「う、嬉しそうに薬草なんか摘んでないでしょう!? それに薬も在庫を数えていただけだったし!!」
『いや、リンゼイ、にやにやしながら薬草摘んでいるし、霊薬も見ているから』
「う、嘘!?」
無自覚の行動を可愛いと言われて、頬に手を当てながら照れるリンゼイ。
「こんなに可愛い人と結婚出来て良かったなあ」
「……」
恥ずかしがっているリンゼイに止めを刺すクレメンテ。
まさかの展開に、リリットまで照れていた。
にこにこしていたクレメンテの表情が急に曇った。
なにごとかと聞けば、突然眦に涙を浮かべる。
「え、ちょっと!!」
『ク、クレメンテ、急にどうしたの~~?』
「……たら、ですよね?」
「なに?」
「リンゼイさん、契約が切れたら国に帰ってしまうのですよね?」
「……」
『……』
リンゼイ国と結んだ十年という契約が切れたら国に帰ってしまうことを一人で嘆いていた。
そのことについては、何も言えないので、きつく口を閉ざす。
「リンゼイさん、一つだけ、お願いがあるんです」
「な、なに?」
リンゼイはなにを言い出すのかと、身構えた。
一応、とんでもないことを乞われたら困るので、念の為に聞くだけだからと言っておく。
「お願いとは――プラタです」
「え?」
「彼は、とても、メレンゲさんに懐いています」
「……」
「だから、国を発つ時は、どうか、一緒に連れて行って欲しいのです」
「な、なにを、言っているの!?」
竜と人の契約や絆は絶対である。離れ離れになることはありえない話であった。
それに、絶対的な力を持つ竜を欲しがる人間は山のように居るのだ。自分から手放す人など居ない。
「ねえ、あの子が居たら、あなたの安全は絶対のものとなるの! それに、銀竜の祝福の力もあって、幸せも保証されているんだから!」
「でも、プラタとメレンゲさんは、家族です。家族は、いつも一緒なのが幸せなんですよ」
少し離れただけでもプラタは悲しそうにしていた。
もう二度と、ああいう顔は見たくないとクレメンテは言う。
「あなたは、どうするの!?」
「プラタが幸せだったら、私は幸せです」
「!?」
クレメンテの言葉を聞いて、呆然とするリンゼイ。
主人と離ればなれになってもプラタは寂しがるに決まっているのに、何を言っているのだと呆れてしまった。
同時に、この人は本当の幸せというものを知らないのだと気付いてしまう。
「あなたは、どうするの?」
「『メディチナ』は畳まなければならないでしょうね。リンゼイさん抜きでは薬を作れませんし」
また旅に出て魔物を討伐するのもいいかもしれないと呟いた。
「……以前旅に出た時は、他人からの言葉なんてどうでも良かったのですが、今は違うと思うんです」
人から感謝をされたら嬉しいし、頼られたらやる気も出て来る。
魔物の討伐を行いながら、被害に困っている地域を救って行けば、満たされるような毎日になるのではとクレメンテは語る。
「そんなのって、空しくないの?」
一人で魔物を狩るだけの人生。
人々に感謝はされど、なにかと引き換えに手に入れる幸せは果たして本物なのかとリンゼイは問いかけた。
「いいえ。空しくありません」
今現在の、自らを取り囲む状況は夢のようで、日々の記憶は宝物だと話す。更に、リンゼイとの思い出を振り返りながらの余生は素晴らしいものだとクレメンテは言った。
そんなクレメンテに、リンゼイは思いの丈をぶつける。
「やだ、なんか暗い!!」
「……」
『……』
暗いと言われたクレメンテは苦笑していた。自覚していたことなので、返す言葉もない。
そして、言いたいことを発してすっきりしたリンゼイは、もう疲れたから眠ると言う。
クレメンテには、そこにある長椅子で眠るように命じていた。
言うことを言ってすっきりなったリンゼイは、化粧を落とす為に洗面所へと向かう。
残されたリリットとクレメンテは、驚いてしばらく言葉を失っていた。
『……リ、リンゼイ、酷い』
「大丈夫ですよ、長椅子で十分です」
『いや、そこじゃなくって』
「はい?」
『いや、ま、いっか』
暗いけれど、前向きな男だとリリットは感心してしまった。
◇◇◇
翌日。
クレメンテは酔っぱらった時の記憶が全くなかった。
話をした内容や長椅子の上に横になった覚えが無いと首を捻っている。
リンゼイは全て聞かなかったことにしていた。
記憶が抜け落ちているクレメンテに、昨晩はそれなりに楽しかったとだけ告げている。
「リンゼイさんとお話しした内容を覚えていないなんて、残念です」
「たいした話はしていないから。私も、あなたも」
「……はい」
クレメンテの死ぬほど重たい話を「たいした話ではない」と言い切るリンゼイが凄いと、リリットは一人で戦慄をしていた。
会計を済ませて宿を後にする。
街で屋敷の使用人などに土産を買った。
ふわふわの白い生地の中に甘い餡が入った、温泉で蒸した饅頭を購入する。
エリージュには温泉成分入りの化粧水を買う。
「リンゼイさん、どうかしましたか?」
「!」
急に背後から名前を呼ばれてハッとなるリンゼイ。
彼女の視線の先には、溶岩石で作った漆黒の腕輪があった。花の意匠が彫り込まれているという、都では見ない品である。
なんでもないと言うリンゼイに、クレメンテは腕輪を買って差し出した。
「べ、別に、欲しくて見ていた訳じゃあないから!!」
「でも、何かの素材になるかもしれませんし」
「……」
溶岩石には様々な成分が含まれていた。
錬金術の素材としても使われている物である。
「お好きになさって下さい」
「……ありがとう」
リンゼイは既に買ってしまった品だったので、素直に受け取る。
すると、クレメンテは良かったと言いながら笑顔になった。
『リンゼイ、良かったね』
「……」
鞄の中に腕輪を押し詰めている時に話し掛けたが、リンゼイは人混みに居たこともあって返事をしなかった。
彼女が今、どういう表情で居るのかと気になるリリットである。
屋敷へはそのまま帰らずに曼珠沙華の花を探す為に森の中へと分け入った。
目的の品はすぐに発見出来た。
湖の畔に曼珠沙華の花は咲き乱れている。
『一本だけ見たら綺麗な花だけど、たくさん咲いているのを見たらちょっと不気味』
「そう? 一応、縁起の良い花なんだけど」
細長い六枚の花弁がくるりと巻いて咲く花は、猫の髭のようにピンと立った複数の花柱があり、全体的に艶やかな赤色をしている。
茎に葉はなく、花が落ちてから生えるという珍しい品種であった。
土の中に埋まる鱗茎には毒があるが、何回か水にさらせば簡単に抜ける。
曼珠沙華について語りながら、採取作業を進めていた。
十分な数が集まれば、家路に就く。
アイテム図鑑
溶岩の腕輪
可憐な花が描かれた繊細な細工がなされた逸品。
リンゼイはひそかに可愛いと思っていた。




