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麗人賢者の薬草箱  作者: 江本マシメサ
第三章 薬屋『メディチナ』
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四十五話

 道具箱の通信機能を使って屋敷の使用人に連絡を入れる。

 クレメンテが今日は帰らないことを伝えれば、応対をしていたエリージュはごゆっくり、と何かを含むような声色で言っていた。


 竜達は町から離れた場所で待機を命じる。

 別れてすぐに二頭の竜は空へと飛び立って行った。


 プラタは今まで飛べなかったのが嘘のような、優雅な飛行を見せている。

 空中で並んで飛んでいる二頭の竜は対になった存在のように美しかった。


『……空中デートか』

「え、なにが?」

『あっ、いや、なんでもない!!』


 リンゼイの追求から逃れる為に口笛を吹いて適当に誤魔化した。ついでにお腹が空いたので早く行こうと竜を眺める二人をリリットは急かす。


 ◇◇◇


 火山温泉の街、『ヘーティブロン』。

 湯けむりが漂う風景は街を不思議な雰囲気にしている。


「早くお風呂に入りたい」

「そうですね」


 全身鎧を纏ったクレメンテは、観光客ばかりの街中で特に目立っていた。

 暑い中で分厚い外套を着込んでいるリンゼイもそこそこ注目を集めている。


 道行く人々の視線も気になっていたが、早く身綺麗になって寝転がりたいという思いは二人の中で一致していた。


 とりあえず、近くにあった宿へ入って部屋が空いているかどうかを聞いてみる。


 一軒目、部屋は満室と言われる。

 二軒目、女性専用の宿であった。

 三軒目、一人部屋なら空いていると言われる。迷っている間に部屋は埋まってしまった。

 四件目、冒険者はお断りと言われた。


 五軒目、ようやく空き室があった。

 だが、最後の一部屋だと聞いて、リンゼイは肩を落とす。


「リンゼイさん、そこの喫茶店で待っていて下さい。私が宿を探してくるので」

「……あなたも、疲れているでしょう?」

「いえ、大丈夫ですよ」

「いいって」

「ですが」

「いいから、ここにしましょう」

「え!?」


 リンゼイは受付に言って部屋を取って貰う。

 クレメンテがわたわたとしている間に、手続きは終わってしまった。

 従業員に案内されたのは、二人部屋である。しかも一番高い部屋で、温泉も付いていると言っていた。


 床は大理石出来ており、窓際には大きな長椅子が置かれている。円卓の机も大理石で、美しく磨きあげられていた。

 寝室には天蓋に四柱付きの寝台が鎮座していた。


 簡単に部屋の設備を説明してから、従業員は去って行く。風呂は露台バルコニーと室内と二ヶ所にあった。

 リンゼイは道具箱の中からなにかあった時の為にと入れていた鞄を取り出す。中には着替えなどが入っていた。それをクレメンテに差し出す。


「あなたは外のお風呂」

「はい」


 リンゼイに命じられて、露天風呂に入ることになったクレメンテ。着替えを受け取って露台バルコニーにある脱衣所に向かった。

 リリットは外套のポケットから顔を出した。


『リンゼイ、大丈夫なの?』

「なにが?」

『いや、クレメンテと同室なの』

「あの人なら大丈夫でしょう」


 リンゼイもここに来るまでに汗を掻いたので、風呂に入ると言う。リリットは手を振って見送った。


 炭酸性のある温泉は浸かればじんわりと疲れを癒してくれた。

 誰も居ない風呂の時間も久々だったので、ホッと出来るひと時をリンゼイは堪能した。


 口うるさいエリージュが不在なので、風呂上がりは楽な格好で寝転がりたいと思ったが、クレメンテが居るので止めようと思った。

 きっちりと髪の毛を乾かしてから、鞄の中に入っていたブラウスと青いワンピースを着る。髪型はゆるい三つ編みにした。化粧はどうしようか迷う。

 貴族婦人が素顔で人前に出るのは褒められたものではないと言っていたのを思い出す。

 じっと鏡の中を覗き込んだ。

 最近寝不足だったからか、目の下はうっすらと隈がある。

 一人だったら気にならないのにとため息を吐きながら、結局は薄く化粧を施すことにした。


 風呂から出て行けば、部屋にはリリットしか居なかった。


『クレメンテ、なんか食べるもの買いに行ったよ』

「なんで?」

『いや、なんか落ち着かないってさ』

「……」


 これからリンゼイと二人きりで過ごす夜のことを考えたらそわそわとしてしまい、挙句に飛び出して行ったと言う。


『とりあえず、蒸しじゃがは買って来てって言っておいた』

「そう」


 リリットはリンゼイにもお茶と甘味を勧める。円卓の上にはケーキやクッキーなどの焼き菓子があった。


『それにしても』

「?」

『風呂上がりだから素顔で出て来ると思いきや、きちんと化粧をして来たんだね』

「……エリージュが、お化粧は最低限の礼儀だって言うから」

『礼儀、ねえ』


 今まで適当に魔術師の外套を着込んで過ごしていた人物と同じ人間には見えないと、リリットは思う。彼女の中でもいろいろと意識が変わってきたのだろうと感心することになった。


 適当に窓の外を眺めながら過ごす。


『もう一つの材料、曼珠沙華リコリス、だっけ? あれってどこにあるの?』

「お墓周辺とかによく咲いているんだけどね」

『え、なんで?』

「獣と虫除け。鱗茎りんけいに毒があるから」

『へえ、故意に植えているってことか!』

「みたいね」


 ただ、人里にあるのは魔力量が足りないので、森に分け入って探すことになる。

 曼珠沙華リコリスは多湿で涼しい場所に咲く。湖の近くなどを探せばどこにでも咲いているので、そこまで苦労をしないで入手出来るだろうと言った。


 そんな話をしていれば、部屋の扉が叩かれる。


『あ、クレメンテが帰って来た!』

「みたいね」


 リンゼイは立ち上がって出入り扉まで向かう。

 鍵を開いて開けようとするので、リリットが注意をした。


『リンゼイ、一応覗き穴とかで誰か確認しようよ。クレメンテじゃなかったらどうするの?』

「悪漢だったら杖で殴るから大丈夫」

『……魔術師なのに、なんという対処法』

「相手に打撃を与えるんだったら呪文唱えるより早いでしょう?」

『ま、そうだけどね』


 外から「リンゼイさん、私です」という声が聞こえた。

 リンゼイは扉を開いて出迎える。


「おかえりなさい」

「た、ただいま帰りました」


 クレメンテは迎えてくれたリンゼイを見て、照れている。

 リンゼイもどことなく優しい目をしていた。

 変化を見せる二人に、部外者のリリットは見ているだけで恥ずかしくなっていた。


『なんか、新婚さんみたいだね』

「新婚に間違いないけどね、私達」

「……ええ、まあ、そうでしたね」


 リンゼイはあっという間に通常営業に戻っていた。

 リリットは「あとは若い二人で」と言いたいところであったが、クレメンテが持っている食事に心が奪われてしまう。


『クレメンテ、蒸しじゃがは?』

「ありますよ」

『やったー!!』


 豪華な部屋の机の上に、庶民的な食事の数々が並べられた。

 火山温泉の街、『ヘーティブロン』の名物である蒸したじゃがいもに、串に刺さった炙り肉、温野菜の取り合わせに饅頭、蒸し卵と種類も豊富だった。


「よく、短時間でこれだけ買って来れたね」

「ええ、食事時ではなかったので」

「あ、そっか」


 話をしながら部屋にあった果実汁をリンゼイは自分のものとリリットのグラスに注ぐ。


「今日はお酒を飲めば?」

「え!?」

「ご褒美」

「あ、ありがとう、ございます」


 食卓の上にはいいお酒が用意されていた。今日一日、頑張ったから一杯どうかと勧める。

 リンゼイは酒の栓を開けてからガラスの容器に移し替えて、グラスに注ぐ。


「今日は、何に乾杯する?」

「そうですね」


 クレメンテはリリットを見る。

 グラスの後ろに隠れるようにしていた妖精は、ビクリと肩を震わせた。


『わたしのことは、お気になさらず。どうか先ほどのように二人の世界をお楽しみください』

「二人の世界ってなに?」

『いや、はは、なんだろう?』


 リリットはグラスを持ち上げて、『美味しそうな蒸しじゃがに、乾杯!』と言った。

 クレメンテもリンゼイも、「なんだそれは」と笑いながらグラスを掲げる。


 楽しくも愉快な宴の始まりであった。


アイテム図鑑


高級なお酒


リンゼイがクレメンテに勧めた高級なお酒。

目が飛び出る程色んな意味で高い。

紳士を装っている男の理性をあっという間に吹き飛ばすほどの強いお酒である。

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